にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-15

 「靴は脱がなくていいからな」と忠告されたので、輝王は土足のまま中へ入る。
「これは……」
 打ちっぱなしのコンクリートで囲まれた部屋に入り、その広さに驚く。小規模なホールくらいはあろうかといった部屋は天井も高く、天窓からたっぷりと陽光が降り注いでいるのに、どこか寒々しかった。
「すごいだろ? 両隣の2部屋と、上の階を丸々ぶち抜いて作ったんだ。防音設備もばっちり整えてあるから、ここならいくら騒ごうが苦情はこないぜ」
 軽い足取りで部屋の中央まで進んだ東吾は、こちらに振り向いて両手を広げて見せる。
「あんまり広いと、逆に不安になってしまいますね」
 感触を確かめるように壁に手を付いたイルミナが苦笑いを浮かべると、東吾は慌てて彼女に近寄り、
「た、ただだだっ広い部屋なんてつまらないよなぁ! こっちにキッチンがある。俺と輝王は早速用事を始めるから、ミナちゃんは俺らのためにおいしい料理でも作っててくれ。必要な材料があれば俺が買ってくるからよ」
 イルミナをキッチンへと案内していく。綺麗な女性が相手だと、急に積極的になるのはいつものことだった。
「分かりました。それじゃ正義さん、がんばってくださいね」
「……ああ」
 そう言い残しキッチンへ消えたイルミナの笑顔に、どこか陰りがあったのは――果たして気のせいだろうか。
 10分ほど経ったのち、東吾が戻ってくる。
「時間が惜しいんだろ? さっさと始めるか」
「はい。よろしくお願いします」
 イルミナがいなくなったことで東吾のテンションは明らかに落ちていたが、それで術式の指南役を放棄するほど無責任ではなかった。
「じゃ、最初は解説からいくか。そもそも術式とは何なのかってところから始めるが……長くなるかもしれないが、どうする?」
「構いません。続けてください」
 ある程度は術式の力を使える輝王だが、曖昧な部分を放置してしまっている感は否めない。そもそも、術式による防御ができるようになったのは、大原竜美をはじめとしたサイコデュエリストたちにサイコパワーの使い方を教わり、それを自分なりに応用した結果だ。術式に関して理解を深めてから修行に入ったほうが、効率は上がるはずだ。
「まず、力の出処からだ。人は無意識のうちに命力――正確に言えば生命力という力の原石を発生させてる。大小はあれど、全ての人間が命力を持っていると言っていい。だが、命力ってやつはそのままでは何の力も発揮しない。具体的な効力を得るためには、変換が必要だ」
「力の変換……」
「火事場の馬鹿力ってやつがあるだろ? 土壇場になると、普段では考えられないようなパワーを発揮するあれだ。あれは脳のリミッターが外れるからってのもあるが、無意味に発生させてた命力を、無意識のうちに変換してるんだよ。実質的な力としてな」
 普通なら命を落としてもおかしくないような傷を負った人物が、気力だけで立ち上がるといった事例がある。それも、無意識のうちに命力を変換した結果なのだろうか。
「サイコデュエリストは、その命力をサイコパワーとして変換する回路を持ってる。生まれつき持っている先天的なものもあれば、途中で回路が生まれる後天的なものもあるが……とにかく、回路を持っていない人間にはサイコパワーを扱うことはできない」
 言葉を区切った東吾は、輝王の腰――ホルダーに収まったデッキへと目を向ける。
「特定のデッキやカードに刻まれた『マスターコード』……それが術式の発現に必要な力を変換している」
「つまり、このデッキを持てば誰でも術式を使える、ということですか?」
「原理だけ見ればそうなんだが、実際はそうじゃない。ここで重要になるのが変換効率だ」
 また新しい単語が出てくる。ふと、アカデミア時代の授業風景が頭をよぎった。
「少し話を戻すぞ。サイコデュエリストで力が強い者ってのは、大きく2つに分けられる。1つは単純に命力の総量が多い者。もう1つは変換効率が優れている者だ」
 東吾はくわえていた煙草を携帯灰皿に押しこむと、話を続ける。
「命力をサイコパワーに変換する際に、必ずロスが生じる。100の命力をつぎ込むと、80のサイコパワーに変換される、といった具合にな。この場合20のロスが発生したわけだが、この数字が少ない=変換効率が優れているってことだ。分かるよな?」
 輝王は首肯する。命力の総量の多さならリソナが勝っているが、変換効率の高さならティトのほうが優れている、といったイメージが浮かんだ。
「術式の場合、変換効率はコードを手にした人間によって相性があるんだ。100の命力を使って、70の力を生み出せる人間と、30しか生み出せない人間がいる。術式の起動に50の力が必要だとしたら……」
「後者の人間は術式を使えない、ということですか」
 今度は東吾が首を縦に振る。これで、奏儀と呼ばれていた少年の言葉――マスターコードを手に入れたからといって、全員が全員力を発現できるわけじゃない――に合点がいった。
「術式のマスターコードは、サイコパワーの変換回路と違って使用者の体内に組み込まれているわけじゃない。サイコパワーの回路は次第に使用者に合わせて変化していくらしいんだが、マスターコードは完全に固定されてる。だから、変換効率が変動することはないんだよな、これが」
 理論上なら、マスターコードがあれば全ての人間が術式を使うことが可能だ。
 しかし、手に入れたコードとの相性が悪かった場合、術式を起動させるには命力の総量を増やすしかない。
「命力を増やすことは可能なんですか?」
「……命力を増やす方法はいくつかあるが、一番手っ取り早いのは命力を消費することだ。筋肉と同じだな。筋肉を構成する繊維を傷つけ、それが回復したとき、元の状態よりも強靭になっている超回復――つまり、命力を他の力として変換できない人間には、総量を増やすことは不可能と言っていい」
 最初にマスターコードを手にした時点で術式を起動できなかった場合、そのコードを使用することはできない……輝王がもしそうなっていたのなら、状況は絶望的だっただろう。
「ここまでは理解できてる……よな。お前さんは優秀だから」
 そう言って、東吾はわざとらしく笑うが、輝王が無言を貫いていると、咳払いをしてから話を戻した。
「術式を起動させると、まず2つの基礎的な力を使えるようになる」
「シールド・コードとアクティブ・コードですか?」
「そうそう、よく知ってるな。シールド・コードは文字通り攻撃に対する『盾』を作り出すコードだ。こいつの強度は、力が強ければ強いほど上がっていく」
 術式は変換効率を上げることができないので、強度を増すには命力を増やすしかないだろう。
「アクティブ・コードは身体能力の強化だ――って言うと誤解されそうなんだが、アクティブ・コードで体を強化するのは素手で殴り合うためじゃない。これから説明する発展型――俺たちの間ではこの発展型を『コード』って呼ぶのが一般的なんだが、このコードを起動したときのために、肉体が傷つかないように守るためなんだよ」
「強化ではなく、防御……」
「保護って感じだな。よく映画やアニメなんかでビルとビルの間を跳び回ってたり、目が回るぐらいグルグル動いて戦ってたりするだろ? あんなこと実際にやったら、いくら体を鍛えてようが筋肉は引き千切れて骨はボロボロだよ。そうならないためのアクティブ・コードだ」
 完璧ではないとはいえ、その力を使った輝王には分かる。この力を使えば、フィクションの世界だけに許されたような動きも可能だろうと。
「もっとも、アクティブ・コードを完璧に使えるようになれば、それだけで十分な戦力になるけどな。瀧上もそんな感じだったろ?」
 東吾の言う通り、最後の一撃は特定のコードを発動させたのではなく、単純に殴ったように見えた。輝王がシールド・コードを展開させていなかった場合、確実に死んでいた。
「なら、最初はアクティブ・コードの習得を?」
「いんや、そんな回りくどいことはしてらんねえ。ぶっちゃけ、基礎術式はとりあえず発動させることができれば、あとは命力を増やすだけで強化される。だから、お前さんが最初にやることは――」
 東吾は輝王のデッキケースを指差し、告げる。

「術式、<ドラグニティ・ドライブ>の起動だ」