にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 エヴォル・ドライブ-2

 急いで鎧葉の病室に向かうと、そこはもぬけの空だった。
 コートの内ポケットから薄手の手袋を取り出して嵌めた輝王は、壁面のスイッチを押して室内の照明を点灯させる。人口のものながら柔らかな光で照らされた室内は整然としていた。抜かれた点滴の針は丁寧に枕元に置かれており、何者かが争った形跡はない。
 外に通じる窓は開け放たれており、雨が吹き込んでしまったせいで窓際の床が濡れていた。
 輝王は慎重な足取りで室内に踏み入ると、まずは窓を閉める。ガラス等に細工された跡は見えず、内側から開かれたようだ。
「ベッドの下に隠れて我々を驚かそう、なんて子供じみた真似を考えているわけではありませんよね?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。鎧葉さんはようやく意識が戻ったばかりで、まだ動ける状態じゃありませんでした」
 「冗談ですよ」と肩をすくめるセラと、ため息を吐く麗千。2人には部屋の入り口で待機してもらっている。輝王はベッド脇に置かれたテーブルの引き出しを調べるが、中から物品が持ち出された形跡はない。貴重品を収めるための手提げ金庫には、不用心にも鍵がかけられていなかったが、中に入っていた財布やキャッシュカード等と、治安維持局の捜査官であることを証明する手帳は無事だった。
「鎧葉がいないことに気付いたのはいつだ?」
「5分くらい前です。ちょっとだけ部屋の中を探したあと、矢心先生に指示を仰いでから、すぐ輝王さんを呼びに行ったので……」
 麗千は、切の手術が終わった後、矢心院長から輝王を見張るように頼まれていたらしい。切が何者かに襲撃されたことを知った輝王は、絶対に動きだすから、可能な限り引きとめるために。
(……矢心院長にはお見通しだったわけか)
 輝王が動きだすなら深夜だろうと言われていた麗千は、病室に向かい――その時間には輝王はすでに病室にいなかったのだが――その途中で、鎧葉の病室から物音がしたことに気付き、様子を見るために扉を開けたところで、鎧葉の姿がないことに気付いた。
「治安維持局への通報は?」
「たぶんもうしているはずです。矢心先生が守衛さんに事情を説明しに行ってますから。あと、監視カメラの映像もチェックするって言ってました」
 「必要以上に患者を警戒させたくない」という院長の方針により、詠円院に設置されたカメラは少ない。監視の目をくぐり抜けて脱出や潜入をすることはたやすいだろう。
「どうします? 我々も守衛室に向かい、監視カメラの映像を見せてもらいますか?」
「そうだな……」
 完全な部外者であるセラはともかく、輝王はれっきとした治安維持局の捜査官だ。その権限を使えば、映像を確認することはできる。
「いや、俺はもう少しこの部屋を調べてみる。稲葉、悪いがセラ・ロイムを連れて守衛室に向かい、矢心院長と一緒に映像をチェックしてくれ。何か気付いた点があれば知らせてほしい」
「わ、わかりました」
「情報屋。分かっているとは思うが――」
「特別な権限を持たない一般人としての域は超えませんよ。アドバイスくらいはさせてもらいますがね」
 不敵に笑うセラの挙動には一抹の不安が残ったが、この男を無理に縛りつけようとすれば、反発されてより大量の情報を盗まれるのが関の山だ。
 麗千とセラが守衛室に向かった後、輝王は改めて病室の捜索を始める。
 と、言うのも、先程ベッド脇のテーブルを調べたとき、気になるものを発見したからだ。
 一番下の引き出しに収められた、連続殺人事件の捜査資料。意識が戻ってからすぐに、同僚に頼んで持ってきてもらったものだ。輝王がそれを知ったとき、「鎧葉はそんなに仕事熱心な男だっただろうか」と不思議に思ったものだが。
 鎧葉が誘拐されていた場合、この捜査資料の一部が抜き取られているかもしれない。輝王は丁寧にファイリングされた紙の資料を、大ざっぱに確認していく。
「……これは」
 その中に、半分以上が焼け焦げている紙片があった。ビニールで包まれたそれは他の資料と比べるとあまりにも異質で、思わず手に取ってしまう存在感があった。
 そこに印刷されていたのは――
(……俺と高良を殺すための計画書?)
 完全な状態ではないため確証は持てないが、かろうじて読み取れる部分を拾ってみた限りでは、これは輝王と高良を殺すための計画が書かれた書類だ。あまり綿密に練られていたとは言えないようだが、輝王たちに対する恨み節がいたるところに見受けられる。
(何故、こんなものが捜査資料の中に……)
 一瞬は疑問に思ったものの、すぐに答えが出た。輝王と高良に恨みを抱いており、なおかつ計画書が焼けるような場所にいた人物。
(これは、事故死したカードショップ店長――寺山吾一が書いたものか?)
 鎧葉はどこからかこの資料を入手していたらしい。輝王が寺山の事故死に注目したため、資料を集め直したのだろうか。だとしたら、手際の良さに舌を巻かざるを得ない。
(――いや、待て)
 思考が切り替わる。
 寺山吾一は、イカサマのためにデュエルディスクのオートシャッフル機能を改造するほどの技術を持った男だ。そんな男が、妄想じみたものとはいえ、殺人の計画書などをわざわざプリントアウトして残しておくだろうか? 普通ならデータファイルに入念なロックをかけ、外部に持ち出す際はメモリースティックやROMなど、破壊が簡単で再生が困難なものを選ぶはずだ。この時代、データファイルを読み取る機器を持ち合わせていない人間などいないだろうし、他の人間に見せるために紙に出力する必要はない。
(だとすれば、この計画書を印刷したのは寺山ではなく別の人物……)
 嫌な予感がする。輝王は焼けた殺害計画書を取り出し、鎧葉の病室を後にする。
 携帯電話の使用可能エリアまで移動し、電源を入れる。すぐさま鎧葉に電話をかけようとしたところで、別の人物からの着信があった。
「……もしもし」
「あっ、正義さん。夜分遅くにすみません」
 相手はシスター……イルミナ・ライラックだった。時刻はすでに深夜1時を回っており、人によっては非常識とも言える時間に電話をかけてくるのは初めてだ。ともあれ、イルミナの無事が確認できたことは、輝王の心を和らげた。
「正義さん、今どちらに?」
「……詠円院だ」
「そうですか。よかったぁ……もう出て行ったんじゃないかって思ってたんです」
 電話越しからも安堵の色が伝わってくる。どうやら、矢心だけでなくイルミナにも輝王の行動は見通されていたようだ。
「護衛の方から事情は聞きました。切さんが……」
「……すまない」
「どうして謝るんですか? 正義さんは何も悪くないのに」
「…………」
 それでも、輝王は罪悪感を覚えずにはいられなかった。
 大切な人たちを守る盾になる。そのために自分の力はあると決意したばかりなのに、何もできなかったのだ。
「……たぶん、私が止めても正義さんはまた行ってしまうんでしょうね」
 言葉面からは呆れた様子がうかがえたが、イルミナの声はどこまでも優しかった。
「……私も」
 声のトーンを少し落としながら、盲目の元シスターは言葉を続ける。
「私も、全部自分が悪いことにすればいいんだって思ってた時期がありました。目が見えなくなったのも、両親から愛されなかったことも、全部自分のせいだって。だから、自分が我慢して笑っていれば、誰も傷つかないと思ってたんです。……まだ子供でしたから、隠れて泣いてたんですけどね」
 イルミナはあまり昔のことを話したがらなかっため、輝王にとっては初耳だった。
「そんなとき、ふと聞こえた鐘の音に導かれて、ふらりと教会に立ち寄って。そこで出会ったシスターのおば様に促されて、初めて自分の悩みを打ち明けました。話を聞いたおば様は、黙って私を抱きしめてくれたんです。私は急に涙が止まらなくなってしまって、ずっと泣き続けました。しばらくして落ち着いてから、気付いたんです。心がすっと軽くなってることに」
 イルミナの言うシスターとは、彼女の前任者だろう。輝王も何度か顔を合わせたことがある。誰に対しても優しく、いつも微笑みを絶やさなかった女性だった。
「だから、あなたの言葉を聞かせてください」
「…………」
「感情を隠さないで。全部抱え込まないでください……どんなちっぽけなことでもいい。あなたの……正義さんの心を、言葉にして聞かせてください」
「……俺は」
 隠しているつもりも、抱え込んでいるつもりもない。輝王はそう言おうとした。
 けれど、電話越しのイルミナが浮かべているであろう微笑を想像した途端、言葉が止まってしまった。
「私の力であなたを見れば、正義さんがどんな思いを抱えているかは分かります。けど、それじゃダメなんです」
 このシスターに隠し事はできない。それは前から重々承知していることだ。
「あなた自身の言葉で、あなたの胸の内を形にしてください」
 例えイルミナが何の力も持たなくても――輝王は同じ印象を抱いただろう。
 この人は、聖母のように慈悲深く、残酷だと。