にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 エヴォル・ドライブ-1

 ガラス越しに見る外の景色は、降りしきる雨によって覆い隠されていた。
 照明の落とされた通路を静かに歩きながら、ダークグレーのスーツに黒のロングコートを羽織った輝王は、詠円院の出入り口を目指す。
 体の傷はほぼ全快といっていいほど回復していたが、まだ退院も外泊も許されてはいない。瀧上との戦いで負った傷はコード<アフェクション・ゴッデス>によって生み出された女神像に肩代わりしてもらったままで、今の状態は仮初めのものだ。その事情を知っている矢心院長が、退院の許可を出すはずがない。
 それでも、輝王は病室でじっとしていることができなかった。
 静まり返ったロビーを通り抜け、本来の出入り口ではなく、急患搬送用に設置された非常口へと向かう。
「こんばんは。こんな夜更けにお出かけですか?」
 その途中に、男は立っていた。
 銀縁の眼鏡に、縦じまの入った白のスーツ。薄いピンクのネクタイをした細身の男は、挨拶と同時に意味ありげな視線を送ってくる。
「セラ・ロイム……お前がどうしてここにいる」
「おや、切さんから聞いていませんか? 彼女に情報を提供していたのは私です。これでも私なりに責任を感じているんですよ。切さんの身を案じて様子を見に来ることは、人として自然な行いだと思いますが?」
「……お前の口からそんな言葉が聞けるとはな」
 輝王の皮肉に、セラは含み笑いで答えた。情報を餌に人を掌の上で転がして遊んでいる男が言う台詞には、どうしても真実味が感じられなかった。
「切さんの仇討ちに行くつもりですか?」
「…………」
 違う、とは答えられなかった。欠片ほども復讐心がないかと問われれば、頷くことはできないからだ。もっとも、輝王の心の大半を占めているのは、あと一歩のところで瀧上を取り逃してしまったこと、そして次の襲撃は当分先だろうと勝手に決め付けていた自分の不甲斐なさだった。
 3時間ほど前、海外への輸出用の貨物が収められた倉庫街で倒れている切を、そこの警備をしていたガードマンが発見した。胸部を撃ち抜かれ大量の血を流していた切は意識不明の重体で、詠円院に運び込まれてから緊急手術を終えた今まで、予断の許さない状況が続いている。当然ながら面会謝絶状態で、矢心院長によれば、切はつい最近デュエルギャング同士の抗争を止める際に刃物で胸を刺されており、その傷が完治していない状態で今回の件があったため、より一層状態が深刻化している。
 現在、切が倒れていた現場ではガードマンへの聴取も含め検証が行われているが、周囲に犯人と思われる人物や、凶器――おそらく拳銃だと思われる――は無し。とはいえ、状況から見て切が何者かの襲撃を受けたのは明らかであり、これから本格的な捜査が始まるだろう。怪我を理由に輝王が捜査から外されることは目に見えていた。
「詳しくは知りませんが……あなたも瀕死の重傷を負ったと聞きました。今の状態は、何らかの効力で一時的に傷をなかったことにしているのでしょう? そんな体で戦いを挑めば、どうなるかは自明の理だと思いますがね」
 コード<アフェクション・ゴッデス>の有効期限は残り2日。それを過ぎれば、女神像は消失し、瀧上との戦いで負った傷が強制的に戻される。次の戦いで負った傷を再び<アフェクション・ゴッデス>で肩代わりしてもらう手もあるが――
 それよりも、一旦輝王へのコード発動を解除し、切の傷を肩代わりしてもらったほうがいい。一刻も早くその考えを実行に移したかったが、東吾と連絡が取れなくなってしまっていた。何度も携帯に電話をかけたがコール音が空しく響くばかりで、治安維持局の人間に行方を尋ねてみても、手ごたえのある返事はない。
 東吾は頼れない。なら、自分が動くしかない。
 切自身を救うことはできなくても、彼女を襲撃した犯人を法の下に晒し、断罪することはできる。
「話はそれだけか? なら、俺は行かせてもらうぞ」
 セラが本気で切の身を案じてここに来たわけではないだろうが、その真意を問いただしている余裕はない。輝王はセラの脇を通り抜け、非常口へと歩みを進める。
「そう焦らないでください。輝王さんのお耳に入れておきたい情報がありましてね」
 セラの言葉に、輝王は足を止めざるを得ない。悔しいが、セラの情報は驚くほど正確で、独自のネットワークにより治安維持局でさえも掴んでいないそれを平気で持っていることがある。
 輝王が振り返ると、セラは満足気に頷いてから口を開いた。
「例の連続殺人事件と、今回の襲撃。セキュリティ上層部は全て瀧上轟の犯行として決着させるようですね。瀧上は外部の協力者の手引きによって収容所から『脱走』。畑紀康を含む3人を殺害し、現在も逃亡中。途中で友永切に目撃され、口封じのために殺害しようとした……畑はともかく、前2件と切さん襲撃の犯行については証拠をでっち上げ、有無も言わせず死刑台に直行させるつもりのようです。上層部お抱えの精鋭部隊を潰したのが逆鱗に触れたのでしょう。多少不可解な痕跡を残したとしても、彼を殺したいようです」
 鎧葉曰く、裏取引によって釈放された瀧上。畑が殺された時点では存在自体を隠したがっていたが、精鋭部隊を潰されたことである種開き直ったのだろう。この調子だと、全国で指名手配されるのは時間の問題だ。
「畑紀康を殺害したのは、瀧上轟。これは間違いありません」
 輝王もそこは疑っていない。何しろ、本人が堂々と畑殺害を宣言したのだ。動機も十分だし、現場に残されていた謎の紋様も、瀧上が自らの存在をアピールするために描いたのだと思えば納得はできる。
「しかし、それより前の2件……この2件の犯行が行われたのは、瀧上が出所した日よりも前に起こっていたのです。上層部としては瀧上の出所などなかったことになっていますから、いくらでも改ざんできますけどね」
「瀧上に犯行は不可能……ということか?」
「100%とは言えません。彼が術式やサイコパワーを用いることで、収容所にいながら人を殺した可能性もあります」
 セラはそう言うが、それができるなら輝王やイルミナはとっくに殺されているはずだ。自分の手で直接手を下したかった、と考えていたのかもしれないが、イルミナを狙っていたのは輝王を絶望させるためだ。遠距離からの殺害が行えるなら、それで問題ないはず。
 ホームレスの男性とホステスの女性を殺したのは、瀧上ではない。さらに言えば、火災によって事故死したカードショップの店長も、連続殺人事件の犯人に殺害された可能性がある。
 殺された3人……畑も含めれば4人は、何らかの形で高良火乃と関わりを持っていた。
 今回襲撃を受けた切もまた、高良とは並々ならぬ関わりを持っている。彼女の本名は高良姫花……高良の実の妹であり、彼と本物の友永切を殺した張本人でもある。
 最初は、高良に恨みを抱いていた瀧上が、薬師寺や白斗の手を借りて高良の関係者を襲ったのではないかと考えていたが――
 思い出す。瀧上はこう言っていた。「恨むんなら高良の野郎を恨むんだな。あいつが死んじまったせいで、俺はオマエを苦しめて殺すことでしか恨みを晴らせねえんだからよ」……そう言って輝王を殺そうとした瀧上が、高良の関係者を狙うとは思えない。
 犯人は別にいる。真犯人と瀧上の関係性はまだ分からないが、少なくとも瀧上に命令されて犯行に及んだわけではない。
 問題は、その真犯人が切を襲った人物とイコールで結ばれるかどうかだが――
「輝王さん!」
 考え込みそうになっていたところに、背後から声が響く。
 深夜の院内に気を使いつつも、最大限の音量で叫んだ主は、稲葉麗千。矢心院長の古い知り合いで、看護士見習いとして働いている少女だ。
 麗千はセラの存在に驚きつつも、それどころではないといった感じで輝王に向き直る。
「どうした?」
「それが……」
 声をひそめた麗千は、セラに聞かせるべきかどうか逡巡しているようだ。
「都合が悪いようなら、席を外しましょうか?」
「いや、いい。ここで隠したとしても、どうせお前は別ルートから情報を仕入れるだろうからな。続けてくれ」
 セラの提案を流しつつ、輝王が続きを促すと、麗千は意を決したように口を開いた。

「それが……鎧葉さんがいなくなっちゃったんです!」