にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-18

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「――シッ!」
 輝王の放った突きが、構えた盾の脇をすり抜け石像の胴体に直撃する。
 だが、その穂先は表面を削っただけで、石像の動きを止めるまでには至らない。
 逆に、石像は懐に突き込まれた槍を掴むことで、輝王の動きを封じようとしてくる。それよりも早く槍を引くが、そこで背中に衝撃が走る。
 2体目の石像の攻撃だ。それを予測しあらかじめシールド・コードを展開していたため肉体へのダメージはないが、衝撃によって体勢が崩れる。
 それを見逃すほど敵は甘くない。前にいる石像が、剣ではなく盾による打撃で、輝王の左側面を狙ってくる。輝王はわざと倒れ込み、地面を転がることでそれを回避。柄尻を握りつつ、起き上がりの反動を利用して斜め下からの斬り上げを放つ。ガリッ! と穂先が石を削った感覚。斬撃は盾によって防がれるが、今度は石像が衝撃を殺し切れなかったようで、相方を巻き込みつつ後方へと吹き飛ばされた。
「昨日の今日で大分形にはなったと思うが……まだまだだねぇ」
 壁に寄りかかりながらあぐらをかいた東吾は、フーッと煙を吐き出す。傍らに置かれた女神像は、昨日よりもさらにボロボロになっていた。
 修行を開始してからちょうど丸1日。昨日のように戦闘の途中で槍のイメージが崩れ、消えてしまうことはなくなった。移動や防御もスムーズに行えるようになってきているが、それは相手がスペックの低い石像だからであり、瀧上を相手にするとなれば実力不足は明白だった。もっとも、東吾に言わせれば「1日でここまで出来るようになりゃ上等過ぎるほど」らしいが。
 何よりの課題が、攻撃力不足。術式<ドラグニティ・ドライブ>の基本武装である槍は、特定のコードを発動しなくても、標準的な強度のシールド・コードなら貫通できるだけの威力を秘めている。にもかかわらず、石像にロクな傷を付けられないのは、槍の具現化が不十分だからだ。
 輝王は槍を構え直し、再度石像たちに突撃しようとするが、
「やめやめ。ちょっと休憩しようや」
 東吾がパンパンと手を叩くと、石像たちは姿を消してしまった。
「課長。俺はまだ……」
「呼吸が乱れまくってて、しかもそれに気付かないほど注意力が散漫になってるってのに、まだ続けるつもりか? 命力を消費するのは結構なことだが、効率が悪すぎるんと違うかね」
 言われて、肩で息をしていることに気付く。はやる精神に肉体が追いついていないようだった。
「それと、石像の攻撃をもらいすぎだ。シールド・コードで防ぎつつ反撃、なんて甘い考えが通用する相手じゃないぞ。瀧上は」
「……すみません」
 確かに、東吾の言う通り危機感が欠如している。想定しなければならないのは、瀧上との戦いだ。<ドラグニティ・ドライブ>は防御よりも回避に優れた術式であり、例え相手が複数であろうとも一撃ももらわないくらいの気概で立ち回らなくてはならない。
「ま、状況が状況だから仕方ない部分もあるんだろうがね。適度に焦りなよ、若人」
 張りつめた空気をほぐすためなのか、大声で笑った東吾は、「ちょっと電話してくる」と席を外した。
 輝王は部屋の隅まで歩くと、壁を背もたれにして腰を落とす。休憩用の椅子は用意されていたが、行儀よく座っていられるほどの余裕はなかった。
 呼吸を整えながら、術式へのイメージ――主に槍の貫通力を強く意識する。石像が構えた盾を砕き、そのまま胴体を貫く――
「お茶が入りました。よかったらどうぞ」
 東吾と入れ替わるようにやってきたイルミナが、冷えたグラスを差し出してきた。中身は緑茶のようだ。
「……すまない。いただこう」
 程よく冷えたお茶が、体中に沁みわたっていく。溜まった熱が徐々に引いていくのが分かった。
「訓練の方はどうですか? 東吾さんは、今のところ順調だと言っていましたけど」
「……順調程度じゃ足りないんだ。順調すぎる、くらいじゃないとな」
 それだけ瀧上との実力差が開いていると、輝王は実感している。デュエルならば遅れを取ることはないだろうが、実戦――術式を使用しての戦闘となれば、向こうに相当のアドバンテージがある。それを短い時間で埋めるには、かなりの成果が必要になる。
「そうですか……私にも何か――」
 イルミナは言いかけて、口をつぐむ。その顔は、昨日見たようにどこか物憂げで、何かを案じているようだった。
「……シスターがそんな顔をするのは珍しいな」
「そ、そうですか?」
「ああ。いつも言いたいことをズバズバ言っていた印象がある」
「そんなことありません! 私をどういう目で見ていたんですか? 正義さん!」
 まるで子供のような怒り方に、思わず笑ってしまう。それに気付いたイルミナも、恥ずかしそうに微笑を浮かべた。
「……正義さんは、強くなるためにこうして訓練してるんですよね」
「ああ。今のままでは、俺は奴らに勝てない」
 はっきり答えると、イルミナは迷ったような素振りを見せてから、口を開いた。

「――どうして、勝ちたいと思ったんですか?」

 イルミナの問いの意図が分からず、言葉に詰まる。その隙に、かつて聖職者だった女性は言葉を続けた。
「東吾さんが言っていました。正義さんが戦わなくても、他の誰かが凶悪犯を捕まえるだろうって。それなのに、あなたが戦おうとする理由は……力を求めようとする理由はなんですか?」
 言い終えてから、イルミナは沈痛な面持ちになる。
「……分かってます。正義さんは、誰かに責任を押し付けて、自分だけ逃げ出せるような人じゃないってこと。でも、あんな怪我をしてまで……命を賭けてまで戦わなくていいと思うんです」
 そこでようやく理解する。彼女は、自分の身を案じてくれているのだ。
 あまり考えたことはなかったが……自分が傷つくことで、誰かが悲しむ。少なくとも、彼女は涙を流してくれた。それはとても尊いことだと思う。
「過ぎた力は、人を狂わせます。私はそんな人間を何人も見てきました。今は大丈夫でも――これから先、手にした力を正しく振るい続けられる保証はありません」
 輝王の脳裏に、いくつかの人影が浮かぶ。その中でも、異世界で出会った邪神使いの青年……彼こそ、力に翻弄された典型なのではないだろうか。また、皆本創志の弟である皆本信二も、力を持つがゆえに騙され、利用されてしまった。
 術式を習得した輝王が、これから先の未来で彼らのようにならないという確証はない。
 だが。
「……シスターの言う通り、今の俺は安易に力を求めようとしているのかもしれない。個人の感情と現状の打破を優先して、先のことを考えていないのかもしれない」
「じゃあ――」

「けれど、この力は貴方を守るために必要だ」

 イルミナだけではない。切や鎧葉をはじめとした、大切な人々を守るために、術式は必要だ。この先どんな強大な力を得ようとも、その信念だけは曲がらない自信がある。
 ポカンと口を開けたイルミナの顔が徐々に赤くなると同時に俯いていき、
「……ずるいです。そんなこと言われたら、何も言い返せなくなっちゃうじゃないですか」
 独り言のように小さな声で呟いた。そのせいで、輝王にはよく聞き取れなった。
「……まだ納得がいかないか?」
「いいえ! もう好きにしてください」
 そう言って背中を向けたイルミナは、すたすたとキッチンへ戻っていく。その仕草は怒っているようにも見えたし、拗ねているようにも見えた。
「……それなら、私は正義さんの背中を支えますから」
 イルミナの呟きは、またしても輝王の耳には届かなかった。