にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-23

◆◆◆

「すまなかった、シスター」
「……頭を上げてください、正義さん。私は大丈夫ですから」
「いや、今回の件は全て俺の責任だ。シスターを危険な目に合わせて……調査が不十分だった。すまない」
 深々と頭を下げたまま、輝王は謝罪の言葉を重ねる。それでも、胸の内を支配している自責の念は当分晴れそうになかった。
 元シスターで現在はピアニストである盲目の女性、イルミナ・ライラックは、なかなか頭を上げてくれない輝王におろおろしていたが、
「いいんです。ちょっと怖かったですけど……それ以上に、正義さんがわたしを頼ってくれたことが、あなたの力になれたことがうれしいんです。だから、これくらいへっちゃらです」
「シスター……」
「それに、正義さんが助けに来てくれたとき……あなたの優しい色に包まれたとき。わたし、とっても幸せでした」
 両手を胸に当て、その中の温もりを確かめながら、イルミナは温かみのある声で告げる。
「……幸せ、か。やはりシスターには敵わないな」
「あ、でもどうせなら、お詫びとしてデートに連れてってくれませんか? 最近の正義さんはとてもお忙しそうですし、今日はこんなことになってしまいましたし……たまには2人きりでゆっくりしたいです。ふふ」
「……必ず時間を作っておく」
 観念して頭を上げた輝王は、改めて金髪の女性の姿を見つめる。華奢な容姿からは想像もつかないほど、広い心と硬い芯を持った人だ。
(しかし、今回も空振りだったか)
 事の発端は、「ゴースト」――ライディングデュエルを挑んだ相手をクラッシュまで追いこむ、謎のDホイーラーが現れたことだ。ゴーストの正体は未だ謎に包まれたままだが、使用しているデッキはかつて輝王が愛用し、現在は後進の指導のために上層部に預けている<A・O・J>であることを知った。そして、上層部と繋がりがあるとされる組織、イリアステル。ゴーストの謎を明らかにするために、輝王はイリアステルの影を追っていた。その中で、城蘭金融との繋がりが浮上したのだ。
 パーティに潜入するために、ピアニストとして招待されていたイルミナの付き人を装ったのだが……結果として、城蘭金融からはゴーストやイリアステルに関する情報は得られず、フェイク・ラヴァーズの襲撃によってイルミナを危険な目に合わせてしまった。この責任は、何らかの形で取らなければなるまい。
(……唯一の収穫と言えば、あの術式使いか)
 犬子と呼ばれていたあの女性――彼女も輝王と同じように、相手を必要以上に傷つけないよう気を配っていたように見えた。それができるということは、相当な手練れである証だ。
 フェイク・ラヴァーズ精鋭部隊の横やりによって、術式使い同士の戦闘は中断。犬子は主人を助けるために広場へ、輝王はイルミナを助けるために控室に向かった。イルミナを安全な場所まで避難させたあと、犬子を加勢するために駆けつけたというわけだ。
 ちなみに、「安全な場所」というのは、あらかじめ協力を要請して屋敷の外に待機していた神楽屋輝彦のことであり、輝王が戻ってくる少し前に「邪魔しちゃ悪いしな」と帰ってしまったらしい。人には余計なくらいに気を回せるのに、自分のことなると途端に鈍感になるのは、彼の弟子とそっくりだと思った。
「帰りましょう、正義さん」
「……そうだな」
 輝王は自然に右手を差し出し、イルミナもまた自然にその手を握る。
 感じた温かさに安堵を覚えながら、輝王は歩き出す。
「……いい演奏だった。最初から最後まで聴けなかったのが残念だ」
「褒めてくださってありがとうございます。次は、是非コンサートにいらしてくださいね」
 イルミナの頬笑みを見て、輝王は決心を改める。
(もっと、強くならなくてはな)

◆◆◆

 レイジ・フェロウ・ヒビキのオフィス兼響矢の自宅に向かう車中は、思いのほか静かだった。
 運転する一郎は耳にはめたインカムを通じて、鴻上グループとやり取りをしているようだった。逃走した城蘭金融やフェイク・ラヴァーズについて、情報を交換しているのだろう。
 後部座席で外の風景を眺めていた響矢は、隣から聞こえてくる寝息に呆れるしかなかった。車に乗り込むまでは散々騒いでいた犬子だったが、走り出した途端寝てしまったのだ。起こす必要もなかったのでそのまま放置してあるのだが、この分だと目的地に着いても目を覚まさないかもしれない。
(……ま、犬子も疲れてたってことかね)
 術式使いとの戦闘、という予想外の事態にも巻き込まれたようだし、心身ともにかなり疲労していたのだろう。車に乗ったことで、緊張の糸が途切れたのかもしれない。
「…………」
 それからしばらくは黙って窓の外に視線を向けていた響矢だったが、
「……なあ、一郎」
 インカム越しの会話が終わったタイミングを見計らって、運転席に声をかける。
「どうしました?」
「随分前……会社を立ち上げた頃だったか。俺に護身術を教えてくれたことがあったよな。あれ、もっかい教えてもらってもいいか? できれば、基礎的なものだけじゃなくて、もう少しだけ先のレベルのところまで」
「若……!」
「わっ! バカ前見ろ前!」
 感動のあまりこちらを振り返る一郎に、響矢は慌てて前を指差す。一郎は情に厚いだけではなく、仕事もできるいい男なのだが、こと響矢がやる気を出したときに限ってはオーバーに受け取るのが玉に傷だ。今回の護身術の件で例えるなら、それこそ一端の殺し屋としてやっていけるレベルの体術を叩きこまれる可能性がある。そこはあらかじめ断っておかないと、大変なことになる。
「是非もありません。喜んで引き受けさせていただきます!」
「あ、ああ……」
 まずはマラソン30kmから、なんて言われる図を想像しながら、響矢は自分の言葉を軽く後悔する。
(……けど、いつまでも守られっぱなしってのはカッコ悪いからな)
 一郎から護身術を習うなんてことは死ぬほど面倒くさいし、習得できたとしてもそれを披露する機会なんかには恵まれたくない。今日みたいな状況に陥るのは二度とゴメンだ。
 それでも、裏社会に片足を突っ込む以上、荒事は避けては通れないことを思い知った。将来楽をするのが響矢の夢だが、その前に死んでしまっては元も子もない。せめて、自分の身くらいは守れるようにならなければ、今日以上に厄介で面倒な事態に遭遇してしまうかもしれない。それを防ぐために、ちょっとくらい努力しないといけないな、と思った。
「では、オフィスに着くまでに特訓メニューを考えておきます。夕食はまだでしたよね? なら、それが終わり次第訓練を始めるとしましょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 早速暴走し始めている一郎を制止した響矢は、
「……明日からがんばるよ」
 典型的な引きこもりニートの言い訳をするのだった。