にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-23

◆◆◆

「大丈夫かい? ミナちゃん」
「はい……だ、大丈夫です……」
 東吾に手を引かれながら、イルミナはマンションの中を走っていた。具体的にどの辺を走っているのかは、視界に映る色だけでは判別しづらい。
 東吾はイルミナのペースに合わせて速度を落としてくれているようだったが、それでもイルミナの息は絶え絶えだった。こんなことなら普段からもっと運動しておくんだったと緊張感に欠けた後悔が浮かんでくる。
 足手まといなら置いていってください、などとカッコつけようかと思ったが、それでは輝王との約束を自分から破ることになってしまう。後でどれだけ恨まれることになろうとも、ここは全力で東吾を頼るしかない。
(正義さんは必ず帰ると約束してくれました。だから、私は待ってないといけないんです)
 首から提げた十字架のペンダントを握りしめる。神様へのお祈りをしている余裕はなかった。
「瀧上――輝王を狙ってる凶悪犯は、下の広場から動いてない。くそ、相手が全員術式使いなら、俺の能力で居場所を探知できるんだが……」
 東吾がぼやくが、術式に関して説明を受けていないイルミナにはよく意味が分からない。
「非常階段を使うけど、行けるかい?」
 イルミナは迷わずに頷く。普段ならなるべく避けるルートだが、呑気にエレベーターを使っていられる状況でもない。段差の間隔が分かれば問題ないはず、と自分に言い聞かせる。
「……不安なら俺がお姫様抱っこしてあげるけど?」
「結構です」
 東吾の提案を丁重にお断りすると、彼は気落ちした色を見せながら非常階段への扉を開いた。

「ビンゴ。こっちで張ってて正解だったっスね」

 扉の向こう側から、知らない男の声が聞こえる。
「こっちにとっては残念無念不正解って感じなんだがね……」
 東吾の手が離れる。代わりに、イルミナをかばうように前に立った。
「瀧上サンはアンタにも用事があるみたいだぜ、オッサン。俺と一緒に来てもらおうか」
「……どうせならスレンダー美人にお呼ばれしたかったもんだ」
 イルミナは知らなかったが、現れた白髪の青年は、奏儀白斗。情報屋セラ・ロイムの手を持ってしても、瀧上と行動を共にしているということ以外明確な情報を掴めなかった男だ。
「抵抗するかい? 勝ち目はないと思うけど」
「さて。どうすっかね……」
 2人が何かを喋っているようだが、非常階段から吹き抜ける風のせいでよく聞き取れない。
 それは、幸運だったのか不運だったのか。

「東吾さん、お仲間の方ですか?」

 イルミナは、呑気にそう言ってしまった。
 2人の動きが止まる。東吾の色が、緊張感を帯びた銀色に変化していく。
 そこで気付くべきだった。
 逃走の最中、東吾の色は「少し焦っている」程度のものだったことに。
「……そりゃどういう意味だい?」
「え? だって、そこの男の人……ですよね。全然敵意が見えないっていうか……すごく安らかな色をしてますから」
 それを聞いて、東吾は呆気にとられたような表情を浮かべる。
 何かおかしなことを言っただろうか、とイルミナは不安になる。けれど、扉の向こうにいる青年――奏儀白斗の色は、まるで喫茶店でお茶を楽しんでいるかのようにリラックスしている。敵を欺くためのフェイクにしては、あまりにも自然な色合いだった。もっとも、平和な世界に生きていたイルミナにとっては、その道のプロによるフェイクを見たことはなかったが。
「ハッハッハッ、なるほど。こりゃ輝王の言う通りだな。ミナちゃん、アンタに隠し事はできないみたいだ」
 一本取られた、といった感じで笑った東吾は、
「じゃ、ちょっとお寝んねしててちょうだいな」
 瞬時に右腕を動かした。イルミナにはそこまでしか見えなかった。
「え……?」
 急速に意識が遠のく。視界から色が失われ、黒に染まっていく。
「いいのかよ、東吾のオッサン。まだ誤魔化せたんじゃねえの?」
「白けちまったからいいの。こんな状態で演技を続けながらお前さんと戦うなんて無理無理。もう目的は果たしたんだから、さっさと傍観決め込もうや」
「それもそうか……あ、藍子サンはこっちに来てないぜ。侍お嬢様と楽しく遊んでら」
「そりゃよかったような残念なような複雑な気分だな。俺としてはあっちの様子も気になるけど、その前にメインの観戦と行きますか」
 東吾たちの言葉を聞きながら、イルミナの意識は完全に途切れた。

◆◆◆

 豪雨のように降り注ぐ光の矢。足を止めてシールド・コードによる防御を固めたとしても、凌ぎきるのは不可能だろう。
(避けられないわけじゃない。なら――!)
 前に進むだけだ。
 よく見れば、光の矢は個々によって速度が違う。着弾するタイミングをずらし、こちらの足を止めるのが狙いだろう。
 その隙間を縫って加速する。
 当然ながら、完全に避けられるわけじゃない。頭や心臓、槍を握った指など攻撃に必要な箇所への致命傷をシールド・コードで防ぎながら、被弾覚悟で前進する。
 自らの加速のせいで、光の矢の威力は倍近くになっているだろう。瞬く間にシールド・コードによる障壁が砕け散り、最初に受けた脇腹以外にも光の矢が突き刺さる。
 障壁はすぐに貼り直す。出血と痛みは無理矢理意識の外に追いやる。
 命力の残量は少ない。感情の昂りによって多少は回復したようだが、そろそろ底が見えるはずだ。
「神風特攻かよ! 笑えねえぞォ!」
 言葉とは裏腹に瀧上は笑みを広げるが、動こうとはしない。
 布石は打った。瀧上は、輝王の攻撃を「コード<ダークフレア>で防げる程度」と思い込んでいるはずだ。
 例え攻撃の瞬間に脅威判定を改めたとしても、そこにわずかな隙が生まれる。
 輝王は、まだ切り札のカードを切ってはいない。
 チャンスは一度きり。
 槍を引き絞る。
 額が裂け、溢れた血が右目の視界を奪った。
 それでも、前に進む体を止めることはしない。
「ナイトコード――」
 起動のための詠唱を始める。神経を研ぎ澄まし、イメージを固める。
 放つは、炎の壁を突き破る神速の一撃。
 射程に入ると同時、瀧上がコード<ダークフレア>を展開する。
 その場から、一歩も動かずに。

「――<ゲイボルグ>ッ!」

 その刃は、まるで弾丸のように。
 金色に変化した槍による刺突は、空気を焼き、形成されつつあった炎の壁に達する。
 抵抗は、些細なものだった。
 呆気なく壁を突き破った槍の穂先が、瀧上の体を抉った。