にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-4th 巫女と弾丸-2

「ふざけんなよテメエ……誰に断ってそんなフザケタことしてんだ? オォ?」
 人ごみの中から姿を現したのは、簡潔に表現するなら「ガラの悪い若者」だった。ロックバンドのメンバーのようなド派手な蛍光イエローの髪、片耳だけで十個以上は付いているであろうピアス、鋭角なフォルムのサングラス。黒の革ジャンには用途不明の鎖やら髑髏を模したアクセサリーやらがジャラジャラとぶら下がっており、ブーツのつま先部分にはこれまた用途不明の棘がびっしりと装飾されていた。
 そして、ガラの悪い若者の右手には、
(銃……だよな?)
 疑問を覚えてしまうほど、チープな作りのおもちゃの拳銃が握られている。子供向けの特撮番組で、ヒーローが使っているようなデザインのものだ。電池をモチーフにしているのか銃身は丸みを帯びていて、くすんだ黄色で稲妻のマークが描かれている。パンクな風貌の男が持っていると、どこかシュールさを感じてしまう。
(いや……でも、あのおもちゃの銃……何か変だ。上手く言葉にできねえけど、普通じゃない。そんな気がする)
 創志はおもちゃの拳銃を注視してみるが、違和感の正体は掴めない。
 そんなことをしているうちに、パンクな恰好の若者は未だ唖然としている男へと近づき、抵抗する間もなく胸倉を掴みあげた。反動で解放された少女が、ふらりとよろけて倒れ込む。
「な、なんだお前……」
 あれほど興奮していた男は、完全に若者の雰囲気に呑まれてしまっていた。萎縮し、視線を合わせないようにしながら言い返すのが精いっぱいのようだ。
「テメエこそなんだ。オォ? 自分が助かりたいからって関係ないヤツ巻き込んでよ」
 どうやら、若者も相当怒っているようだ。創志と同じく、少女を助けようとする正義感から行動を起こした――
「まあそれはどうでもいいんだがな」
「どうでもいいのかよ!」
 思わずツッコんでしまう。が、小声だったせいかそれとも周りの音が聞こえていないほど怒っているのか、とにかく若者の耳には届かなかった。
「テメエみたいなクズ野郎がよ、銃を使って人を脅すとかそーいうアクドイことやってるから、いつまで経っても銃に対する悪いイメージが消えねえんじゃねえかよ! 俺はな、誰もが気兼ねなく銃をバカスカ撃てる生活を目指してんの。何故なら、銃を撃つのが気持ちいいからだよ。そのためには、銃を撃っても危なくありませーんってイメージが重要だろうが! 分かってんのか!」
「は……?」
「は? じゃねーんだクソ野郎! 俺の目指す理想が遠のいたんだぜ!? 詫びの言葉くらい言えねーのかよ!」
「す、すいません……」
 論理が破たんしている、などというレベルではない。分けのわからない持論を喚かれた挙句謝罪を要求されている様は、そこだけ切り取って見ると気の毒に思える。
「チッ、しょうがねーとはいえ、また銃ぶっ壊す羽目になったしよォ。胸糞悪いったらねーぜ」
 若者はそう吐き捨てると、おもちゃの拳銃をベルトのホルスターに突っ込んでから、男の腹に右拳を叩きこむ。前触れを悟らせない、洗練された動きだった。
「お、ぐ……」
 若者が掴んでいた手を離すと、呻いた男がたまらず膝を折る。ちょうどそのタイミングで、紺色の制服に身を包んだ男性数人が野次馬を下がらせながら現れた。胸に飾られた金色の紋章を見るに、ここの警察機構の人間だろう。
「戻ってきたと思ったらこれか。相変わらずだなぁ、赤星」
 額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら若者に声をかけたのは、制服姿の初老の男性だ。縁側でお茶をすすっているのが似合いそうな穏やかな物腰だが、弓なりに細められた両目から除く眼光は、この場所の治安を預かるにふさわしい鋭さを持っていた。
「おっさん……」
「犯人確保してくれたのはありがたいがな、もうちょっとやり方考えろよー。こんだけ大勢の人がいるんだからよ、大惨事に繋がってもおかしくないんだぞ……おい新人、そいつ取り押さえておけ」
「ういっす」
 初老の男性の指示を受け、若い――創志と同じくらいだろうか――警官が、腹を押さえたまま動かない男に近づく。
「お前は治安維持局からの出向って立場なんだからよ。何かあったらウチだけじゃなくてネオ童実野シティにある本局にまで迷惑がかかんだ。もうちょっとその辺意識しないと……って、それができてたらこんな温泉地まで飛ばされないわな」
「……よく分かってるじゃんか」
「お前との付き合いもそこそこ長いからなぁ。戻ってくるって聞いたときは、『やっぱりか』って思ったもんだよ」
「ここでクソ長げえ思い出話おっぱじめる気か? 勘弁してくれ、俺はもう帰る」
「待て待て。むしろここからが本番だろ。まずは実況見分と事情聴取を――」
 背を向けて現場を去ろうとする赤星と呼ばれた若者を、初老の男性が引き止めようとしたときだった。
「――んだよこれはよオオオオオオオオオオオオ!」
 手錠をかけようとしていた若い警官を跳ね飛ばし、中年の男が咆哮を上げながら立ち上がった。状況が落ち着き始めたことで、ようやく自分が何をしようとしていたのかを思い出したらしい。怒りに燃えた瞳が、ギョロリと動いた。獲物を探す視線――それが、他の警官に助け起こされていた、黒髪の少女を捉えた。
「ウゴアアアアアアアアアアッ!」
 理性を失った獣と化した男は、猪のように無我夢中で少女に突っ込んでいく。その手には、どこに隠し持っていたのか、折り畳み式のナイフが握られていた。
「…………っ!?」
 少女が声なき悲鳴を上げる。傍にいた警官は、男の剣幕に気圧されてしまい、棒立ちになっている。異変に気付いた赤星と初老の男性は、それぞれ男を取り押さえようと動き始めるが、間に合わない。
「――危ねえ!」
 瞬時に体が反応した。これは無謀ではなく勇気だと、心から信じられた。
 飛び出した創志は、少女に覆いかぶさるようにして押し倒す。
「ぐっ!」
 直後、右肩に鋭い痛みが走る。着ていたパーカーとシャツが裂かれ、傷口から鮮血が滲む。男が振り下ろしたナイフが、割り込んだ創志の肩を切り裂いたのだ。
 倒れ込んだ少女が頭を打たないよう後頭部に手を回しつつ、創志は地面へ倒れる。
 追撃はなかった。男は言葉にならない叫び声を上げ続けていたが、警官数人に取り押さえられる。初老の男性が手首を叩いてナイフを奪い取り、男の耳元で何かを囁く。すると、男は抵抗をやめ、黙って手錠をかけられていた。
「君! 大丈夫か!?」
 初老の男性が慌てて駆け寄ってくる。
 創志は「平気です」と返事をしながら体を起こそうとして、気付く。気付いてしまう。
「あ……」
 自分が、見ず知らずの少女と体を密着させていることに。薄いブルーのワンピースに、ニット生地の長袖の上着を着ていた黒髪の少女の、怯えと混乱が混じった顔がすぐ近くにある。怖い思いをしたせいか息遣いは荒く、肩はしきりに上下している。内股に閉じられた白い脚がもじもじと動き、ずり上がったスカートの裾が扇情的に映る。
「わ、悪い!」
 創志はバネのように跳ね起きる。何かと無防備なティトやリソナと暮らすようになって、お色気ハプニングにはかなりの免疫ができていると思っていたが、気のせいだったようだ。間近にある少女の体を意識してしまった途端、頬がカッと熱くなる。少女を助けに入った際も平常通りだった心臓の鼓動が、今になって早鐘を打ち始めた。
「い……いえ……そんな……」
 少女のほうはまだ状況の整理ができていないらしく、しどろもどろだ。それでも自分が創志に助けられたことは分かっているようで、露骨な嫌悪感を示すことはなかった。
 そう。押し倒した黒髪の少女は、嫌悪感を示さなかった。
 示したのは、混乱する状況に拍車をかけるために現れた、別の少女だった。
「お姉ちゃん!」
 近づくな、という警官の制止を振り切り、切迫した声を上げる少女。倒れている少女の妹のようで、同じ黒の髪はボーイッシュに短くしており、服装も簡素なデザインのシャツに黒のスパッツと活動的だ。大きな瞳が姉を押し倒す不埒な少年の姿を捉えるや否や、眉が限界まで釣り上がった。
「お姉ちゃんに何してるのよ! このドグサレ変態スケベ野郎!!」
「そこまで言うかよ!?」
「白昼堂々女の子を押し倒すなんて変態以外の何物でもないでしょ! お姉ちゃんがかわいいのは分かるけど、だからってアンタが極悪非道の極悪人の変態ってことには変わりないわ!」
「白昼堂々そんなこと叫べるお前も相当だけどな! てか違う! これはだな――」
「言い訳なんて見苦しいわよ!」
 ぎゃいぎゃい喚きつつも、だだだっ! とすごい勢いで駆け寄ってきた妹少女は、創志を突き飛ばし、姉を守るように抱きかかえる。容赦なく睨みつけてくる少女は、創志に対して嫌悪感丸出しだった。
「あー……君たち。一旦落ち着こうか。な?」
 呆れるように頭を掻いた初老の男性が、苦笑いを浮かべる。
「……騒がしくなってきやがった。俺は帰るぞ」
「頼むから言うこと聞いてくれ赤星ぃ! これからが大変なんだからさ!」
 その後、状況が落ち着くまでは小一時間ほどの時間を要した。