にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-4th 巫女と弾丸-9

「あら。おかえりなさい菜月ちゃん。両手に花ね」
「お、おばさん! からかわないでください!」
 旧伊奈妻村に戻ると、ちょうど畑仕事から戻って来たらしい女性の出迎えを受けた。背負った籠には収穫してきた真っ赤なリンゴがたっぷりと詰まっている。
「でも、ひとりじめはダメよ~。どっちかは花月ちゃんにあげないと」
「だからそんなんじゃないですってば!」
 必死に反論する菜月は、耳まで真っ赤になってしまっている。傍から見ているとからかわれているのが一目瞭然だが、本人は気付いていないようだ。
「あら? 花月ちゃんは一緒じゃないの?」
 菜月の反応を見て満足したのか、女性が話題を変える。
花月は家でお留守番してるんです。昨日体調を崩したみたいで……」
「それは知ってるわ。さっきお家にリンゴを差し入れに行ったとき話してくれたから。そのあと、せっかくだから互さんにもリンゴをあげてくるって出て行ったんだけど……てっきり菜月ちゃんたちと合流してると思ったわ」
「え?」
 初めて聞く話に、菜月の顔色が曇る。
「いえ、こっちには来ませんでしたけど……」
「あら。行き違いになっちゃったのかしら。タイミング悪かったわね~」
 そう言って女性は軽く笑ったが、創志は嫌な空気を感じていた。
 互の住む元休憩所までの道のりは一本だが、それは正式な登山道の話で、道らしい道のない場所を通って行けば辿りつくことは可能だ。花月が登山道以外の場所を通っていた場合、知らないあいだにすれ違っていたこともなくはないが……
(いくら地元民とはいえ、持病持ちの花月がそんな危険なルート通るか?)
 答えは明白だった。菜月、そして赤星も同じ結論に達したようで、菜月は不安げに瞳を潤ませ、赤星は眉間にしわを寄せている。
「……互のじいさんのところに戻りながら、花月を探そう。少し探して見つからないようなら、村の人たちにも応援を頼んだ方がいい」
「場合によっちゃ、ふもとの連中にも応援要請だな」
「わたし、一度家を見てきます。もしかしたら戻ってきているかもしれないし……」
「分かった。何かあったら連絡くれ……って電波入らないんだっけか。それじゃあ一時間後にもう一度ここに集合だ」
 三人で頷き会った後、創志と赤星は山道へ、菜月は保根家へ向けて走り出した。


「おい皆本。こっち来てみろ」
 捜索を始めて二十分後。互の住む元休憩所に向かったはずの赤星が戻ってきた。登山道からやや外れた雑木林の中を探していた創志が顔を上げると、赤星は厳しい表情のまま顎をしゃくった。
 一度登山道に戻り、五分ほど登ったあと、赤星が立ち止った。そして、脇に広がる雑木林に視線を移す。
「……何か気付かねえか?」
「……? 分かんねえ。俺にはここまでと同じ雑木林が広がってるようにしか見えねえけど……」
「そうか。お前が術式を覚えたがってる理由は知らねえし訊かないが、物騒な案件に首突っ込む気ならもうちょい観察力を養ったほうがいい。この程度の違和感に気付けないようじゃ、一発でお陀仏だぜ」
 赤星にそう言われ、創志は急いで目を凝らす。三十秒ほど景色を凝視した末に、
「……変な感じだ。輪郭がぼやけてるのか?」
 ようやく正解に辿りついた。まるで似たような写真を上から合成したかのように、何の変哲もないはずの景色に境界線のようなものが揺らいで見える。注視しなければ分からないほど精巧に、だ。
「この世界から切り離された独自の空間……亜空間みてえなもんが展開されてるっぽいな。それを隠すために、風景を誤魔化してるんだろ。どんな力を使ったかは知らんし興味もないが、誰かが小細工をしたってのは確かだな。こんな辺鄙な山奥で、なおかつ人に見つからないように細工してまでやりたいことってのは、当然後ろめたいことだ。なら――」
花月が巻き込まれてるかもしれない、ってことか!?」
 赤星が頷く。なら、違和感の正体を確かめない理由はない。
「小細工をしたヤツがあえて俺たちに気付かせた可能性もある。罠が仕掛けられてる前提で進めよ」
「……肝に銘じとく」
 赤星が腰のホルスターからおもちゃの拳銃を抜き、偽装された雑木林へと進んでいく。創志は、一歩下がってその後を追った。
 雑草が生い茂る地面を踏みしめ、塗り替えられた景色の中に足を踏み入れる。途端に、空気が変わったのが分かった。自然に囲まれた山中ではありえない、粘ついた毒々しさ。経験の浅い創志にもすぐに分かるほど、明らかな異変だった。
 ただ、周囲の景色はそれまでの雑木林と変わらない。背の高い木々に囲まれているため、身を隠すことは容易だ。創志はいつも以上に警戒心を高め、奇襲に備える。
 無言のまま歩を進めていると、木々が少ないやや開けた場所に出る。儀式を行うかのように切り取られた空間の中央には、
「――花月!」
 敷き詰められた落ち葉の上に、黒髪の少女が仰向けに横たわっていた。創志はすぐさま花月の元へと駆け出す。
「待て! 皆本!」
 赤星が叫ぶが、間に合わない。
 獲物が網にかかった瞬間を狙うように、地面からボゴォ! といくつもの腕が飛び出してくる。飛び出した腕は地面を掴み、残りの体が恐るべき速度で這い出てくる。まるでゾンビ映画を早回して見ているような光景のあと、あっという間に花月の前に化け物の壁が形成されてしまった。
「こいつらは……!?」
 そう、化け物だ。人の形をしているものの、身体の肉が削げ落ち、骨が見えてしまっている。瞳に光はなく、それどころか目自体がないものもいる。時折聞こえる呻き声は言葉になっておらず、思考能力はないと判断していいだろう。
「今時ゾンビとは、陳腐な演出だなオイ」
 赤星がぼやく。現れたゾンビたちの恰好はまちまちで、戦国時代の武者のような鎧を纏っているものもいれば、西洋の騎士の甲冑を着込んでいるものもおり、さらには魔導士のようなローブ姿の個体も見える。
「来るぞ!」
 言われるまでもなく、創志は化け物たちから発せられる明確な敵意を感じ取っていた。
 一般にイメージされるゾンビとは、呻き声を上げながら緩慢な動きで人に襲い掛かり、数の暴力で獲物を食い殺してしまう化け物だが、現れたゾンビたちは洗練された動きで剣や杖を構えると、間合いを計るようにこちらとの距離を詰めてくる。一気に飛び掛ってくると予想しカウンターを狙おうとしていた創志は、
「正面から来るってなら、真っ向から迎え撃つだけだ!」
 すでに指先に挟んでいたカードを頭上に掲げる。
「来い、<A・ジェネクストライフォース>!」
 右腕に三つの砲口を備えた銀色の機械兵が現れ、サイコパワーによって具現化する。突如現れた新たな「異形」に、ゾンビ軍団が一度足を止める。創志はその隙を逃さない。
 <A・ジェネクストライフォース>には、シンクロ素材にしたモンスターの属性によって三種の異なる効果を持つが、創志の力ではそれらを再現することは難しい。そのため、<トライフォース>の攻撃は特別な効果を持たない、いわば無属性の攻撃になってしまうが、ダメージを与えることが目的ならそれで十分のはずだ。
「まとめていくぜ! トライ・バス――」
 創志の声に合わせて、銀色の機械兵が右腕に装着された砲撃ユニットを構えた次の瞬間。
「いいねェ! こういうヤツらを待ってたんだよォ!」
 歓喜の叫び声と共に、創志の脇を抜けた光の波動――色の飛んだレーザーが、ゾンビたちの先頭集団を貫いた。
 振り返れば、瞳をぎらつかせ白い歯を剥き出しにして笑っている赤星の姿がある。彼の右手には、あのおもちゃの拳銃が握られていた。
「化け物相手なら、どんだけ銃ぶっ放してもお咎め無しだよなァ! こいつらはもう『人』じゃねえ。『人』以外の命ってのはとんでもなく軽い。だから遠慮なく撃っていいってことだ! そうだろ!」
 最後の一言は、創志ではない誰かに向けられたもののようだった。創志の反応を待たずに、赤星はフリーだった左手を銃身へと添える。
「<マシンナーズ・コマンド>のアナザーコードはすでに起動してる。次はこいつで行くぜ。アナザーコード<電池メン>――<単三ショット>!」
 キュイイイン! とモーターの駆動音が響き、カメラのレンズが引き絞られるように、銃口が収縮していく。
 ゾンビたちとの距離を詰めるために駆け出した赤星が、トリガーを引く。
 今度はレーザーではなく、銃弾を模した光の塊が放たれた。それは甲冑を着込んでいたゾンビの胸を容易く貫き、風穴を開ける。甲冑は老朽化が激しく本来の耐久度を持ち合わせていなかったとはいえ、簡単に穴を開けられるような安物ではない。瞬く間に倒れていくゾンビたちが、赤星の放つ攻撃の威力を示していた。