にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-21

 穴から漏れ出た悪意が、部屋の中を満たしていくような感覚が襲ってくる。輝王は息を整えてから、東吾を見据える。彼の表情から、普段のへらへらとした笑みは消えていた。
「住民の避難は?」
「定住してる連中の避難は住んでる。が、今現在俺たち以外にこのマンションを利用している人間がゼロとは限らねえ。ここはそういう場所だからな」
 人目を避けて何かを行うために用意された場所。それがこのマンションだ。東吾は管理人の1人ではあるが、彼に内緒で他の共同管理人がここを利用している可能性はある。
「せっちゃんからの連絡は無し、か。最低でも3人の敵がいると考えたほうがいいな」
「俺が瀧上を引きつける。その隙に課長はシスターを連れて脱出を」
薬師寺だけじゃなくてもう1人のガキンチョも相手にしないといけないのか……きっついねこりゃ。見つからずに逃げられることを祈ろう」
 愚痴をこぼしつつも、東吾は震えるイルミナに手を貸しつつ、玄関へと向かう。
「輝王?」
 対し、輝王は逆方向――窓を開いてベランダへと躍り出た。眼下には、子供向けの遊具が置かれた広場が見える。
「お前、まさか――」
「正義さん」
 東吾もイルミナも輝王の行動の意図を察したようだ。輝王が振り向くと、イルミナはきゅっと唇を結び逡巡してから、口を開いた。

「必ず、帰ってきてくださいね」
「――ああ。約束する」

 約束を果たすために、最後まで足掻き続けた男がいた。
 約束を果たせなかったがために、絶望に苛まれた男がいた。
 それは、希望であり呪い。
 イルミナ・ライラックとの約束を胸に、輝王はベランダから宙に舞い出た。



「……来たか」
 沸々と血液が沸き立つのを感じながら、瀧上轟は空を見上げる。錆びついた小さなジャングルジムの柱を掴むと、木の枝を折るかのような手軽さでボキリと砕けた。
 使われなくなって久しい遊具に囲まれた小さな広場。決戦の舞台にしてはいささか緊張感に欠ける場所だが、このマンションに漂う冷えた空気は嫌いではなかった。
 瀧上にとって、力とは目的を果たすための手段であって、目的そのものではない。
 ただし、それなりに執着はある。自分の欲望を果たすために、強大な力は必要不可欠だ。そのために瀧上は奏儀白斗から術式の力を譲り受け――過去の汚点を払拭するために輝王正義の命を奪う。そうすることで、瀧上は本当の意味で檻から解き放たれるのだ。
 生まれてからあの時まで、瀧上の欲望を阻むものはなかった。
 瀧上は自分の欲望が一般的に「悪」と称されるものだと知っていたし、それは闇に潜むものだと本能で理解していた。そして、サイコデュエリストとしての才能も並外れていた。
 例えるなら、狼。彼は、己の牙を闇夜に紛れて突き立て、欲を満たしていく。
 やりたいことをやるために、自分の力はある。
 もし、瀧上の欲望が世界にとって害悪であるのなら、そもそも瀧上は力を得て生まれてこなかったはずだ。だから、強奪や殺人が悪であるというのは人間にとっての話。躊躇も我慢も必要ない。
 やりたいことはたくさんある。
 しかし、今すべきことはたったひとつだ。
 心の奥底に突き刺さった最後の刺を抜くために、そして熟された復讐心を満たすために、輝王を殺す。
 ただ殺すのではつまらない。奪い、摘み取り、絶望の中へ叩き落としたあと、葬る。
 何故、奪いたいのか?
 何故、殺したいのか?
 瀧上轟は、それを疑問に思うことはない。だから迷わずに力を振るえる。
 見上げた視線の先にある点が、徐々に人の形を為していく。
 鋭敏な力の気配を感じ、瀧上は口元を大きく歪めた。
「「術式解放――」」
 声が響く。
 1つは空から。1つは地の底から。
 それぞれの刃を作り上げるための言葉が紡がれる。
「<ドラグニティ・ドライブ>」
「<ドラゴニック・レギオン>」
 降下する輝王は槍を手にし、それを待つ瀧上は詠唱を続ける。
「――コード<ダークフレア>」
 輝王が眼前に迫り、槍の穂先が瀧上を捉える寸前、黒い炎が壁を形成する。
 接触――いや、激突。
 ガリガリガリガリガリッ! と、高速回転する砥石で金属を削ったような音が響き、炎の壁に突き刺さった刃から火花が散る。
 重力による降下の勢いも加えた、輝王の一撃。
 しかし、その槍は瀧上が作り出した壁――コード<ダークフレア>を貫通することはない。
 数秒間の競り合いの後、輝王は突きの反動を利用して瀧上から離れるように跳んだ。
 それを見て、瀧上は左手を振るって炎の壁を消す。深追いはしない。
「……今度こそ仕舞いにしようぜ。輝王正義」
「同感だ――瀧上轟」
 歓喜の感情が、全身を焼き尽くすほどに燃え上がる。



 瀧上を前にしても、心身共に乱れはなかった。
 決して万全な状態とは言えない。つい数分前までの訓練で命力は消費されているし、コードの発動に関してもまだ完璧にはほど遠い。唯一、体の傷だけは東吾のコード<アフェクション・ゴッデス>によって擬似的に回復していた。
「随分と思いきりのいい攻撃じゃねえの……術式の力を手にして気が大きくなったか?」
「そう見えるか?」
「いいや。根拠のねえ自信に踊らされてるような目じゃねえな」
 瀧上の言う通り、術式をある程度使えるようになったことは、精神を支える大きな柱となっている。
 だが、それ以上に、輝王には無様に震えるわけにはいかない理由があった。
 約束を果たす。
 イルミナ・ライラックをこれ以上悲しませないためにも、立ち合いの時点から瀧上に遅れを取るわけにはいかない。
 輝王は素早く周囲に視線を走らせる。遊具のせいで死角は多いが、誰かが潜んでいる様子は見受けられない。薬師寺藍子と奏儀白斗は別の場所にいる可能性が高い。そうなると、彼らの牽制をしていたはずの切はどうしたのか――
「あの女……友永切のことが気になるか?」
 瀧上はゴキリと首を回しつつ、続ける。
「ここに来る途中に邪魔しに来た連中を何人かぶっ殺したが……その中にあのガキが混ざってたかどうかは覚えてねえなぁ。女がいたことは確かなんだが」
「――挑発のつもりか?」
「お前は自分のことよりも他人のことでキレる人間みたいだからな。他人のために怒るなんざ、俺には理解できねえよ。世のため人のためなんてぬかしてるヤツは、全員薄っぺらい偽善を貼り付けただけの悪党だったからな。お前はどうだ?」
「……価値観の押し売りに来たわけじゃないだろう」
「そうだったなァ……お前をぶっ殺しに来たんだ。くだらねえ問答をする必要はねえか」
 瀧上が大きく息を吐く。輝王は右手の槍を構え直し、腰を落とす。
 空気が張り詰めていく。ビリビリと大気が震えているような錯覚。
「――瀧上。お前を倒す」
「殺す、じゃねえんだな」
 ぐっ、と足に力を溜める。マスターコードを通じて命力を力へと変換し、それを脚部に集中させていく。
「それは命取りだと教えたはずだぜ……!」
 瀧上の右手が上がる。
 その瞬間、輝王は弾けるように跳んだ。