にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-4th 巫女と弾丸-1

「読んで字のごとく、志を創り出す。それがお前の名前に込めた願いだよ」
 いつだったかは思い出せないが、ずっと昔……まだ皆本家が幸せな毎日を送っていた頃。学校の宿題で自分の名前に込められた意味について調べることになり、父親である源治に尋ねると、そんな答えが返ってきたことを覚えている。
「他人に誇れるようなものじゃなくてもいい。けど、常に心には確固たる信念を持って、前に進んでくれ……なんてな。ははっ、ちょっとカッコつけ過ぎたか」
 照れくさそうに笑って誤魔化そうとする源治に、創志はそんなことないと首を振った。
 源治が語った意味を半分も理解できないほど子供だった彼にも、心に響くものがあった。
 志を創り出す。
 その時、自分が心に誓った目標は、何だっただろうか――

◆◆◆

「終点~伊奈妻(いなつま)温泉街~、伊奈妻温泉街~、降りる際は忘れ物がないよう荷物の点検をお願いいたします――」
 独特な低い声のアナウンスが聞こえ、創志は浅い眠りから目を覚ました。瞼を閉じているだけのつもりだったのに、いつの間にか寝てしまったらしい。
 足元に置かれたパンパンに膨らんだスポーツバッグを肩に提げ、バスの中央にある狭い通路を抜ける。車内はほぼ満席で、どちらかというと年配の客層が目立つ。料金を支払いつつ、アナウンスを繰り返していた男の運転手に頭を下げると、創志はバスを降りた。
 降車してくる他の客の邪魔にならないような位置まで移動してから、創志はうんと体を伸ばすと、大きく深呼吸をした。
「――はぁ。空気がうめえな」
 新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み、味わうように吐き出したあと、創志は観光客の定型句を呟いた。視線をぐるりと回せば、濃い緑を茂らせる木々に覆われた山並みがすぐ近くにある。発展したネオ童実野シティでは、まず見られない光景だ。
「……サテライトの空気とは大違いだ」
 懐かしささえ感じるようになってしまった、サテライトの荒廃した空気を思い出す。あそこで深呼吸なんてしようものなら、埃やら灰やらを吸い込んで、たちまちむせてしまうだろう。
「っと。ボーっとしてる場合じゃねえな」
 一人で遠出してきたせいか、感傷に浸りやすくなってしまった気持ちに活を入れるため、創志は自分の頬をバチンと叩いた。周囲の人が何事かとびっくりしているが、気にしないことにする。
 創志は、近くにあった看板に視線を向ける。そこには、可愛らしくデフォルメされた黄色い猿――ここのマスコットキャラクターである「ピカさる君」が温泉に入っているイラストと共に「伊奈妻温泉街へようこそ!」という文字が描かれていた。
 伊奈妻温泉街。ネオ童実野シティから見ると北に位置する山脈の中腹辺りを切り開いて作られた観光地で、その名の通り各所で源泉が噴出している、温泉好きにはいわずと知れた名所だ。肌にピリッと来るような強酸性の湯が特徴で、別名稲妻温泉とも呼ばれている。
 観光地として栄えているだけあってか、山間部にあるにもかかわらず、道は綺麗に整備され、温泉地への直通バスが出ているなど交通の便もいい。創志がバスを降りた駐車場は最も栄えている中心部の近くで、歴史を感じさせる造りの旅館が目立つが、ここから少し離れれば真新しいホテルなどが多く並んでいる。
 傍にある土産屋の軒先に視線を移せば、真っ赤な唐辛子の粉末で稲光が描かれた煎餅が、一番目立つスペースに並べられている。伊奈妻の名物、稲妻煎餅だ。
(……リソナが食ったら、二秒で吹き出しそうだ)
 甘いものが大好きな反面、辛さにはめっぽう弱い同居人の顔が、ふと頭に浮かぶ。辛さにもだえてひーひー言っているリソナを見てみたい気もするが、そのために煎餅を買ったとしても、目的を果たせるのは当分先のことになるだろう。
「さて。こっからが本番だ」
 和気あいあいと温泉街の中心部に向かって行く他の客たちとは逆。創志はスポーツバッグを担ぎ直すと、賑わう温泉街から離れるように歩き始める。
 向かうは、ここよりさらに上にある、旧伊奈妻村という農村。そこに創志が会わなければならない人物がいる――らしい。名前は互鋼(たがいはがね)。七十歳は超えているであろう高齢の男性だ。
 デュエルモンスターズのカード効果を、人が扱うに適した形で具現化する力。「術式」と呼ばれるその力をよく知る人間が、伊奈妻にいる。探偵を名乗っている創志の師匠……的なポジションにいる神楽屋輝彦は、古ぼけた手帳をめくりながらそう言った。
 ――つっても、直接の面識があるわけじゃねえ。あくまで人づての情報だ。
 ――信用できる情報筋だから、デマって可能性はないだろうが……
 ――止めたって無駄なのは分かってるからな。連絡取ってやるよ。
 ――ティトも、ああ言ったことだしな。
 曰く、術式の会得には相当の時間がかかるらしい。守るべき――いや、守りたいと思っている人たちと長期間離れることに創志は抵抗を覚えた。しかし、今のままではダメだという焦燥感は日に日に強まっており、「異世界での戦い」を経験して、それは決壊寸前まで達していた。感情の板挟みになったところで、ティト・ハウンツが背中を押してくれた。
 わたしなら、だいじょうぶだよ、と。
 だから今、創志は自分の居場所から離れ、一人で歩いている。自分が納得できるだけの力を得るために。
(さっさと帰るためにも、気を引き締めてかからねえとな)
 そう決意を新たにした矢先の出来事だった。
「きゃああああああ!」
 創志の背後……他の乗客たちが向かった温泉街のほうから悲鳴が上がる。人々のざわめきが耳に届き、創志はたまらず振り返った。
「……何かあったのか?」
 悲鳴に込められた緊迫感から察するに、ただ事ではなさそうだ。
「……気にしない、ってのは無理な話だよな!」
 自分に言い聞かせるように呟いてから、中心部に向かって駆けだす。
 ざわめきが大きくなるにつれて人の数が増え、事が起こっていると思われる場所の周りには群衆の壁ができ上がっていた。「悪い!」と何度も謝りながらそれを掻きわけ、ようやく事態が把握できる前列へと抜ける。
「さっさと逃走車を用意しやがれ! この女がどうなってもいいのかよ!」
 唾を撒き散らしながらの怒号。これほどストレートなセリフを聞いたのは久しぶりだった。
 創志の視界に飛び込んできたのは、人相の悪い髭面の中年男性が、黒髪の少女を後ろから羽交い締めにし、人質に取っている胸糞が悪くなる光景だった。男の手には冷たく輝く拳銃が握られており、それを周囲への威嚇のために乱暴に振り回しつつ、少女の頭に突き付けている。
「どうしたオラァ! すぐに車を用意できねえなら、こいつの脳天吹っ飛ばすぞ!」
 男は相当興奮しているようだ。服装はシャツにジーンズとシンプルなものだが小奇麗だったので、脱獄してここまで逃げて来たのではなく、現行犯か、はたまた護送中に逃走したのだろう。
(どうする……!?)
 集まった野次馬たちは、どよめくばかりで動こうとしない。男の様子ではいつ発砲してもおかしくないので、すぐに避難したほうが賢明だとは思うが、一度この状況ができてしまった以上、下手に大勢で動けば男を刺激してしまうことになる。
(そうだ。あの野郎を刺激して最悪の展開になることは避けねえと……)
 太い左腕で首を押さえつけられている少女は、苦悶と恐怖が入り混じった顔でかたかたと震え、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。肌は血の気が引いたように白く、唇も青紫色に変色しており、今にも意識を失って倒れてしまいそうだった。
 一昔前の創志なら、少女を助けるために無策のまま飛び出していただろう。結果的にそれが大きな失敗に繋がったことはないものの――神楽屋からは何度も言われている。
(勇気と無謀は違う……そして、慎重と臆病も違う。まずは落ち着いて状況を見極める)
 ネオ童実野シティから離れたこの地では、治安維持局ではなく別の警察機構が存在するはずだ。これほどの騒ぎになっていればすでに動いていると見るのが妥当だが、問題は錯乱一歩手前の男が、その前に引き金を引きかねないことだ。
(サイコパワーを使う、か?)
 微弱ながらも、創志はデュエルモンスターズのモンスターや魔法・罠カードの効果を具現化できる力を持つ。拳銃を持っているものの、何の力も持たない一般人相手をねじ伏せることは容易いはずだ。それに、モンスターを具現化すれば、男はどうしても注意を向けるだろうし、そうなれば人質の少女を奪還する隙も生まれる。
「……よし」
 覚悟を決めた創志は、人ごみに隠れるように身を屈めながら、腰に提げたデッキケースに触れる。一番手前にあるカード――エクストラデッキのモンスターカードを一枚抜きだす。<A・ジェネクス・トライアーム>。男を威圧するには十分すぎるカードだ。
「見せもんじゃねえぞコラァ! どいつもこいつも舐めやがって! ぶっ殺してやる!」
 今頃になって野次馬たちの視線に苛立ったのか、男が人の壁の一角に銃口を向ける。途端に悲鳴が上がり、野次馬たちが我先にと逃げ出していく。
(――今だ!)
 パニックが起こる直前を好機と見た創志は、親指と人差し指でしっかりとカードを挟むと、男の前に躍り出る――
 それよりも早く、動く影があった。
 バガン! と。
 男の手にしていた拳銃が――正確には掴んでいたグリップ部を除いた銃身部分が、バラバラに砕けて弾け飛んだ。
 興奮の絶頂にあった男も、怯えきっていた少女も、逃げ惑っていた野次馬も、覚悟を決めて飛び出そうとしていた創志も……その場にいた全員が、呆気に取られた。何が起きたのか分からなかった。
 ただ一人、それを引き起こした人物を除いては。