にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-4th 巫女と弾丸-7

「見えました。あそこが互のおじいさんが住んでいる元休憩所です」
 先導していた菜月が、坂の上にある建物を指差す。元々は丸太を組み合わせて建てられたログハウスだったのだろうが、所々に無骨な鉄板が打ち付けてあり、入口付近には壊れた家電製品から単なる空き缶まで、ありとあらゆる廃材が山のように積まれていた。ここが住宅街なら間違いなく近隣住民にゴミ屋敷として通報されていそうな光景だが、創志は昔のサテライトの空気を感じて、どこか懐かしさを覚えた。
「……何でお前まで付いてくるんだ? 菜月」
「も、元々私が皆本さんを案内しようと思ってたんです! 互のおじいさんに差し入れもしたかったし……おじいさん、食事のことには無頓着ですから。放っておくといつもカップラーメンばかり食べちゃうんです」
「いいだろ別に。好きにさせときゃ」
「よくないです! もうお年なんですから、なるべく体にいいものを食べないと……」
 そう言う菜月の手には、手作りのサンドイッチが詰まったバスケットが握られている。具材はツナやタマゴをレタスとパンで挟んであり、味付けも薄めだ。
「皆本さんと赤星さんの分もありますから。みんなで一緒に食べましょう」
「……菜月の分は?」
「え? あ!」
 創志が指摘すると、本気で忘れていたらしい菜月が慌てふためく。
 新人警官と別れたあと、一度保根家へ戻った創志と赤星は、菜月の用意していた朝食を食べた後、準備を整えてから互の元へ向かった――菜月の案内で。
 花月は一人家で留守番をしている。本人は行きたかったようだが、創志が昨日の夜の一件をうっかり口にしてしまったことで、菜月が外出を許さなかったのだ。
(……初めて会ったときは気弱そうに見えたけど、案外そうでもないのかもな。さすがお姉ちゃんってところか)
 駄々をこねる花月を諭す菜月の姿を見て、創志はそんなことを思った……のだが、自分の分のサンドイッチを作り忘れる辺り、結構抜けているところもあるのかもしれない。
 坂道を登り切り、とても休憩所としての役割は果たせないほど変貌してしまった建物の前に立つ。菜月が軽く扉をノックしてみるが、返事はなかった。インターホンのようなものも見えないので、中に入って声をかけた方が早そうだ。
 赤星も同じ考えだったようで、遠慮なしに扉を開け放つ。途端に、油と鉄の臭いが鼻をついた。
 室内はもはや休憩所としての原形を留めておらず、小さな工場のようになっていた。壁は全て煤けた鉄板で覆われ、床には大小様々なネジやボルトなどが転がっている。棚には工具がごちゃごちゃに詰めこんであり、一つ取り出すだけで全部崩れそうだ。唯一天井にある暖色系の照明だけが、ここが登山に疲れた人々が心と体を休める憩いの場であったことを感じさせてくれる。
「おじいさ~ん――」
「オイ! ジジイ!」
 菜月の控えめな声を遮り、赤星が怒鳴る。すると、部屋の中央で機械に埋もれていた小さく丸まった背中が、ピクリと動いた。
「このクソ生意気な声……もしかしなくても赤星じゃな。まさか本当に戻ってきておったとは。まったく、都会に引っ込んでおればよかったものを」
 振り向いた男が、機械油で真っ黒に染まった手袋でゴーグルを上げる。髪の大部分が白くなっている上に、頭頂部は禿げかけている。肌には多くのしわが刻まれ、水色の作業服に包まれた体は小さく、細い――ように見えた。八十歳は超えていると思われるが、答えた声には芯が通っていた。
「……フン。新顔がおるな。お前が連絡のあったガキか。こんな山奥まで物好きなことじゃ」
 床に転がった機械のパーツを蹴飛ばしながら道を作った老人は、面倒くさそうな足取りでこちらにやってくる。間近で見ると、余計に小さく見えた。身長は一五〇センチメートルもないだろう。
「……あんたが、互鋼さん?」
「違う、と言ったらさっさと帰ってくれるのか?」
 創志の問いに、老人――互鋼は渋面を作って答える。歓迎されていないことはすぐに分かった。
「こんにちは、互のおじいさん。今日の調子はどうですか?」
「……いつもと変わらんわい。お前さんも、こんなところに来てる暇があったら神社の掃除でもしてたらどうなんじゃ。時間の無駄じゃろ」
「そ、そんなこと言わないでください。サンドイッチ作ってきましたから、時間が空いたら一緒に食べましょう?」
「なら、それだけ置いてとっとと帰れ。容器はいつも通りちゃんと洗って返しておくから心配するな」
 そう言って、互は「しっしっ」と手を振って創志たちを追い出そうとする。菜月と互がどれほどの付き合いなのかは分からないが、初対面の創志はともかく、菜月にもこんな態度ということは、気難しいのは事実のようだ。「うう……」と涙目になっている菜月を見ると、花月を連れてこなくてよかったと思う。創志は無言で菜月の頭を軽く撫で「お前は悪くない」とフォローを入れておいた。
「……そういえば、花月は一緒ではないのか?」
「え? あ、はい。昨日の夜体調を崩してしまったみたいで、大事をとって家で留守番してます」
「フム。そうか……」
「おいジジイ。これは何作ってんだ」
「あっ! コラ馬鹿者! 勝手に触るんじゃない!」
 そんなことはお構いなしに、先程まで互がいじっていた機械を乱暴に叩く赤星。血相を変えた互が急いで止めに入る。
「これって……人型のロボットか?」
 鎮座していたのは、丸みを帯びたフォルムの人型ロボットだった。白を基調としたカラーリングは宇宙服を連想させ、背中にはバックパックが取り付けてある。科学が発展した現在では人型ロボットは珍しいものではなく、一部では人間とほとんど変わらない精巧なものも開発されているという。高齢者の介助用として活躍している人型ロボットも多く、今日ではあまり珍しいものとは言えない。最新式の人型ロボットと比べると、何世代も昔の型落ち機体のような印象を受けてしまう。
「へえ……味わいがあっていいデザインだな。俺は好きだぜ」
 どことなく<ジェネクス>のプロトタイプのような感じがするし。
「……時間潰しに作っているだけじゃ」
 人型ロボットをかばいながら、互は呟く。
(その割には、すげえ大事そうにしてるけどな)
 赤星を止めたときの表情は、まさに鬼気迫るといった様子だった。暇つぶしに作ったとはいえ、愛着が沸いているのだろうか。
「作るのは勝手だけどな。ジジイ、こいつの起動テストとかどこでやってんだ?」
「ここは散らかっとるからな。いつも外でやっておるよ」
「……正確な時間と場所を教えろ」
「なんじゃ藪から棒に。一日の仕上げとして寝る前にやるから、大体七時くらいかの。早朝にやるときもあるが。場所はまちまちじゃが、この間は温泉街の近くまで降りて歩行テストをしたかの」
「今すぐやめろ。じゃないとコイツぶっ壊すぞ」
「どうしてそうなるんじゃ!? 前々から思っておったが、お前はどうしてクビにならんのか!?」
 ……どうやら、強引さにおいては赤星に軍配が上がっているようだ。完全に赤星のペースに巻き込まれてしまっている。
「山に不審者がいるって話が出てんだよ。誰が目撃したかは知らんが、たぶんコイツを遠目から見たヤツが不審者だと勘違いしたんだろ。村の連中もキレてたし、こっから追い出されたくないんだったら、外で起動テストすんのはやめろ」
「そ、そうなのか……むう……」
 顎に手を当てた互が唸る。自覚はなかったようだが、遠目から見ればぎこちない動作の人型ロボットは不審者に見えるかもしれない。木々や茂みの陰に隠れてしまえばなおさらだ。
 互が返事をする前に、赤星は続けた。
「それと、こいつに術式のアナザーコード渡してやれ」