にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 エヴォル・ドライブ-12

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「おはよう。三度目の正直じゃなくて、二度あることは三度あるで悪いな」
「……どういう意味ですか。それは」
「寝起きにオッサンの顔なんて見たくねえだろってことだよ」
 輝王が目を覚ましたのは、またしても詠円院の病室だった。そして、傍らには前回前々回と同じく、上司である東吾の姿がある。
(そうか……シスターの家に戻った後、俺は気を失って……)
 あれだけの重傷だったのだからいたしかたない部分もあるのだが、戦いが終わると毎度のように意識不明になっているのは、やや情けなさを感じる。
「鎧葉から大体の事情は聞いてるよ。大変なときに音信不通で悪かったな」
 両手を腰に当てて深々と頭を下げる東吾。
「いえ……何か事情があったんでしょう? それよりも、鎧葉は今どこに?」
「ここじゃなくて治安維持局専属の病院に入院してるよ。命に別条はないそうだ」
「そうですか……」
 <イリュージョン・スナッチ>の企みによって正気ではなかったとはいえ、輝王が彼を傷つけてしまったのは事実だ。すぐにでも見舞いに行かなければならない。
 そこで、輝王は自分の体が驚くほど軽いことに気付いた。見れば、全身の至る所に負っていた傷が、見事なまでに完治している。頭が若干ふらつくのは血を流し過ぎたせいだろうが、それ以外は健康体そのものだ。
 輝王はベッドの傍にあるテーブルを確認するが、コード<アフェクション・ゴッデス>の女神像は置かれていなかった。
「東吾課長。これは……」
「連絡がつかなかったのはこそこそ逃げ回ってたからじゃないぞ、って証拠だよ。俺の知り合いに治癒魔法カードの効果を具現化できるサイコデュエリストがいてな。そいつに頼みこんで治してもらったんだよ。いやあ、正直苦労したぜ。頑固で偏屈なあいつの首を縦に振らせるのはな」
 東吾が前に話していた。サイコデュエリストの中でも、ライフを回復させるカードの効果を具現化できるものはほんの一握りらしい。輝王の治癒具合を見れば、かなりの力を持つデュエリストなのは察しがつく。下手をすれば、この世界に1人しかいないのではないかと思えるくらいだ。
「最初はせっちゃんを治してもらうつもりだったんだが……結果オーライだわな。あ、せっちゃんはすでに退院できるほど回復してるぞ。そろそろお前さんの見舞いにくるんじゃないか?」
「……その方には、感謝してもしきれませんね」
「さすがに鎧葉のほうには手が回らなかったけどな。ま、あいつは入院してた方がいいだろ。考えをまとめる時間が必要だろうからな」
「……そう、ですね」
 切の無事に胸をなで下ろしつつ、鎧葉の心中を推察し、輝王は複雑な表情を浮かべる。ともあれ、その知り合いの方には感謝の気持ちを何らかの形で示したいものだが……。
 輝王の思惑を察したのか、東吾が右手をひらひらさせながら呆れ気味に言う。
「やめとけ。あいつは携帯の電波も入らねえような山奥で1人暮らししてる筋金入りの人嫌いだからな。自宅の場所が分かったとしても、居留守を使われるのが関の山だろうよ。今回だって、用を果たしたら逃げるように帰っていきやがった」
 東吾の言葉には苛立ちが含まれていたが、むしろそんな人をここまで引っ張り出す羽目になってしまったことに罪悪感を覚える。
「東吾課長。ありがとうございました」
 治療だけではなく、今回の件では東吾の力を借りてばかりだった。輝王は様々な意味を含めて謝意を口にし、頭を下げる。
「……部下とはいえ、俺が他人にここまで尽くすのは珍しいんだぞ。今度キャバクラ付き合えよ。お前さんがいると嬢たちが本気モードになるからな。サービスが格段に良くなる」
「……了解しました」
 あまり好ましい場所ではないが、その程度では返し切れないほどの恩だ。無下に断るわけにもいかない。
 輝王の返事を聞いて満足気に頷いた東吾は、背もたれに体を預けながら天井を見上げた。
「……あいつはさ。あ、俺が連れてきたサイコデュエリストのことな。あいつは人も嫌いだが、何より自分の力を嫌ってる。その気になれば、この病院に入院してる患者全員を健康にすることなんてわけないのにな。矢心院長も、あいつが乗り気なら一緒に世界中を飛び回って難病に苦しんでる人たちを助けたいって言ってたよ」
 ふと、皆本信二と稲葉ミカドの姿が頭に浮かぶ。共に足に障害を抱えた彼らが歩けるようになれば、周りの人々はみんな諸手を上げて喜ぶだろう。輝王もその1人だ。
「けど、そうやって力をアテにされるのが何より嫌いなんだ。自分の力に責任を負わされるのが嫌だから、必死で逃げ回ってひた隠してるのさ。俺も、その点に関しちゃあいつに共感できる」
 どんな病気や怪我でも治してしまう力。それは、世界を大きく変えてしまいかねないものだ。人々に知れ渡れば、世界中から引く手数多になるのは目に見えている。
 多くの患者が救われ、彼は救世主として崇められるだろう。だが、救いの手が届かなかった人間が逆恨みを抱くこともあれば、彼のせいで職を失った医療関係者は真っ当な恨みを向けることになる。それを覚悟してまで自分の力を使いたいと願うのは……強靭な精神力が必要だ。
 東吾のコード<アフェクション・ゴッデス>も、効果は限定的とはいえ死に瀕している人間を救うことができるはずだ。それを知っている人間が瀕死の重傷を負った仲間を前にすれば、東吾を頼ろうとするのは当然といえる。そして、東吾が間にあわなかった場合――
「……すがれる希望がある分、絶望は深まってしまう」
「無責任だと思うか?」
「…………」
 輝王は答えることができなかった。もし、輝王が同じような力を手にしたとしたら、せめて目に見える範囲の人々は助けたいと願うだろう。それで力が知れ渡り、見ず知らずの人間から助力を求められることになっても、可能な限りは応えたいと思う。
 だが、それを他人に強要することはできない。力とは手にした人間がどう使うか判断するべきものであり、他人から強制されるものではないと考えているからだ。無論、手にした力を己の欲望のままに、誰かを傷つけるために振るうのであれば、輝王はこれからもそれを阻止するだろうが。
「お前さんはどうだい? 死闘をくぐり抜けたことで大分命力の総量が増えたみたいだが……過ぎた力は争いを呼び込む。本人がそれを望んでいなくてもな。そして、周りの人間が否応なしに巻き込まれることもあるだろう。それを踏まえた上で、自分の力に責任が持てるかい?」
 過ぎた力は、人を狂わせる――イルミナの言葉が脳内でリピートされる。
 レボリューション事件や異世界での経験を経て、輝王は無力な自分を変えたいと願うようになった。そして、その希望通り、輝王は明確な力を手にした。
 矛にも盾にもなる力を。
「……大切なものを守るために手にした力です。初心を忘れない限り、俺は迷うことなく力を行使できます」
「守るために、誰かの大切なものを奪うことになっても?」
 自分にとっての正義が、他人にとっては悪にもなりえる。それでも、お前は己の信じるものを貫き通すことができるか――東吾はそれを問いただそうとしていた。
 これまでの戦いでは、客観的に見てどちらが間違っているかが明白だったため、深く考える必要はなかった。しかし、これからもそうである保証はない。盾と盾がぶつかり合う状況もあり得るのだ。
 アカデミア時代の輝王だったら、迷うことなく自らの正義を貫き通していただろう。
「――もし、その時が来るなら。第三の選択肢を選べるよう、強くなるつもりです」
 それが輝王の答えだった。奪うか守るかだけではなく、他の選択肢をとりたいと願う。
「……ドロップアウトしたオッサンが聞くにゃ、眩しすぎる言葉だね」
 そう言いつつも、視線を輝王のほうに戻した東吾は、力無く笑った。
「東吾課長……」
「おっと、回想シーンに入る気はないぜ。オッサンの昔話なんて聞いてもつまらんだけだろうからな」
 輝王はそう思わなかったが、本人に語る気がない以上仕方あるまい。
「今後のためにも、東吾課長にはこれからもご教授願いたいのですが。深・術式に関しても知っていることがあれば……」
「やなこった。深・術式は俺も名前くらいしか聞いたことないし、今回は特別サービスだよ。あとは自分で何とかしてくれ」
 冗談っぽく笑いながら輝王の提案を突っぱねた東吾は、一息ついてから席を立った。
「さて。そろそろ俺はお暇しようかね。お前さんも、歩けるようなら院長か麗千ちゃんを呼びに行ったほうがいい。体は大丈夫だろ? 一応検査は受ける羽目になると思うが、すぐに退院できるはずだ」
「分かりました。ありがとうございます、東吾課長」
「礼はいいから女の子紹介してくれ。あと、キャバクラの件忘れんなよ」
 しっかりと念押ししたあと、東吾は背中を丸めながら病室から出ていった。
 輝王は体の調子を確認してから、ベッドを降りる。来ていたスーツやコートは血まみれの上にボロボロだったので処分されてしまったようだ。
 まずは服を調達しなければ……そんなことを考えながら窓に視線を向けると、中庭の様子が目に入った。
 そこには、盲目の元シスターにポニーテールの着物少女、中折れ帽を被った探偵もどきにその弟子の少年、それとその少年の弟。銀髪のアカデミア女学生に、不思議の国に迷い込みそうな金髪の女の子。出張でネオ童実野シティを離れていたかつての後輩まで。
 輝王が守りたかったものが、集まっていた。
 彼らを傷つけたくないなら、自分から離れるべきなんだろう。遠ざけるべきなんだろう。
 しかし、そうすることで誰かが悲しんでしまうのでは意味がない。イルミナや切はそれを教えてくれた。
 守るべきものがあるから、自分は強くなれる。
 命尽きるまで、誰かを守る盾であれるように――