にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-4th 巫女と弾丸-3

 一通り事情聴取が終わり、ようやく解放された頃には、すでに太陽は姿を隠す直前で、辺りは暗くなり始めていた。街灯にはすでに明かりが灯り、心なしか昼間よりも浴衣姿の人が多く見える。伊奈妻温泉街は、徐々に夜の姿へと移り変わろうとしていた。
 事件を起こした男は、各地の観光客を狙って恐喝や強盗を繰り返していた犯罪グループの一人だったらしい。伊奈妻に潜伏していることが判明し、逃走経路を封鎖してから捕える予定だったが、その前に情報が漏れてしまい、追い詰められて自暴自棄になった男が凶行に及んだというわけだ。市民を危険にさらすことになり申し訳なかったと、初老の警官に何度も頭を下げられた。
「あの……助けていただいて本当にありがとうございました」
「そんなに何度も礼言わなくていいって。俺が勝手にやったことだからな。怪我がなくてよかった」
「いえ、でも……」
「それに、最初にあんたを助けたのは俺じゃない」
 おもちゃの銃で拳銃を破壊した不思議な男、赤星ヒュウ。真っ先に動いたのは彼だ。そして、赤星と姉妹は知り合いだったらしい。
「もちろん赤星さんにもお礼はします。けど、皆本さんに助けていただいたのも事実なんです。きちんとお礼をさせてください」
「そういうのはいいんだけどな……」
 事情聴取の合間に、簡単な自己紹介は済ませている。人質に取られていた黒髪の少女は、保根菜月(ほねなつき)。ここより山頂に近い場所にある村から、買い出しのためにやってきていたところで事件に巻き込まれてしまったらしい。
 そして、菜月のすぐ傍で口を尖らせてむっつり顔になっているショートカットの少女が、彼女の妹の保根花月(ほねかづき)だ。
「……何よ。勘違いの件なら、さっきちゃんと謝ったでしょ」
 創志の視線に気付いた花月が、そっぽを向きながら刺々しい声で言う。
「あれが謝罪のうちに入るのかは微妙なところだけどな」
「不服? それとも体で払えとか言うわけ? やっぱり変態ね!」
「その発想の飛躍は何とかなんねえのか!」
「お姉ちゃんを助けたのは事実だけど、押し倒したのも事実なんだからね! アンタが変態野郎って認識は改める気はないから!」
「ふざけんな! 俺は変態じゃねーっての!」
 第一印象が最悪だったせいか、花月は創志に対してえらく攻撃的だ。事情聴取の合間の待ち時間も、姉である菜月から創志を遠ざけようと必死になっていた。……創志が菜月を助けたのだということが分かると、蚊の羽音のような小さな声で謝っていたが。
 創志と花月が警察署の前でぎゃいぎゃい低レベルな論戦を繰り広げていると、「ビッ!」と遠慮のないボリュームで車のクラクションが鳴らされた。見れば、色あせたカーキ色のジープが一台停まっている。運転席には、気だるげな様子の赤星がいた。
「さっさと乗れ。騒いだら殺すぞ」
 治安の維持に努めている人間とは思えない発言を平気で放つ赤星。事情聴取の際も、他の警官の隣に座っているだけで一切喋らなかったし、本当に治安維持局に所属しているのか疑わしくなってくる。
「は、はい……」
 怯えた様子の菜月を花月が引っ張り、二人が後部座席に乗り込む。それに続き、創志は空いていた助手席へと座った。
 菜月と花月は、ここまで歩いてきたらしい。本来なら買い物を早めに終わらせ、昼過ぎには帰路に着く予定だったが、聴取やらその他諸々のせいで時間が遅くなってしまった。夜の登山は、経験者でも危険……道を知っているとはいえ、軽装の女の子二人が行うものではない。初老の警官は温泉街に泊まっていくことを勧めたが、二人はできるなら今日中に村まで帰りたいらしい。その村には創志も用事が――というよりも今回の旅の目的地でもあったため、赤星が車で送ってくれることになったのだ。本人は相当面倒くさがっていたが。
「じゃ、行くぞ」
 古ぼけた外装とは裏腹に、豪快なエンジン音を轟かせたジープが急発進する。後ろから女性陣の悲鳴が聞こえてきたが、赤星は構わずアクセルを踏み続けた。


 太陽が沈み、暗闇に包まれた山中。木々の隙間にできた獣道を突き進む。少しでも操作を誤れば木に激突しそうな細い道だったが、赤星のハンドル捌きは迷いがなかった。当然ながら道を照らす街灯など存在せず、ジープのヘッドライトだけが頼りな状況にもかかわらず、真っ黒なサングラスをかけたままだ。
(心の眼、ってやつで見てたりすんのかね)
 縦横と絶え間なく揺れる車の中で、創志はそんなことを考える。後部座席の二人はすでにグロッキー状態だ。最初は文句を言いまくっていた花月も、今では借りてきた猫のように静かである。顔は真っ青だったが。
「そういや、何で『旧』伊奈妻村なんだ?」
 創志たちが向かっている農村……保根姉妹が住む村の名前を初めて聞いたとき、ふと感じた疑問を口にしてみる。
「別に。古いから旧ってだけだろ」
 赤星は、心底興味がないけど答える人間が他にいないから仕方なくといった感じで言う。
「え、そんな単純な理由なのかよ」
「……あながち間違いじゃないらしいです。中腹の温泉地の開発が進み、伊奈妻が有数の観光スポットになった頃から、地図や看板を見た観光客が間違えて山頂の村のほうへ行かないよう、名前を変更したって話を聞きました」
 妹と同じく真っ青な顔で口元を押さえていた菜月が、わざわざ解説してくれる。
「温泉街の人たちのやり方が相当強引だったらしく……村の人たちは今でも勝手に『旧』呼ばわりされていることに納得していません」
「生まれたころにはもう旧伊奈妻村になってたあたしたちは特に何とも思ってないんだけどね。年寄りの前ではあんまり言わないほうがいいよ」
「……そうなのか。分かった」
「あ! わざわざ教えなきゃよかった……そうすればどっかのジジイにどやされて追い出される変態の姿が見れたのに」
「オイ」
 悔しそうに舌打ちする花月に創志が突っ込んだところで、車内が一段と大きく揺れた。そのせいで車酔いが悪化したのか、保根姉妹は再び黙り込んでしまう。
 創志はフロントガラスから覗く景色に視線を移すも、暗闇の中に浮かび上がる山道が延々続いているだけ。それをボーっと眺めていても仕方ないと、何気なく運転手である赤星を横目で窺うと、腰に提げた拳銃のホルスター――そこに収まったおもちゃの拳銃が目に留まった。
「なあ、赤星さん。その銃――」
「お前。互のジジイに用があって来たのか?」
「え?」
 創志が尋ねる前に、赤星が口を開いた。珍しく赤星のほうから話題を振ってきたこと、そして神楽屋が言っていた術式に詳しい人物の名前が出てきたことに面食らい、創志はすぐに返事をすることができなかった。
「……もしそうなら、俺の銃のことはジジイに聞け。説明するのが面倒だ」
 赤星はそれ以上話を続ける気はないようだった。何故、創志が互に会おうとしていることが分かったのかを訊きたかったが、タイミングを窺っているうちにジープは次第に速度を緩め、停車した。目的地に着いたようだった。
「うえー……きもちわる……」
 時間にすれば三十分も経っていない道のりだったが、菜月と花月には相当長く感じられたようだ。車から降りた二人の足取りはふらついていた。続けて創志と赤星も降車する。
「ここが……伊奈妻村か」
 山奥にある村ということで、創志は昔話に出てくるようなわら葺屋根の家が並ぶ田舎の風景を勝手に想像していたのだが、それよりはずっと近代的だ。自然に囲まれた場所に溶け込むように落ち着いた色彩の平屋が並び、数は少ないものの街灯もある。道は固められた土で舗装され、村の中央に当たる場所には年季の入った井戸があった。周囲は田畑や果樹園に囲まれ、様々な種類の野菜や果物が栽培されているようだった。
 ずっとネオ童実野シティで暮らしてきた創志にとっては馴染みのない風景だったが、妙な懐かしさを感じる。ぼんやりとした明かりに浮かびあがる村の様子は、どこか幻想的だった。