にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-4th 巫女と弾丸-8

「はぁ!?」
 今度は創志が驚く番だった。確かに互の元へ来たのは術式について教えてもらい、それを会得することが目的だったが、友達に「CD貸してやれ」くらいの気軽さで切り出す話題ではないと思っていたのだ。
「じゅつしき……? って何のことですか?」
「お前は知らなくていいことだよ。おらジジイ。さっさとしろ」
 首をかしげる菜月を適当にあしらい、赤星は互を急かす。
「お、おいちょっと赤星さん――」
「ならん」
 あまりの強引さに、創志は赤星を止めに入るが、それを遮って互が重い声を出した。
 創志たち若者よりも歳月を重ねた者が出せる、威厳のある声だった。赤星のせいで浮ついていた空気が、一気に引き締まる。
「――小僧、名前は」
「……皆本創志です」
「あれは簡単に渡せるものではないし、わしに教える気はない。半端な覚悟で手を出せる代物ではないのじゃ。山を下りて街に帰り、他をあたることじゃな」
 腕組みをした互の眼光は鋭く、声は冷たい。小柄な老人とは思えないほどの威圧感を発しているように思えた。互の雰囲気が変わったことで、赤星も口を挟むことをやめた。
「……それ聞いて、はい分かりましたって引き下がると思うか?」
「帰らないなら、実力行使で追い出すまでじゃ」
「望むところだ」
 元より、術式を会得するためならどんなことでもするつもりだ。創志は腰に提げたデッキケースに触れ、意識を集中する。互のいう実力行使に備え、いつでもモンスターを具現化できるよう臨戦態勢に入る。もしデュエルで決着をつけるというのなら、それこそ望むところだった。
「……それじゃ」
 が、互は呆れたようにため息を吐くと、コリをほぐすように首を回しながら、告げる。
「お前には、すでに常人が持ち得ない力を有しておるじゃろう。何故その力をもっと伸ばそうと思わん? 二兎を追うものは一兎をも得ず……安易に新たな力に飛び付くような心の弱いものに、術式は扱えん」
「――――」
 反論しようとしたが、思考が乱れ、考えがまとまらず、言葉が出なかった。
 互は、創志がサイコデュエリストであることを見抜いていた。
 唇を動かすが、声は出ない。焦っているのか、無意識のうちに拳を強く握っていた。
 互の言うように、「術式」という新たな力に逃げたわけではない。
 創志のサイコパワーは微弱で、モンスターやカード効果の具現化を長時間維持できず、また、百パーセントの性能を発揮できない。反動も重く、十分間もモンスターの実体化を維持すれば、数日はひどい頭痛に悩まされることになる。
 ただ、デュエルという形式の中でなら話は別だ。ルールに沿って、適切なカードを適切なタイミングで発動し、具現化する。それはデュエル外でいきなりカード効果を具現化するよりも、余程負担が少ない。もっとも、創志のサイコパワーが弱いことに変わりはないので、同じサイコデュエリストでも他の人より余分に肉体的ダメージを受けてしまうが。
 襲ってきた相手が、デュエルを挑んできてくれるならいい。だが、もしそうではなかったら――創志は、守るべき人たちを守ることができないかもしれない。そのために術式という力が必要なのだ。
 だから、互にはそう反論するつもりだった。
 けれど、できなかった。
 何故か?
 互の言葉が、全て間違いではなかったからだ。
(……焦ってたのは自覚してた。術式さえ覚えちまえば何とかなるって気持ちもどっかにあった。そして――)
 腰に提げたデッキケースの重みが、増した気がした。
(俺は、自分の限界を勝手に決め付けちまった)
 自分のサイコパワーは貧弱だから、術式を覚えなければ戦えない。そう思ってしまった。何の確証もないのに、だ。焦って、安易な選択肢に逃げたと思われても仕方がない。互の一言は、それを強く実感させた。
「ケチくせえこと言ってんじゃねーよ。減るもんじゃねえんだから、渡してやればいいだろうが」
 押し黙る創志を余所に、赤星が再度口を挟む。
「減る減らないの問題ではない。そもそも、本当はお前にだって渡したくなかったんじゃ。まさかあんな方法で脅してくるとは……思い出すだけで寒気がしてくるわい」
「ほう? ってことは、またああやって脅せばいいわけか?」
「やめろ! 警察を呼ぶぞ!」
「俺が警察だ。いいからさっさと――」
「やめてくれ、赤星さん」
 どんな手段なのかは分からないが、互を脅そうとしていた赤星を止める。
「……術式を諦めたわけじゃない。きちんと心の整理をつけてから、また来る」
 創志がそう告げると、互は「フン」と鼻を鳴らし、人型ロボットをいじり始める。
「……二度と来るな」
「絶対に来る。それまで待っててくれ」
 こちらを拒絶するように向けられた小さな背中に宣言した創志は、互の作業所と化していた元休憩所から出た。
 続けて赤星が、最後に話についていけず戸惑いながらも「お邪魔しました」と丁寧に頭を下げてから菜月が出てきた。赤星は舌打ちを漏らし、菜月は事情を聞いていいのかどうか迷っているようだった。
「悪い、菜月。勝手に出てきちまって。みんなでご飯食べられなかったな」
「い、いえ。いいんです。それよりも、皆本さんは――」
「帰ったらできる範囲で説明する。全部は話せない……ってか話してもちんぷんかんぷんだろうしな」
「話したくないことなら無理に話さなくても大丈夫ですよ。誰にだって、深入りしてほしくないこと、あるでしょうし」
「そんな深刻なことじゃねえんだ。ただ、なんていうか……説明しづらいというか……」
「皆本」
 創志がしどろもどろになっていると、赤星が真剣な声を出す。
「俺は、村に戻ったらそのまま下に帰るぜ。ジジイの説得に力を貸してやるのは今だけ。それで貸しはチャラだからな」
「貸し? 俺、赤星さんに何かしたっけ?」
「……お前がいなかったら、菜月が怪我してたかもしれねえからな」
 サングラス越しの視線が、逸れたような気がする。花月が赤星を信用している理由が、何となく分かった。
「だから、これが最後のチャンスだ。俺がジジイを脅せば、術式のアナザーコードが手に入るんだぜ。それが欲しくてここまで来たんじゃねえのか」
アナザーコードってのが何なのかは分からねえけど……さっきも言ったろ。心の整理をきっちりつけてから、改めて教えてもらいにくるよ」
「……俺は、もっと貪欲に力を求めてもいいと思うがな。それが必要になる瞬間なんて、いつ来るか分からねえんだ。余裕かましてる場合じゃないぜ」
「けど、焦って可能性を狭めることもしたくないんだ。悠長に考えてる暇がないなら、必死こいて考えるだけだ」
「……ま、お前がそれでいいならいい」
 言いたいことは言ったとばかりに、赤星はさっさと歩き始めてしまう。
「……ありがとな、赤星さん」
「礼を言われるようなことはしてねー。ただ、力を求めるのは悪いことじゃねーって思っただけだ」
 創志の言葉に足を止めた赤星は、振り向かずに告げてから再び歩き始めた。
(いつ来るか分からない、か)
 創志の脳裏に、ふと両親の顔が浮かんだ。サイコデュエリストに関しての非道な実験を繰り返していたアルカディアムーヴメント。秘匿されてきた不正を内部告発しようとした二人は、その前に濡れ衣を着せられ強制的に収容所に送られ、創志と信二はサテライトでの生活を余儀なくされた。
 シティとサテライトの垣根が消えた現在も、二人は収容所に囚われたままだ。最高責任者が行方不明となりアルカディアムーヴメントは倒産。それにより事実関係の調査が難航し、また、二人が実験に加担していたのは事実であるため、早期釈放は難しいと輝王からの報告を聞いたことを思い出す。
(俺にもっと力があれば、二人を助けられたんだろうか)
 誰かを守るだけではなく、誰かを助けるために自分から手を伸ばせたんだろうか。
「……さん? 皆本さん?」
「ん、ああ悪い。ちょっと考え事してた。俺たちも行こう」
 菜月の声で我に帰り、創志は赤星の後を追うように歩き始める。
 坂を下る途中で、振り返って互の休憩所を目に焼き付けた。
 次にここを訪れるときは、迷いを振り切ってくると心に誓って。