にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-27

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 何となく高良が現れる予感がしていたのだが、彼の姿はなかった。
 重い瞼を苦労して上げると、そこは一週間ほど前に見た天井――地下通路で傷を負った輝王が入院した、詠円院の病室だった。
「よ、お目覚めかい騎士様」
「……東吾課長」
「ミナちゃんでもせっちゃんでもなく、また俺で悪いな」
 口ではそう言いつつも全く悪びれた様子のない東吾は、ベッド脇にある椅子に腰かけ、煙草――いや、シガレットチョコを齧っていた。そういえば、前に目覚めたときも付き添っていたのは東吾であったことを思い出す。
「どうして自分がここにいるのか、それは覚えてるよな? お前を見つけたとき、正直死んでると思ったよ。それくらいの重傷だった。俺の到着がもう少し遅れてたら、命はなかっただろうな。恩人である俺に感謝するんだぞ」
「……ありがとうございます」
「感謝の気持ちは言葉じゃなく行動で示すもんだ。ま、今すぐにとは言わないけどな」
 東吾が何を期待しているのかは大体察しがつくが、そこには触れずに輝王は体を起こす。
「……俺はどれぐらいのあいだ意識を失っていました?」
「ん? お前さんがここに担ぎ込まれたのは昨日だぞ。まだ24時間も経っていないんじゃないか?」
「それにしては……」
 体に負った傷が軽すぎる。東吾の言う通り、輝王は命を落としてもおかしくないほどの有様だったはずだ。あの戦いからまだ1日程度しか経過していないのに、無理なく体を起こし、普通に会話できるほどまで回復している。
「ああ、そういうことか」
 輝王の疑問に気付いた東吾が、傍らに置かれていた――輝王からは死角になっていた――女神像を持ち上げ、輝王の前に差し出す。
「それは、コード<アフェクション・ゴッデス>の……」
「こいつは複数人を対象にはできないんだが、同じ対象にもう一度効果を使うことは可能なんだよ。負担が半端ないから普通はやらないけどな。今回は出血大サービス……ってか、疲労を理由に部下を見殺しにしたなんて、寝覚めが悪すぎるからな」
 つまり、瀧上との戦いで負った傷は、この女神像が肩代わりしてくれているというわけだ。確かに、差し出された女神像は以前見たものよりもさらにボロボロになっている。
「代わりに、前の……地下通路での傷は、お前さんの体に戻しておいた。けど、術式の修行をしたおかげで回復は早くなってるはずだ。アクティブ・コードは体を保護するだけじゃなく、治癒力も高めてくれるからな。基礎術式なんて名前が勿体ないくらい偉大な力だよ」
「……では、肩代わりしてもらった傷を返される時までに、体調を万全にしておかないといけませんね」
「よく分かってるじゃねえか。ま、矢心先生に事情は説明しておいたから、いつでも緊急手術ができる用意はしてあるだろうよ」
 そう言って東吾は軽く笑うが、
「――それで、瀧上轟はどうなりました?」
 瀧上轟という単語を聞き、表情を消した。そして、わざとらしく視線を逸らす。
 その行為が、結果を物語っていた。
「……俺も白髪のガキ――奏儀白斗って言ってたか。あいつの妨害を受けてな。ミナちゃんを安全な場所に逃がすまで時間がかかっちまった。俺がお前さんのところに到着した時は、すでに瀧上の姿はなかったよ。すまねえな」
「……そう、ですか」
「せっちゃんの話を聞く限りじゃ、逃走の手引をしたのは薬師寺藍子だろう。奏儀白斗はあいつらとは別の目的があるようで、合流しなかったはずだ。上層部お抱えの精鋭たちがやられたこともあって、本部は血眼になって行方を追ってるらしい。現場を見る限りじゃ瀧上も相当な重傷負ったみたいだし、見つかるのは時間の問題だな」
「…………」
 輝王には、東吾ほど楽観視することはできなかった。瀧上であれば、追手をかいくぐり、再び輝王の前に姿を現すことなど造作もないと思えたからだ。
(その時が訪れるなら、今度こそ……)
 輝王が決意を新たにしていると、東吾が「よっこいしょ」と言いながら腰を上げた。
「さて、そろそろオッサンは退散するよ。詳しい報告はまた今度な。いつまでもお前さんを一人占めしてると、非難轟々なんだぜ」
 「持ち運びが面倒だから」という理由で女神像を傍らのテーブルに置いた東吾は、輝王を恨めしそうに眺めてから扉に手をかける。
「ミナちゃんもせっちゃんも無事だよ。早く安心させてやりな」
 言い残し、東吾は病室から出て行こうとする。
「……東吾課長」
 輝王は、その背中を呼び止めた。
「どうした?」
 振り返った東吾は、いつもと変わらない……輝王がよく知る特別捜査六課課長だ。特に不自然な振る舞いは見られない。
 にもかかわらず、輝王は東吾が何かを隠しているのではないか、と思っていた。
 理由も根拠もない。ただの直感だ。思わず呼び止めてしまうほどの重大な何かを秘密にしているような、そんな予感。
「……いえ。何でもありません。失礼しました」
「そうかい」
 東吾は不思議そうに首をかしげたものの、そのまま病室を後にした。
 直感だけを理由に東吾に問いを投げることは、輝王にはできなかった。きっと、瀧上との戦いで神経が過敏になっているのだろう。そう思うことにする。
(切もシスターも無事、か)
 その事実に、輝王は胸をなで下ろす。特に、瀧上たちの監視を行っていた切は、身動きがとれなくなるほどの深手を負ったのではないかと危惧していた。瀧上の言葉通り始末されてしまったとは考えていなかったが……東吾の口ぶりからすると、入院が必要なほどの怪我は負っていないはずだ。
 そんなことを考えていると、扉がノックされる。入室を促すと、入ってきたのはポニーテールの着物少女――友永切その人だった。
「目が覚めたのじゃな、輝王。よかったのじゃ」
「すまない。心配をかけたな」
「気にするでない。お互いさまじゃからの」
 言いながらこちらに近づいてくる切の足取りがおかしいことに気付く。見れば、左脚の脛に包帯が巻かれていた。
 椅子に座り、膝に手を置いてうつむいた切は、目に見えて気落ちしている。どんなふうに話を切りだすか迷っているようにも見えた。
「……傷が痛むのか?」
「え? あ、ああ。お主に比べれば大したことないのじゃ。こんな傷」
 輝王を安心させるためか、大袈裟に脛を叩いた切は、痛みに耐えきれず「ぎゃっ!」と悲鳴を上げる。それが相当恥ずかしかったようで、頬を赤く染めた。
「そこまで落ち込んでいるということは、何かあったようだな。話してみろ」
「し、しかし、お主はまだ起きたばかりじゃし……」
「遠慮などお前らしくない。それに……こうして面と向かって話すのは久しぶりだろう? 積もる話もあるはずだ」
「う、うむ……」
 しばらく渋っていた切だったが、覚悟を決めたようで、輝王を正面から見つめる。少女の大きな瞳は、少しだけ潤んでいた。
「……わしは、自分が情けないのじゃ」
「……どうしてそう思った?」
「信頼という詭弁を使って、大変なことを全部お主に押しつけた。怪我を負ったお主を見て、本当なら今回の件から手を引くように諭さねばならなかったのに……わしがお主を守らなきゃいけなかったのに。『輝王なら瀧上を倒してくれる』なんてはた迷惑な期待を背負わせて、お主を追いこんでしまったのじゃ……」
 言葉が続くにつれ、声のトーンが落ちていく。
「レボリューションのときもそうじゃ。手を貸してくれたお主に甘えるばかりで……わしは……」
「……そうか」
 そのまま続けさせると泣きだしそうだったので、輝王は口を挟む。
「シスターと……イルミナ・ライラックと話したのか?」
 輝王の問いに、切は小さく頷く。予想は当たっていたようだ。
 イルミナのことだ。切を非難するようなことはなかっただろうが、彼女の持論が切を傷つけてしまった可能性は高い。イルミナが寄せる信頼と、切が寄せる信頼は、似ているようで微妙に異なる。そのすれ違いが切を悩ませてしまったのだろう。
「――瀧上と戦って、ひとつ分かったことがある」
 うつむいたまま顔を上げようとしない切に、輝王は穏やかな声で告げる。
「俺は、誰かのために戦ったほうが強くなれるらしい。俺の背中を支えてくれる、大切な誰かのために」
「輝王……」
「お前の期待は俺にとって必要なものだ。お前が信じてくれるから、俺はそれに応えるために強くなれる。最後まで踏ん張ることができる」
 背中を預けてくれる切の信頼も。
 背中を支えてくれるイルミナの信頼も。
 輝王にとってはかけがえのないものだ。だから、それを守るために戦うことができる。
「また心配をかけてしまうかもしれないが……これからも俺を頼ってくれるな? 切」
 そう言って、輝王は切に向けて右手を差し出す。
 つう、と。
 切の頬を、涙が伝った。
「……そんなこと、わざわざ頼むことではないのじゃ。馬鹿者」
 赤子を撫でるような優しさで、そっと手が重ねられる。
 この温もりを失わないために。
 例えさらなる強大な力を得ようとも、輝王は自分を見失わないことを心に誓う。
 手にした力が、無慈悲な牙にならないように。皆を守る盾でいられるように。
 輝王がそっと左拳を握ったところで、再度扉がノックされた。
 返答をする前に、ノックの主は慌てた様子で扉を開き、病室に入ってくる。
「切さん! 先程はすみませんでした! 出過ぎた真似をして、不快な思いを――」
 息を切らせながら謝罪の言葉を口にするのは、盲目の元シスター……イルミナ・ライラックだ。
「正義さん……」
 そこでイルミナは輝王が目覚めていることに気付いたようで、ハッと顔を上げる。
 そして、まるで聖母のように穏やかな笑みを浮かべた。

「おかえりなさい。正義さん」
「ただいま。シスター」