遊戯王 New stage 番外編 エヴォル・ドライブ-3
「……無理を言ってくれるな」
「そうですか? 凶悪犯と戦うことに比べたら、とっても簡単だと思いますけど」
輝王にとっては、どちらも同じくらい過酷なことだ。
人の手本になりたいと願い、自分とは別の正義を知り、復讐に取りつかれ、自分だけの道を模索し――様々な経験を経ても、輝王は自分の感情を吐露することに抵抗を感じていた。多くの場合、輝王は誰かの願いを聞く立場にあったからだ。感情は自分の中だけで決着をつけるもの……そんな生き方を続けてきたせいで、誰かにもたれかかる術を忘れてしまった。
イルミナは、輝王のために手を差し伸べてくれている。優しく包みこもうとしてくれている。
「……怖いんだ」
せめて今だけは――その優しさに甘えることにした。
全てを委ねすぎないよう、細心の注意を払いながら。
「大切な人たちを守れないことが……失ってしまうことが怖い。今回のような間接的な事態じゃなく……目の前で誰かを失ってしまうことが、たまらなく怖い」
守りたいと思った人たちが殺されるのを、黙って見ているしかない自分。
何度立ち上がろうと、結局は振り下ろされる凶刃を止められない自分。
そんな場面を想像するだけで、途方もないほどの恐怖を感じる。
その恐怖に押しつぶされないように、輝王は心臓が動き続けている限り足掻きたいと思う。
「…………」
「だから、俺は戦う。降りかかる火の粉を、ひとつ残らず払うために」
もし、切を襲ったこと理由が瀧上と同じだったら。鎧葉の誘拐が同一犯によるものだったら。
次に狙われるのは――
「……そう、ですか」
イルミナはしばらく黙っていた。これ以上言葉を重ねるつもりはなかった輝王は、断ってから通話を終えようとするが、
「……命あるものは、必ず終わりを迎えます。失うことへの恐怖は決して消えないでしょう」
まるで懺悔を聞いたときのように――イルミナはゆっくりと語り始める。
「ですから、たくさんたくさん大切な人たちと過ごしてください。語りきれないほどの思い出を作ってください。その思い出が……悲しみや苦しみを軽くしてくれますから」
「思い出……」
「もう一回言いますよ。必ず帰ってきてくださいね、正義さん。あなたとの思い出は……悲しみを払拭するには足りなすぎますから」
「……ああ」
通話を終える。不思議と、心が軽くなっているような気がした。
失うことを恐れるから戦うのではない。
もっと多くの喜びを分かち合いたいから――共に歩みを進めるために、戦うのだ。
イルミナとの約束が、再び輝王に力を与えてくれる。
「輝王さん」
すると、通話が終わるのを待っていたようなタイミングで現れた麗千が、深刻な表情で声をかけてきた。後ろにはセラの姿もある。
「稲葉。何か分かったのか?」
「はい。それがですね――」
「そうですか? 凶悪犯と戦うことに比べたら、とっても簡単だと思いますけど」
輝王にとっては、どちらも同じくらい過酷なことだ。
人の手本になりたいと願い、自分とは別の正義を知り、復讐に取りつかれ、自分だけの道を模索し――様々な経験を経ても、輝王は自分の感情を吐露することに抵抗を感じていた。多くの場合、輝王は誰かの願いを聞く立場にあったからだ。感情は自分の中だけで決着をつけるもの……そんな生き方を続けてきたせいで、誰かにもたれかかる術を忘れてしまった。
イルミナは、輝王のために手を差し伸べてくれている。優しく包みこもうとしてくれている。
「……怖いんだ」
せめて今だけは――その優しさに甘えることにした。
全てを委ねすぎないよう、細心の注意を払いながら。
「大切な人たちを守れないことが……失ってしまうことが怖い。今回のような間接的な事態じゃなく……目の前で誰かを失ってしまうことが、たまらなく怖い」
守りたいと思った人たちが殺されるのを、黙って見ているしかない自分。
何度立ち上がろうと、結局は振り下ろされる凶刃を止められない自分。
そんな場面を想像するだけで、途方もないほどの恐怖を感じる。
その恐怖に押しつぶされないように、輝王は心臓が動き続けている限り足掻きたいと思う。
「…………」
「だから、俺は戦う。降りかかる火の粉を、ひとつ残らず払うために」
もし、切を襲ったこと理由が瀧上と同じだったら。鎧葉の誘拐が同一犯によるものだったら。
次に狙われるのは――
「……そう、ですか」
イルミナはしばらく黙っていた。これ以上言葉を重ねるつもりはなかった輝王は、断ってから通話を終えようとするが、
「……命あるものは、必ず終わりを迎えます。失うことへの恐怖は決して消えないでしょう」
まるで懺悔を聞いたときのように――イルミナはゆっくりと語り始める。
「ですから、たくさんたくさん大切な人たちと過ごしてください。語りきれないほどの思い出を作ってください。その思い出が……悲しみや苦しみを軽くしてくれますから」
「思い出……」
「もう一回言いますよ。必ず帰ってきてくださいね、正義さん。あなたとの思い出は……悲しみを払拭するには足りなすぎますから」
「……ああ」
通話を終える。不思議と、心が軽くなっているような気がした。
失うことを恐れるから戦うのではない。
もっと多くの喜びを分かち合いたいから――共に歩みを進めるために、戦うのだ。
イルミナとの約束が、再び輝王に力を与えてくれる。
「輝王さん」
すると、通話が終わるのを待っていたようなタイミングで現れた麗千が、深刻な表情で声をかけてきた。後ろにはセラの姿もある。
「稲葉。何か分かったのか?」
「はい。それがですね――」
◆◆◆
輝王との通話が終わっても、イルミナは眠る気にはなれなかった。
鎮座したグランドピアノをそっと撫で、席を立つ。
護衛に付いていた治安維持局の職員から切が襲われたことを知った(というよりも無理矢理聞きだした)イルミナは、真っ先に輝王に電話をかけた。仲間を傷つけられた彼が、どんな行動をとるかはおおよそ見当がついていたからだ。
輝王のために、自分ができること。それは話を聞くことくらいだった。
なかなか電話は繋がらず、何度も何度もかけ直した末にようやく輝王と話すことができた。
が。
(支離滅裂なことを偉そうに上から目線で言って、私ったら何様のつもりなのかしら……)
恥ずかしさやら後悔やらで、もやもやが次から次へと沸いてくる。輝王にどう思われただろうか、嫌われていないだろうか……それが気になって仕方がない。
それでも、輝王が心中を明かしてくれたことはうれしかった。安心できた。
(よし! あんまり考えすぎるのはやめよう)
そう思いながらリビングへと戻る。
「輝王さんとは話せましたか?」
「はい。まだ病院にいたみたいです」
「それはよかった」
笑いながらイルミナの淹れた紅茶を飲むのは、彼女の護衛として派遣された治安維持局の男性だ。まだ若いながらもがっしりとした肉体の持ち主で、学生時代は柔道で全国大会に出場した経験があるらしい。筋骨隆々の体とは対照的に性格は生真面目で、最初は「女性のプライベートを侵害すべきではない」と家の外で警護をしていた。それを見かねたイルミナが中へと招き入れ、紅茶を振る舞ったというわけだ。
輝王が瀧上との戦いを終えてから今日まで、イルミナには交代で護衛が付いているが、仕事の一環と割り切って冷たい態度――冷たい色を見せる人間がほとんどの中で、この若者だけは本気でイルミナの身を案じてくれていた。
「では、そろそろお休みになられますか? それなら、私も外に戻りますが」
「そうですね……すみませんが、もう少し起きています。何だか目が冴えてしまったので。ふふ」
「了解しました。ですが、夜更かしは体に毒です。火急の用事がないのなら、早めに寝床についたほうがいいですよ」
「ありがとうございます。けど、あなたも一晩中外で警備するなんて大変でしょう? 体を壊すといけませんから、このリビングを自由に使ってください。私は気にしませんから」
「い、いえ! 申し出は大変ありがたいのですが、謹んで遠慮させていただきたく!」
顔を真っ赤にした男が勢いよく立ちあがると同時、来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
「あら、こんな時間にお客さんかしら……」
「自分が見てきます。たぶん、治安維持局から応援が来たんだと思います。友永さんの襲撃を受けて、本部も警戒を強めるようですから」
イルミナが動く間もなく、恥ずかしさを誤魔化すような速度で男が玄関へと向かう。イルミナはその後に続いた。これ以上自分の護衛に人員を割くのは申し訳ないので、丁重に断ってお帰りいただこうと思っていたからだ。
イルミナ宅のインターフォンにはカメラが付いていないため、男は扉を開けずに「どなたですか?」と声をかける。すると、「治安維持局から来ました応援の者です」という声が返ってきた。それを聞きつつも、男は慎重に扉を開いた。
そこに立っていたのは、間違いなく治安維持局の捜査官だった。
「何だ、本部がよこした応援ってお前だったのか」
姿を確認した男は、警戒を解く。
「ん? でも、お前ってまだ入院していたはずじゃ――」
そこで、イルミナは見た。
開いた扉の隙間。男の陰に隠れたそこから、ひどく濁った色が覗いていることに。
「離れてください!」
弾かれたようにイルミナは叫ぶが、
「え――」
すでに遅かった。疑問を浮かべた表情のまま、男はぐらりとふらつき、仰向けに倒れる。自分がどうなったかさえも分かっていないだろう。
男は腹部を何か所も刺され、激しく出血していた。あの一瞬で、どうやれば複数の刺傷を作れるのか――それを考える余裕は、イルミナにはない。
「何だ、まだ起きてたのか。寝ちゃってれば苦しまずに済んだのに」
そう言って差していた傘を放り投げてから、倒れた男を踏みつけ、玄関へと侵入する襲撃犯。
「あなたは――」
「あんたの能力は知ってる。調べたからね。僕の色が見えちゃってる以上、下手に誤魔化すことはできない。だから、ここで始末させてもらうよ」
両手で口を押さえながら、イルミナは少しずつ後ろに下がる。悲鳴をこらえるのがやっとだった。
襲撃犯が空のままの右手を、握りもせずに振りかぶる。
本能的に恐怖を感じたイルミナは、身をすくめることしかできなかった。
(正義さん――)
もう、彼には傷ついてほしくない。
そう思っていても、彼が助けに来てくれることを願わずにはいられなかった。
そして。
鎮座したグランドピアノをそっと撫で、席を立つ。
護衛に付いていた治安維持局の職員から切が襲われたことを知った(というよりも無理矢理聞きだした)イルミナは、真っ先に輝王に電話をかけた。仲間を傷つけられた彼が、どんな行動をとるかはおおよそ見当がついていたからだ。
輝王のために、自分ができること。それは話を聞くことくらいだった。
なかなか電話は繋がらず、何度も何度もかけ直した末にようやく輝王と話すことができた。
が。
(支離滅裂なことを偉そうに上から目線で言って、私ったら何様のつもりなのかしら……)
恥ずかしさやら後悔やらで、もやもやが次から次へと沸いてくる。輝王にどう思われただろうか、嫌われていないだろうか……それが気になって仕方がない。
それでも、輝王が心中を明かしてくれたことはうれしかった。安心できた。
(よし! あんまり考えすぎるのはやめよう)
そう思いながらリビングへと戻る。
「輝王さんとは話せましたか?」
「はい。まだ病院にいたみたいです」
「それはよかった」
笑いながらイルミナの淹れた紅茶を飲むのは、彼女の護衛として派遣された治安維持局の男性だ。まだ若いながらもがっしりとした肉体の持ち主で、学生時代は柔道で全国大会に出場した経験があるらしい。筋骨隆々の体とは対照的に性格は生真面目で、最初は「女性のプライベートを侵害すべきではない」と家の外で警護をしていた。それを見かねたイルミナが中へと招き入れ、紅茶を振る舞ったというわけだ。
輝王が瀧上との戦いを終えてから今日まで、イルミナには交代で護衛が付いているが、仕事の一環と割り切って冷たい態度――冷たい色を見せる人間がほとんどの中で、この若者だけは本気でイルミナの身を案じてくれていた。
「では、そろそろお休みになられますか? それなら、私も外に戻りますが」
「そうですね……すみませんが、もう少し起きています。何だか目が冴えてしまったので。ふふ」
「了解しました。ですが、夜更かしは体に毒です。火急の用事がないのなら、早めに寝床についたほうがいいですよ」
「ありがとうございます。けど、あなたも一晩中外で警備するなんて大変でしょう? 体を壊すといけませんから、このリビングを自由に使ってください。私は気にしませんから」
「い、いえ! 申し出は大変ありがたいのですが、謹んで遠慮させていただきたく!」
顔を真っ赤にした男が勢いよく立ちあがると同時、来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
「あら、こんな時間にお客さんかしら……」
「自分が見てきます。たぶん、治安維持局から応援が来たんだと思います。友永さんの襲撃を受けて、本部も警戒を強めるようですから」
イルミナが動く間もなく、恥ずかしさを誤魔化すような速度で男が玄関へと向かう。イルミナはその後に続いた。これ以上自分の護衛に人員を割くのは申し訳ないので、丁重に断ってお帰りいただこうと思っていたからだ。
イルミナ宅のインターフォンにはカメラが付いていないため、男は扉を開けずに「どなたですか?」と声をかける。すると、「治安維持局から来ました応援の者です」という声が返ってきた。それを聞きつつも、男は慎重に扉を開いた。
そこに立っていたのは、間違いなく治安維持局の捜査官だった。
「何だ、本部がよこした応援ってお前だったのか」
姿を確認した男は、警戒を解く。
「ん? でも、お前ってまだ入院していたはずじゃ――」
そこで、イルミナは見た。
開いた扉の隙間。男の陰に隠れたそこから、ひどく濁った色が覗いていることに。
「離れてください!」
弾かれたようにイルミナは叫ぶが、
「え――」
すでに遅かった。疑問を浮かべた表情のまま、男はぐらりとふらつき、仰向けに倒れる。自分がどうなったかさえも分かっていないだろう。
男は腹部を何か所も刺され、激しく出血していた。あの一瞬で、どうやれば複数の刺傷を作れるのか――それを考える余裕は、イルミナにはない。
「何だ、まだ起きてたのか。寝ちゃってれば苦しまずに済んだのに」
そう言って差していた傘を放り投げてから、倒れた男を踏みつけ、玄関へと侵入する襲撃犯。
「あなたは――」
「あんたの能力は知ってる。調べたからね。僕の色が見えちゃってる以上、下手に誤魔化すことはできない。だから、ここで始末させてもらうよ」
両手で口を押さえながら、イルミナは少しずつ後ろに下がる。悲鳴をこらえるのがやっとだった。
襲撃犯が空のままの右手を、握りもせずに振りかぶる。
本能的に恐怖を感じたイルミナは、身をすくめることしかできなかった。
(正義さん――)
もう、彼には傷ついてほしくない。
そう思っていても、彼が助けに来てくれることを願わずにはいられなかった。
そして。
「――やめろ」
イルミナの願いは、叶う。
深刻な面持ちで襲撃犯の肩を掴み、その動きを止めたのは、間違いなく輝王正義だった。
襲撃犯がぐるりと後ろを振り返る。
互いの視線がぶつかり……先に逸らしたのは輝王のほうだった。
「……お前がここにいてほしくなかった」
グッ、と。肩を掴む輝王の手に力がこもる。
深刻な面持ちで襲撃犯の肩を掴み、その動きを止めたのは、間違いなく輝王正義だった。
襲撃犯がぐるりと後ろを振り返る。
互いの視線がぶつかり……先に逸らしたのは輝王のほうだった。
「……お前がここにいてほしくなかった」
グッ、と。肩を掴む輝王の手に力がこもる。
「――全て話せ。鎧葉涼樹。お前がやろうとしていたことを、全て」