にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 エヴォル・ドライブ-4

 ここで肩を掴んだ相手が、自分の後輩――鎧葉涼樹でないことを、願わずにはいられなかった。
 しかし、現実は非情を叩きつける。
 護衛の男を刺し、イルミナを殺そうとしていた人物は、自分を慕い、付き従ってきた男だった。
「……来てくれると思ってました」
 一瞬、イルミナの言葉かと思ったが、彼女は手で口を押さえたまま震えている。
 今のは、鎧葉の口から発せられた言葉だ。
「正義さん! 離れて! その人は――」
「――分かっている」
 我に返ったように叫んだイルミナを手で制し、輝王は鎧葉の挙動に神経を集中させる。
「どうして僕がここにいるって分かったんです?」
 訊いてくる鎧葉は、いつもと変わらないように見える。輝王を尊敬し、後輩として様々なフォローをしてくれた、有能な捜査官と。
「……ここにお前がいる、という確証はなかった。ただ、切の襲撃と鎧葉の誘拐が同一犯によるものなら、次に狙われるのはシスターだろうと推測したからだ」
「なら、瀧上轟が現れると?」
「……違う。奴の犯行ではない」
 鎧葉は目を細めながら口元を釣り上げると、輝王の手を振り払い、体ごと向き直った。
 雨のせいでずぶ濡れになった輝王は、懐からビニールに包まれた焼けた紙片――高良と輝王の殺害計画書を取り出し、鎧葉の前に差し出す。
「この資料について、何か言うことはあるか?」
「……火災があった現場から見つかった、寺山が製作した殺人の計画書です。輝王先輩に報告しようと思っていたんですが、瀧上のせいでタイミングがなくなってしまいました」
「確かに、この計画書は寺山が作ったものだろう。だが、紙に印刷したのは寺山ではない別の人物だ。違うか?」
「何故、そう思うんです?」
「理由を説明しなければならないほど、察しの悪い人間じゃないだろう」
「……まあ、プログラミングに長けていた寺山が、存在するだけで罪を問われかねない殺人の計画書をプリントアウトするとは思えませんね。なら、他に協力者がいたのでは?」
「そうかもしれないな。……少し話はずれるが、寺山が死んだ火事の初動捜査には、『たまたま近くを通りがかった』という理由でお前が加わっていたらしいな。この計画書は、その時に手に入れたものではないのか? だとしたら、俺に報告する時間はいくらでもあったはずだ」
「……忘れていたんですよ」
「連続殺人事件に関する資料を作る際、ここ1カ月で起きた事件をリストアップしたのにか? そして、俺が寺山の事故死に関して注目したときも、計画書のことは忘れていたのか?」
「…………」
 輝王の舌撃に、鎧葉の言葉が止まる。
「……電子ペーパーも普及したこの時代に、紙に印刷した資料を重宝している人物は稀だ。お前が言った通り、寺山がそういった人物だったとは思えない。なら、協力者は絞られてくる」
「僕がその協力者だと言いたいんですか?」
「そう決め付けるには証拠が足りなすぎる。ただ、お前が何らかの形で寺山の事故死に関わっていた疑いは濃厚だ。そして――」
 麗千が告げた内容が脳内で蘇る。
「切が襲われる5分ほど前。詠円院を出て行く人影が監視カメラに映っていた。映像は不鮮明で、人影の特定は難しいが……ちょうど同じ時間、守衛の1人がお前の病室の窓が全開になっていたことを確認している。雨が降り始めてきたため、慌てて閉めに行こうとしたそうだが、矢心院長と話をしていたせいで部屋に向かうのが遅れてしまい……もう一度確認したときには、すでに窓は閉められていたそうだ」
「……そういえば、換気のために窓を開けた気がします」
「雨が降ってきていたというのに、ほんの数分の換気が必要だったとは思えないな。わざわざそれをする理由があったのか?」
「…………」
 鎧葉は答えなかった。肯定することは簡単なはずだろうに、あえて口を閉ざした。
「全ては状況証拠から推測したに過ぎない。だが、今ここで護衛の捜査官を刺し、イルミナを襲撃しようとしたのは紛れもない事実だ。そうだな?」
 視線に力を込め、輝王は後輩を真正面から見据える。
 鎧葉は、だらんと力無く両手を下げ、首を傾けながら拗ねるように唇を尖らせた。
「――がっかりですよ。輝王先輩」
 そして、怨嗟を含んだ声色で、そう呟いた。
「……何?」
「僕が憧れたアカデミア時代の輝王先輩のままだったら、僕が残した証拠から事件の真相を余すところなく解明していたはずです」
 輝王を睨みつけた鎧葉は、苛立ちをアピールするように右脚を小刻みに揺らしながら続ける。
「寺山に協力者なんていません。彼は、憂さ晴らしの一環として、殺人の計画書を作って復讐したつもりになっていただけです。僕が寺山を殺したんですよ。事故に見せかけてね。あの資料は、証拠を突き付けられた寺山の反応が見たかったのと、僕が火災の現場にいたことを証明するためにわざと残したんです。輝王先輩が僕を追い詰めるための手掛かりとして。せっかくそれに気付いたんだから、僕が言い逃れできないくらい明確な推理をしてくださいよ」
 すらすらと犯行を明かす鎧葉だが、そのどれもが輝王の理解の範疇を越えている。
「友永切を襲ったときも、ちゃんと監視カメラに映ってあげたじゃないですか。どうして僕が犯人だと気付かなかったんです? 僕がここに来るまでに、止めるチャンスはいくらでもありましたよ」
「何を……」
「そもそも、最初のホームレスを殺した時点で気付くべきだったんです。次の日、僕の様子がちょっとおかしかったですよね? 昔の輝王先輩なら、あそこで僕が犯人だと確信していましたよ」
 今までも、過去――鎧葉に慕われていたアカデミア時代と比較されることはあった。だが、たった今鎧葉が語っている輝王への期待は、明らかにレベルが違う。超能力者にでもならなければ実現不可能なことを、できて当たり前かのように要求してきている。
 今の鎧葉は、明らかに異常だった。
 盛大にため息を吐いた鎧葉は、後ろを振り返りイルミナを一瞥する。
 その動作に、輝王は危険を感じた。
 鎧葉を止めるために、再び手を伸ばした直後。
 とすん、という軽い感触があった。
 胸の中に感じる人の体温。見れば、鎧葉がいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、輝王の胸に飛び込んできていた。
「鎧葉――」
「こうなったら荒療治です。僕が、『あの頃』の輝王先輩に戻してあげますよ。2人きりの世界で、僕の命をかけてね」
 背中に手を回した鎧葉が告げた瞬間、足元から黒い蛇のような物体がいくつも沸き上がり、目の前の景色が覆われていく。
「正義さん!」
 イルミナの姿が闇に塗りつぶされていく。必死に手を伸ばすが、それが届くことはない。
 ――暗転。