にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-14

◆◆◆

 二時間後。身だしなみを整えた輝王は、詠円院を後にしていた。
 当然ながら、輝王の怪我は二時間で完治するような軽いものではなく、最低でも1ヵ月は入院生活を送らなければならなかった。だが、そんな悠長に構えていては、瀧上に好き勝手暴れられた挙句、殺されるのがオチだ。
 すぐにでも行動を開始するために、輝王は東吾から「特殊な治療」を受けていた。


「俺の術式に傷を治すものはないし、サイコデュエリストじゃないからライフを回復させる効果の具現化もできない。ま、それを使えるのはサイコデュエリストの中でもほんの一握りだけらしいけどな」
「しかし……」
「分かってるよ。その怪我じゃ、瀧上と戦うどころかマトモに修行すらできやしない。だから、ちょっとした裏技を使う」
 そう言って東吾は1枚の罠カードを取り出す。
 <女神の加護>――ライフポイントを3000回復させる永続罠だが、このカードがフィールド上から離れた場合、3000ダメージを受けてしまう。ライフポイントによって攻撃力が上昇する<天空勇士ネオパーシアス>や、<エンシェント・ホーリーワイバーン>などと組み合わせれば、相手に反撃する隙を与えずに勝負を決することも可能だ。

<女神の加護>
永続罠
自分は3000ライフポイント回復する。
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがフィールド上から離れた時、
自分は3000ポイントダメージを受ける。

「こいつの効果を術式によって引き出す。解釈をちょいと変えてな」
 東吾はカードを手の平に乗せ、「術式解放」と呟く。
 すると、カードのイラスト部分から白い光が溢れ、その中から聖衣を身にまとった女性――女神の石像が現れた。それを右手で掴んだ東吾は、空いていた左手で、包帯の巻かれた輝王の額に触れる。
「コード<アフェクション・ゴッデス>」
 額に触れた指に柔らかな光が灯ったかと思うと、毛布にくるまれたかのような温かさを感じる。それと同時に、傷の痛みが急速に消えていった。
「それは――」
 問いを終える前に、女神像にピシリと大きな亀裂が走ったことに気付く。
「お前さんの傷を、一時的にこの像に肩代わりさせた。効果の有効時間は……そうだな、これも一週間ってところか。俺の体調にもよるけどな」
 今度は肩の傷に触れながら、東吾は説明を続ける。
「この像が破壊されるか有効時間の限界が来れば、傷は元に戻っちまう。が、それまではほぼ万全の状態で動けるだろ」
 その期間内に瀧上を倒せなければ……それは真の敗北を意味する。
 全ての傷を肩代わりさせる頃には、女神像は砕けてしまわないのが不思議なほど傷だらけになっていた。
「ふう、こんなとこか」
「……ありがとうございます。東吾課長」
「礼を言うのはまだ早いぞ、輝王。こっからが本番なんだからよ」
 右手を一度開いてから握り直し、痛みがないことを確認する。東吾の術式は彼の言う通りに機能しているようだ。
「それと、術式を教えるために条件がある」
「……何です?」
「もしお前さんが瀧上を倒せたのなら、上層部への報告書に『上司の多大すぎる協力がありました』と書いて褒めちぎっておけ。それで当分は仕事サボっても文句を言われなくなる。あと、せっちゃんやミナちゃんにも俺のことをしっかりアピールしておくんだぞ」
「…………」
 面倒くさがりで普段はロクに仕事もしない東吾が乗り気だと思ったら、そういう理由があったのか、と輝王は心中で嘆息する。
「そういや、せっちゃんにも感謝しとけよ。この裏技は、複数人を対象にはできないからよ。もしせっちゃんの傷を治してたら、お前はここでお寝んね継続だったからな」
「切も怪我を?」
 輝王の問いに、東吾は明らかに「しまった」という顔を浮かべる。どうやら失言だったらしい。
「あー……本人が隠したがってたみたいだから、あえて口にはしなかったんだけどよ。せっちゃん着物着てるだろ? 胸元をチラ見したとき、包帯が巻いてあるのが見えたんだよ。サラシかとも思ったんだけど、ちょっとだけ血が滲んでたから、怪我してたんじゃないかね」
「…………」
 切の怪我は日常茶飯事と言ってもいいが、今は状況が状況だ。牽制とはいえ、負傷した状態で瀧上たちに近づくのは、自ら餌になりに行くようなものだ。
 瀧上の狙いは、輝王本人だけではないのだから。
「……術式が使いものになるまで、どの程度時間が必要ですか?」
「お前さん次第、と言うしかないね。ま、元々制限時間つきだ。一週間以内に形にならなきゃ、荷物をまとめて夜逃げの準備をするしかねえな」
 東吾が言い終える前に、輝王はベッドから降りると、壁際にかけられたスーツに手を伸ばす。1分1秒が惜しかった。


 そして、輝王は現在、東吾が運転する軽自動車に乗っている。向かっているのは、東吾が修行の舞台として用意した場所。
 確認が遅れてしまったが、輝王は3日間も眠っていたらしい。そのあいだ、瀧上は目立った行動は起こしていない。切の牽制と東吾のコード<クリスティア>のおかげだろう。
 詠円院の院長で担当医でもあった矢心は、輝王の退院を半ば呆れながら認めた。傷がほぼ完治しているのを見れば、退院させるしかないだろうと愚痴っぽく言っていた。「神楽屋君で慣れてるからいいけど……男の子ってどうしてこうなのかしらね」と肩をすくめながら言った台詞が、妙に心に残っている。
 きちんと舗装された道を走っているのに、車内は小刻みにガタガタと揺れている。外面を見てもかなり年季が入った車だということは分かったが、乗り心地は最悪だった。
「風が気持ちいいですね……」
 にもかかわらず、隣に座るイルミナは、平然と外の景色を眺めていた――いや、外から入ってくる風を受け、心地よさそうに微笑んでいた。
 東吾から「イルミナも同行する」と言われたときは多少なりとも驚いた。修行がどのようなものかは分からないが、少なくともイルミナにとっては無縁の世界なのは間違いない。事態の解決まで詠円院で待っているものだと思っていた。しかし、それではイルミナを守る人間がいなくなってしまう。神楽屋に協力を仰ぐ手もあるが、詠円院が襲撃を受けるという事態は避けなければならない。後輩である鎧葉が入院中ではあるが、最優先目標である輝王とイルミナが行動を共にしていれば、狙われる確率は下がるだろう。
「ほい。着いたぞ」
 小一時間ほど走った後、東吾はマンションが立ち並んだ一角で車を停めた。色調や形が同一のマンションが並ぶ団地の風景は、とても術式の修行にふさわしいとは思えない。傍にある公園では、下校中の小学生たちが元気に遊び回っている。
「こっちだ」
 東吾の先導で、団地の中を進む。もちろん、輝王は不慣れな地で戸惑うイルミナの手を引くのを忘れなかった。
 似たような景色を何度も右へ左へと曲がる度、細部の違いを正確に記憶していく。
 10分ほど歩くと、東吾がひとつのマンションの前で足を止めた。外観を見上げてみても、他の場所と大した違いはない。
「ここは俺が知り合い何人かと共同で管理してる棟なんだよ。人は住んでるが、ほとんどが空き部屋だ。必要なとき自由に部屋を使えるようにってな。張り込みとか捜査支部の設営とか……ま、他の連中がどんなことに使ってるかは知ったこっちゃねえが」
 早速煙草に火を点けた東吾は、達観したような瞳を向ける。……おそらく、東吾自身も表沙汰にはできないようなことでここを利用したことがあるのだろう。隣の部屋ならまだしも、隣の棟のことなど気にしないのが現代社会の常識だ。表面上に問題がなければ、中で何が行われていようとそれが明るみに出ることは少ないだろう。
 入口から真っ直ぐ進むと、入居者の子供が遊ぶための広場が見えたが、利用者が皆無であったため遊具はすっかり錆びついてしまっている。本来なら撤去するべきなのだが、それを業者に連絡しようという人物もいないようだった。
「……寒い、ですね」
「そうかい? むしろ今日はあったかいほうだと思うけど」
 両手で肩を抱いたイルミナは、微かに身を震わせる。東吾の言う通り気温自体は割と高いが、イルミナが言ったのはそういうことではない。この場所は、人が住んでいるという温かさを感じないのだ。
 東吾は広場へは進まず、左に曲がったところにあるエレベーターに乗り込む。輝王たちが続いたのを確認すると、9階のボタンを押した。どうやら10階建てのようだ。
 エレベーターが9階に到着し、東吾は表札を確認しながら進みつつ、「905」と書かれた部屋の前で立ち止まる。ドアノブの上に取り付けられた電子キーに「マスターカードだ」と言って黒いカードを差し込むと、鍵の開く音が聞こえた。
「さ、俺の隠れ家にようこそ」