にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 エヴォル・ドライブ-8

 輝王は告げた。「お前の目を覚ましてやる」、と。
 それは果たして、棒立ちのまま待っているだけで達成できるのだろうか。
 振り返れば、輝王は後輩に対して歩み寄ろうとしていなかった。自分のことを「尊敬している」と目を輝かせていた後輩に、何かをしてあげただろうか。
 受身のままでは、何も変わらない。変えられない。
 視線を落とせば、<ドラグニティ・ドライブ>が生み出した槍が転がっている。
 輝王は瞬時にそれを拾い上げると、迫りくる闇の塔に向けて穂先を構える。
 ――跳べ。
 狂気に包まれた闇を振り払い、己の言葉を届けるために。
「――ナイトコード<ゲイボルグ>ッ!」
 ゴウッ! と輝王を中心に風――いや、竜巻が生まれる。
 そして、その風に乗って跳躍。
 弾丸のように闇の中へ突き進む。
 周囲全てが黒に染まっても、輝王は一切の恐れを感じなかった。
 黄金に光輝く刃が、向かう先を照らしてくれる。
 本来なら呑みこんだもの全てを押し潰し、塵へと変えてしまう擬似的なブラックホールとも言うべき「デモンズ・ブリンガー」。
 いくらシールド・コードで全身を防御していようとも、その圧力は防ぎきれない。骨がミシミシと音を立てて軋む。あと5秒もすれば、輝王は瞬く間に圧死してしまうだろう。
 だが、闇を抜けるのにそこまでの時間は必要ない。
 黄金の刃が、闇の塔に風穴を開ける。ナイトコード<ゲイボルグ>が生み出していた推進力が消え、輝王の体が宙に浮かんだ。
「…………っ!」
 眼下には、息を呑む鎧葉が見える。輝王は左手に持っていた<レヴァテイン>を放り投げると、それを足場にして空中で方向転換。鎧葉に向かって急降下を始める。
 力を惜しむ場面ではない。ここで、決着をつける。
 それを感じ取ったのか、鎧葉は地面を抉る直前だったデモンズ・ブリンガーを解除。闇が霧散し、再び鎧葉の手に収束していく。
 両の手を広げた鎧葉はデモンズ・ショットを放つ構えを見せるが、弾き返されたビジョンが蘇ったのだろう。闇は右手に収束し、剣の形を作り上げた。
「ナイトコード<ゲイボルグ>ッ!」
「デモンズ・ブリンガーッ!」
 2つの力が、再び激突する。
 しかし、その衝突は刹那。
 黄金の刃が闇の剣を貫き、漆黒の甲冑を穿つ。
「がっ……!?」
 鎧葉の体勢が崩れる。輝王は甲冑の腰に突き刺さった槍に力を込め、鎧葉の体を押し倒し、馬乗りになる。
「せん、ぱいっ……!」
 槍の穂先からは、肉を抉っている感触が伝わってくる。激痛をこらえながらも、鎧葉は声を吐き出した。
「……鎧葉。俺は、お前が描く理想の人間にはなれない」
 狂ってしまった後輩を説得するというよりも、自分自身に言い聞かせるように、輝王は静かに語り始める。
「俺は選んだんだ。自分だけの道を歩むと。その道は、お前の理想とは違う」
「だから、僕がその道を正してあげると……」
「それはできない。そこに、俺の意思が存在していないからだ」
 もし、鎧葉のいう「理想の人間」になることで狂った後輩が救えるのだとしても、その時点で輝王正義という人間はこの世界から消滅することになる。後に残るのは、ただの操り人形に過ぎない。
 それでは、イルミナとの約束を果たすことはできない。
「……ただ、俺はお前の理想を否定はしない」
「え?」
「この世界には、大勢の人間から尊敬される、表面上の正義も必要だ。悪を悪と切り捨てる非情さも必要だ。……俺が選んだ道は、それとは違うものだがな」
 綺麗事だけでは救えないものもある。晴らせない恨みもある。自分が正しいと思った価値観がこの世の全てではないことくらい、分かっている。
「だから、お前はお前の信じる『輝王正義』の幻を消すな。そして……お前がその幻になるんだ」
「そ、それって……」
「……かつて、俺も高良火乃の幻に救われた。俺はその幻を信じたからこそ、奈落へ続く最後の一歩を踏み出す直前で留まれたのだと思う」
 例え、私利私欲のために人を助けていたのだとしても。
 救いの手を差し伸べるその姿に憧れた思いまでが、偽りであるわけではない。
 そう思ったからこそ、輝王は復讐に走ろうとする親友を止めることができたのだ。
 だから、かつての輝王に憧れた鎧葉の思いを、否定してはいけない。
「鎧葉涼樹。お前は、お前が信じる『輝王正義』になれ」
 それが、彼の道標になるのかもしれないのだから。
「ぼ、僕が……輝王先輩になる?」
「……あくまで物の喩えだ。本当に俺そのものになってしまうのは困る」
 輝王がそう言うと、張りつめていた空気がふっと緩んだ。
「はは、冗談を言うなんて……らしくないですね。先輩」
 笑いを漏らした鎧葉の声は、柔らかいものへと変わっていた。どうやら、輝王の言葉は彼の心へと届いたようだった。その証拠として、全身を覆っていた漆黒の甲冑がボロボロと崩れていく。
「これじゃ、いくらやったって昔の先輩に戻ってくれなそうだ……」
 甲冑に隠されていた鎧葉の素顔が顕わになる。ため息を吐いた後輩は、半分呆れたような苦笑いを浮かべていた。
 鎧葉が発していた威圧感が消えたことを認識した輝王は、術式を解除し槍を消失させる。すると、鎧葉が「うっ!」と苦悶の声を上げた。傷を塞いでいた槍が消えたことで、血が溢れたのだ。
「待ってろ。すぐに応急手当てを――」
「これくらい平気です。アクティブ・コードを発動させておけばじきに治りますよ」
 鎧葉はそう言うが、かといって何もせずに放置していいわけがない。
 輝王は傷の具合を確認するために、鎧葉の服を脱がせようとした。

 その瞬間。

「な……?」
 脇腹に感じる異物の侵食。ブチブチと肉が裂かれている悪寒。
 のろのろと視線を向ければ、脇腹に鋭利なナイフが突き刺さっている。
 そして、そのナイフを握っているのは。
「そんな……どうして……!?」
 正気を取り戻したはずの、鎧葉涼樹だった。しかし、その顔は驚愕に染まっている。
 鎧葉が自らの意思でナイフを刺したのではない。彼を操っている何者かの犯行だ。
 輝王の推測を裏付けるかのように、鎧葉の腕から、幽霊のように透けた半透明の腕が這い出てくる。腕だけではない。鎧葉に憑依していた悪霊ともいうべき存在が、徐々にその姿を現していく。
「キキキ……なかなか楽しいショーだったが、幕切れがあっさりしすぎテるなァ。ここで終わらせるにはモッタイナイ。起承転結で表すなら、この場面は結じゃなくて転。憧れた先輩を殺してしまう悲劇の主人公ってな筋書きはドウダイ? リョウキ君」
「お……前は……ッ!」
 くすんだ灰色の肉体は霞のように輪郭があやふやで、その中で赤く染まった瞳が爛々と輝く様は、狂気を感じさせるには十分すぎるほどだ。
「アレ? オレが見えテる? カードの精霊であるオレの姿が? おかしいな。術式使いイコール精霊が見えるというわけじゃないはずなんだけど。キキキ」
 耳障りな笑い声を上げた化物の姿には、見覚えがあった。
「ま、いっか。どうせキオウ君はここで死ぬんだし」
 本人の口から語られたように、その姿は本来デュエルディスクのソリッドビジョンシステムを通じて可視化されなければならない。

「オレの名前は<イリュージョン・スナッチ>。深・術式<帝王の降臨>に封じられた、アワレな幻影さ」

<イリュージョン・スナッチ>
効果モンスター
星7/闇属性/悪魔族/攻2400/守1000
自分がモンスターのアドバンス召喚に成功した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚したこのカードの種族・属性・レベルは、
アドバンス召喚したそのモンスターと同じになる。