にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-4th 巫女と弾丸-5

 静謐な雰囲気をたたえた保根家の邸内は、面積に対して住人が少ないせいか、余計に広々と感じられた。年代物の桐箪笥や貼り替えられたばかりの真新しい障子など、家具や調度品も和風のものが目立つが、唯一リビングダイニングだけは、床はフローリングで海外メーカーからわざわざ取り寄せたという木製のテーブルと椅子が置かれ、純白のカーテンが引いてあるなど他の部屋とは明らかに趣が違っていた。菜月曰く、これは母の趣味らしい。リビングダイニングとは別に、庭を一望できる広めの和室もあり、客人や村の人を迎える時はそちらで食事をする暗黙の了解があるらしい。
 二階には菜月と花月の部屋がそれぞれあり、物置として使用している小部屋が一つ。その他に客人が泊まれるように家具を整えてある部屋が二つもあった。その内の一つを創志が使わせてもらうことになったのだが、長い間利用されていなかった割には埃ひとつないほど手入れが行き届いており、備えつけのベッドは飛び跳ねて遊びたくなるほどふかふかで、正直なところ探偵事務所兼自宅にある自分の部屋よりも快適だった。
 荷物を置いてひと段落した創志が固定電話の置いてあるリビングへと戻ると、ちょうど赤星が通話を終えて受話器を置いたところだった。
「燃料持ってきてもらえるのか?」
「……明日な。今日は人手が足りないから無理だと」
 短くため息をついた赤星は、カウンターで仕切られたキッチンにいる菜月に「邪魔したな」と声をかけると、そのまま家を出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと待てって! どこ行くんだよ」
「車で寝る。歩いて帰るのは面倒だからな」
 ここが自宅なら迷わず引きとめているところだが、創志自身も一度は菜月の申し出を断り、野宿をしようとした身だ。なるべく迷惑をかけたくないと思っている……のかどうか定かではないが、赤星の気持ちは何となく分かるし、かといってこのまま見送るのは薄情なのではないかと悩んでいると、
「あれ? 赤星さんどっか行くの?」
 入れ違いになるようなタイミングで、出かけていた花月が玄関から入ってくる。温泉街で購入した日用品を、村の人たちに配り終えたらしい。
 赤星は無言のまま出ていこうとするが、それで事情を察した花月が先回りして扉の前に立つ。
「……どけ」
「今日は下まで帰れないんでしょ? だったらウチに泊まっていけばいいじゃない。前みたいにさ。お姉ちゃんもきっとそう言うと思うよ」
 花月の言葉を裏付けるように、夕食の準備のためにキッチンにいた菜月が、エプロン姿のまま慌てて駆けつけ、
「赤星さん! 帰れないなら泊まっていってください! 助けてもらったお礼になるかは分かりませんけど、がんばってお料理作りますから!」
 大声で叫んだ。それを聞いた花月は「ほらね」と言わんばかりの笑顔を浮かべている。
「……断る、って言わなかったか?」
「どうしても嫌だっていうのならあたしは止めないけどさ。お姉ちゃんは何が何でも引きとめると思うよ。変なところで頑固者だから。それは赤星さんも知ってるでしょ?」
 威圧するような低い声を出す赤星に対しても、花月はひるまない。
「部屋は昔と同じところを……って、そっちは皆本さんが使ってるからダメだった。もうひとつの部屋分かりますよね? そこを使ってください。何か不自由があれば、遠慮なく言ってくださいね」
 菜月のほうは、すでに赤星の宿泊が決まったかのようにあれこれ言ってから、キッチンへと戻っていく。意識してやっているのかどうかは不明だが、反論の隙を与えない強引さだった。
 サングラス越しに花月を睨みつけていた赤星だったが、やがて観念したようにため息を吐く。
「……チッ。お前ら双子は相変わらずだな」
 そう吐き捨てるが、声色はどこか温かみを帯びていた。赤星は、迷いのない足取りで二階へと上がっていく。
「赤星さんって前にもこの家に泊まったことあんのか?」
「うん。五年くらい前かな。詳しい事情は知らないけど、新人でいきなり僻地の応援要員として伊奈妻温泉街の警察署に派遣されたらしいわよ。互のおじいさんに用があったらしくて、しばらくウチに住みこんで毎日通ってた。何をしてたのかは教えてもらえなかったけどさ」
「ふーん……」
 赤星がここで何をしていたか。創志には見当がついた。
 間違いなく、術式の修行だ。
 やはり、あのおもちゃの銃には何かある。それを知ることは、術式習得への道に必ず繋がっている。
花月ちゃーん。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけどー」
「はーい。今行くー。アンタも用がないなら部屋に引っ込んでなさいよ。邪魔だから」
「……赤星さんとは随分態度がちげえな」
「そりゃそうよ。赤星さんはどっかの変態と違って信用できるから」
 ベーッと舌を出す花月の顔を、創志は凝視する。
「な、なによ」
「いや……お前らって双子だったんだな。気付かなかった」
 歳はほとんど離れていないだろうとは思っていたが、菜月のほうがしっかりしていた印象を受けたので、双子だとは思いもしなかった。
「……よく似てないって言われるわ。けどそれは髪型とか服装が正反対だからそう見えるだけで、顔自体は結構似てるの。一卵性双生児だしね」
「そうなのか……」
 花月の顔をさらに観察してみる。言われてみれば、大きな瞳やスッと通った鼻立ちなど、似ているところは多いかもしれない。
「え、ちょ、ちょっと」
「…………」
「――あんまりジロジロ見ないでよ!」
「うごっ!?」
 バチーン! という軽快な音と共に、花月の平手打ちが炸裂した。
 叩かれた頬に痛みが走ったころには、すでに花月はキッチンに向かって駆け出していた。
(そりゃ、至近距離でまじまじと顔見られたら怒るわな……)
 さすがに今のは自分が悪かったと反省する創志。
 彼は、花月の頬が叩かれたわけでもないのに赤くなっていたことに気付かなかった。


 手持ちぶさたになってしまった創志は、料理を手伝うことにした。菜月には「お客様ですから」、花月には「隙を見て睡眠薬を盛るつもりでしょ」とそれぞれの理由で断られたが、「ずっと待ってるだけってのも退屈だから」と強引に押し切ってキッチンに入った。
 菜月は「ちょっとだけはりきっちゃいました」と言っていたが、どんな謙遜だと言わんばかりの豪勢な料理が次々と食卓に並んでいった。豪勢といっても高級料理店で出てくるような贅の限りを尽くしたものではなく、近くで採れた山菜の天ぷらや、今が旬の川魚の塩焼きなど、素材の良さを引き立たせるような、シンプルながらも味わい深い料理が中心だ。調理はできるものの、レパートリーの少ない創志にとっては、目から鱗だった。栄養バランスもきちんと考えられており、思わず部屋に戻ってメモ帳を引っ張り出してきてしまったほどだ。
「すげーな菜月! レシピとかあったら教えてくれよ」
「いえ、そんな大したことじゃ……お母さんに教わった通りにやってるだけですから。レシピはあとでまとめておきますね」
「サンキュー! 助かる!」
 創志と菜月が料理談議に花を咲かせているのを、花月は面白くなさそうに横目で見ながら、すり鉢でゴマをすりおろしていた。妙に力が入っていたのは気のせいということにしておこう。
 キッチンから香る食欲をそそる匂いにつられてきたのか、部屋に引っ込んで寝ていた赤星も料理が全て並ぶ頃には姿を現し、四人での夕食が始まった。
 探偵事務所での食事は、主に神楽屋とリソナのせいでやかましいことが多いが、それとは逆に静かすぎる。赤星は無言のまま箸を進めているし、花月は不機嫌そうに創志を睨みつけている。料理は文句のつけようがないほど美味かったが、これでは台無しである。それに、赤星はいつまでサングラスをかけたままなのだろうか。見せたくない古傷でもあるのだろうか。
「そ、そういえば皆本さんは互のおじいさんに会いに来たんですよね。何かご用が?」
 空気が重いことを察し、気を使ってくれた菜月が、話題を振ってくれる。
「あ、ああ。ちょっと教えてほしいことがあってな……」
 創志としても全力で乗っかりたいところだったが、術式のことはあまり他人に言いふらしていいことではないし、そもそも言ったところで分からないだろう。
「そうなんですか。互のおじいさんはちょっと気難しいところがありますけど、根はいい人ですから。きつく当たられても嫌いにならないであげてくださいね」
「そーそー。壊れた電化製品直してくれたり、たまに山に捨てられた粗大ごみ拾ってきて、修理したり組み立て直したりして持ってきてくれるしね。ただ、お姉ちゃん泣かせたのは今でもむかつく」
「ちょ、ちょっと花月ちゃん! それは言わないで……」
 恥ずかしそうに手をパタパタと振る菜月。
「で、互のじいさんって村のどの辺に住んでるんだ?」
「ええと、正確にいうと旧伊奈妻村に住んでるわけじゃないんです。ここから山頂に向かうまでの登山道の途中に休憩所があって、そこで暮らしてるんです。登山道も休憩所も今は使われていませんから」
「……俺がいた頃は、まだ少しは登山客もいたと思ったがな」
 いつの間にか茶碗を空にしていた赤星が、出されたお茶を飲みながら呟く。
「赤星さんが都会に戻って半年くらいした頃、山頂付近で小さな土砂崩れがあったんです。登山客の人たちが何人か巻き込まれて……幸いにも重症者はいなくて、山の地盤にも問題はなかったんですが、事故があったってことがかなり尾を引いたみたいで……」
「条例で正式に禁止されてるわけでもないのに、温泉街じゃ『登山は禁止』みたいに言ってるから、それを無視してまでわざわざ登りに来る物好きなんていないわ」
「でも、神社があるんだろ? 参拝客とか来ないのか?」
「温泉地のほうに、本殿と同じくらいちゃんとした造りの分社がありますから。みんなそっちで済ませちゃうんです」
 菜月や花月の話を聞く分だと、とにかく温泉地に人を集中させているように思える。観光地が発展するのはいいことなのだろうが、そこにはっきりとした区分け――それこそシティとサテライトのような差別化の意図が感じられ苦い気持ちが広がっていく。
「……元々旧伊奈妻村は観光地ではありませんでしたし、静かで過ごしやすいですから私はこのままでいいと思ってるんですけどね。けど、村の人たちは違うみたいで――」
「ごちそうさま! お姉ちゃん、お風呂沸いてる?」
 話を打ち切るように大袈裟に両手を合わせた花月が、空になった食器を片づけながら言う。
「え? う、うん……」
「あたしが一番風呂もらうね! 覗いたらぶっ殺すぞ変態」
「……頼まれたって覗くかよバーカ」
「誰がバカなのよ!」
「お前だお前!」
 口では反撃しつつも、創志は花月の気遣いを感じていた。きっと、他人が聞いても面白くない話題を続けることを嫌ったのだろう。根の深い問題だ。創志一人にどうこうできるとは思えない。……何かをしたいという気持ちはあるのだが。
「……菜月。この竹の子の煮物、どうやって味付けしてるんだ? 醤油ベースなのは分かるんだけど」
「あ、はい。それはですね……」
 その後の食卓は、創志が料理についてあれこれ質問しているうちにほとんどの皿が空になり、片付けへと移っていった。