にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-4th 巫女と弾丸-6

「……眠れねえ」
 暗闇の中に浮かび上がる豆電球の明かりを見つめながら、創志はベッドの上で仰向けになっていた。長旅の疲れもあるしすぐに寝られると思ったのだが、色んなことが一度に起こったせいで、目が冴えてしまったらしい。それとも、自分は枕が変わると寝られないような人間だったのだろうか。そんなに神経質でもないのだが。
(緊張してる……ってガラじゃねえか)
 このまま寝転がっていても眠気は訪れそうにない。創志は起き上がり、静かに部屋を出た。やけに体が火照っている。夜風にでも当たって冷ました方がいいかもしれない。
 まずは庭にでも出てみようかと考えながら、創志は階段を下りる。
 一階まで辿りついたところで、人の気配を感じた。
(……誰かいる?)
 気配の元を探ろうとしたところで、
「ゲホッ! ゲホゲホゲホッ!」
 必死に押し殺したような咳が、連続して聞こえてきた。キッチンのほうからだ。
「今のは――」
 創志がキッチンに向かうと、そこにはしゃがみこんで壁にもたれかかっている、花月の姿があった。
「おい、どうした!?」
 花月の息遣いは荒く、顔には脂汗が浮かんでいる。両手で押さえた口からは何度も咳が漏れ、その度に花月は苦しそうに呻く。明らかに異常だった。
 創志は急いで花月の体を支え、優しく背中を撫でる。その行為にどれだけの効果があるかは分からなかったが少しでも安心できるようにやらずにはいられなかった。
「……触らない……でよ……変態……」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ! 苦しいのか? 医者呼ぶか?」
「いいって……いつものこと……だから……そんなに大騒ぎすることじゃない――げほっ! ゲホゲホゲホッ!」
 喋ったせいか、花月が一層激しく咳き込む。
「くそっ……とりあえず菜月を呼んで――」
「――やめて! 大丈夫だから!」
 創志が菜月の名前を出すと、花月は病人とは思えないほど声を荒げる。
花月……」
「……とりあえず、冷蔵庫からお水取ってよ……薬持ってるから。飲めば落ち着くから。お姉ちゃんに、余計な心配かけたくないの……」
「……分かった」
 言われた通り、創志は冷蔵庫からペットボトルに入った水を取り出し、花月に手渡す。彼女の手には、二、三粒の錠剤が握られていた。時間をかけて呼吸を整えた花月は、一気に錠剤を口の中に入れると、受け取った水で流しこむ。
 花月の様子が落ち着くのを待ってから、創志は話を切り出した。
「いつものことって……持病みたいなもんか?」
「……うん」
 頷いたあと、花月はしばらく黙っていた。あまり話したくない事柄なのかもしれない。
 それでも何も言わずに待っていると、やがて観念したようにため息を吐いた。
「……幼稚園に入って初めての遠足のとき、すっごい楽しみにしてたのに熱出して行けなかったのは今でも覚えてる。昔からこうなの。時々体調が悪くなって、熱や咳……風邪みたいな症状が出るんだ。ひどいときは一ヶ月くらい入院したこともある。色んな病院で診てもらったけど、結局原因は分からずじまい」
「じゃあ、その薬は……」
抗生物質みたいなものだって。病気の正体が分からないから、免疫能力を高めるしかないらしいの。最近は、薬飲んでしばらくすれば症状が落ち着くことがほとんどだから、治ってきてるんじゃないかって勝手に思ってる」
 そんなはずないんだけどね、と花月は苦笑いを浮かべる。その姿が、体が弱くて寝たきりだった弟――信二と重なった。
「……アンタにこんなところ見られるなんて、不覚だったな。あたしはもう大丈夫だから、アンタもさっさと部屋戻って寝なよ。あ、もしかしてお姉ちゃんに夜這いでもするつもりだったわけ? そんなの――」
花月
 からかっていつものペースに戻そうとする花月の肩を強く掴み、創志は彼女の瞳を真正面から見つめる。
「――何かあったら言え。力になる」
 神楽屋と初めて会ったとき、彼は言っていた。
 自分の背丈を超える約束はするな。互いを傷つけるだけだ、と。
 それに対し、創志は言った。力が足りないなら、約束を果たせるくらいまで強くなると。
 今の創志では……いや、例え術式を会得したとしても、原因不明の病に悩む花月の力にはなれないのかもしれない。
 それでも、自分の気持ちに嘘は吐きたくなかった。
 みんなに心配をかけないよう、悩む心を笑顔の裏に隠す少女を助けたいと思った、自分の気持ちには。
 花月は、肩に置かれた創志の手に、自分の手を重ねる。少女の体温が、掌から伝わってくる。
「……余計なお世話よ。ばーか」
 呟いた花月の口元が笑っているように見えたのは、錯覚ではなかった。

◆◆◆

 翌日。創志はセットしておいた目覚ましのアラーム――ではなく、外から聞こえてくる喧騒で目が覚めた。何事かと思い窓から外の様子を窺うと、村の中心にある井戸の付近に人だかりができており、何やら口論をしているようだ。
(何かあったのか?)
 気になったので、現地まで赴こうと部屋から出たところで、同じく部屋から出てきた赤星と出くわした。寝起きだったようで、昨日のようなパンクな恰好ではなく、黒いジャージを着ており、蛍光イエローに染めた髪はボサボサだ。が、サングラスだけはきちんとかけられていた。
「あいつら……来る前には連絡寄越せって言ったのによ……」
 頭をガシガシと掻きながら、赤星は口を尖らせる。
 赤星に事情を尋ねようとしたところ、その前に――朝食の準備をしていたのだろう――エプロン姿の菜月が階段を上がってきて、
「赤星さん。警察署の方がお見えになってるみたいですけど……」
「知ってる。で、村の連中に追い返されそうになってんだろ。面倒くせえ」
「追い返されるって……車の燃料を持ってきてくれたんだろ? 何でだ?」
「昨日菜月が言ってただろ。村の連中は下の奴らが大嫌いなんだよ。役所の手先だと思われてる警察は特にな」
「けど、だからといってあそこまでの騒ぎが起きることはないと思うんですが……他に何かあったんでしょうか」
「……歩いて帰りゃよかった」
 赤星はぼやきながら階段を下り、ジャージ姿のまま玄関へ向かう。
「あ、待ってくれ! 俺も行く!」
 同じく寝間着代わりのジャージ姿だった創志は、慌ててその後を追った。
 朝の爽やかな空気を味わう余裕もなく、赤星と創志は人だかりができている現場へと辿りついた。見たところ、集まった村人たちが誰かを取り囲んでいるようだ。
「あ! 赤星サン! 助けてくださいよ!」
 すると、制服姿の若い男が赤星に気付き、挙げた右手を振り回しながら切羽詰まった声を上げる。赤星は何度目になるか分からないため息を吐き、若い男に近寄った。
「……ん? 誰だお前」
「ひどくないっすかその反応!? 昨日も会いましたよね? 新人の洗礼だーってパシリやらされてるんすよ」
「そうだっけか……で、どうして燃料持ってくるだけでこんなことになるんだ?」
 若い男には、創志も見覚えがあった。昨日の温泉街での事件で、犯人の男を取り押さえようとして逆に吹き飛ばされてしまった人だ。
「実はですね。燃料届けるついでに、不審者について調査してこいって言われて……」
「不審者? ……ああ。最近山で目撃情報が相次いでるってやつか」
「それっすそれっす。だから、赤星サン探しながら聞きこみしようと思ったんすけど――」
「またくだらん噂を流しおって! そんなにワシらを孤立させたいのか!」
「まったく温泉街の連中は! いつも金儲けのことしか考えとらん!」
「不審者なんてわたしらは見たことないわ! とっとと帰って報告しなさいよ!」
「――ご覧の有様でして」
「……なるほどな」
 部外者である創志にも事情が飲み込めた。不審者に関しての真偽は定かではないが、とにかく村人たちはまた人が遠ざかるような情報が出たことに怒っているらしい。新人警官は創志と同じ若者なのに待遇がまるで真逆だったことを見ると、村人たちの温泉地への恨みは相当深いもののように思えた。
「不審者については、俺に心当たりがある」
「え? マジすか赤星サン。初耳なんですけど」
「だから、お前は車に燃料入れてとっとと帰れ。そうすりゃ騒ぎも収まる」
「了解っす! じゃ、赤星サンに全部任せますよ!」
 こんな展開を待ち望んでいたと言わんばかりに顔を輝かせた新人警官は、村の外に停めてあるジープへ一目散に駆けていく。
「ヒュウ君が何とかしてくれんのかい?」
「頼むよ。これ以上変な噂が立ったら、この村はおしまいじゃ……」
「若者はみんな出ていってしまったしのう……」
「こりゃ、創志ちゃんに菜月ちゃんか花月ちゃんと結婚してもらって、たくさん子供生んでもらうしかないね!」
「両方と結婚でいいんじゃないかの?」
「あんま好き勝手言わないでくださいよ!」
 創志が叫んでも村人たちはどんどん盛り上がっていき、「こうしちゃいられない」と散っていった。一体何の準備をするつもりなのか……あとでちゃんと誤解を解いておかないと、相当面倒くさいことになりそうな予感がした。
 それよりも、気になったのは赤星の言葉だ。山で目撃されている不審者に関して、心当たりがあるというのは、どういうことなのだろうか。
「……お前、今日は互のジジイに会いに行くんだろ? 案内してやる」
 珍しく、赤星のほうから誘いをかけてくる。昨日は面倒だと他の人間に案内を押し付けていたのに、どういう風の吹き回しだろうか。右も左も分からない創志にとっては、案内は願ったり叶ったりなのだが――
「……なら、お願いするよ」
 どうやら、赤星も互鋼に用事があるようだった。