にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-28

◆◆◆

 旧サテライト地区某所。
 表通りの喧騒からは離れ、普通なら見落としてしまいそうな小道の先に、薬師寺が目指す場所はあった。
 夜の闇は深く、まともな照明もないため足元の様子さえ判別できない。薬師寺は、肩を貸した大柄の男――瀧上轟が倒れないよう細心の注意を払いながら、前に進む。薬師寺自身の肉体も「特製ガム」の反動によって傷ついていたが、弱音など吐く気にもなれなかった。
 すでに治安維持局の追手は撒いたはずだ。旧サテライト地区に張られていた検問も支障なく通過できた。あとは、この先に待つ旧知の闇医者に、瀧上を診せるだけでいい。
 薬師寺が決戦の舞台となったマンションに到着した時、すでに輝王の姿はなく、腹部に重傷を負った瀧上だけが残されていた。予想もしなかった光景に打ちひしがれつつも手早く応急処置を済ませ、ここまで運んで来たというわけだ。
(轟様が負けるはずがない。あいつらは余程周到な罠を仕掛けていたようね)
 もし自分が同行していれば易々とその罠を看破してみせた自信があるだけに、薬師寺は友永切と奏儀白斗が憎くてしょうがない。友永切がちょこまかと逃げ回らなければもっと早く瀧上の元へ駆けつけられただろうし、自分を差し置いて同行したくせに何の役にも立たなかった奏儀白斗は何回殺しても足りないくらい憎たらしい。
「轟様……」
 傍らにある瀧上の顔からは、生気が消え失せている。自分の欲望に正直で、どこまでも真っ直ぐなこの男に惚れこんで以来、初めて見る表情だった。
(でも……轟様、何だかうれしそう……)
 口元には微かな笑みが浮かんでいるように見える。まるで、次にやりたいことを見つけたような、無邪気な笑顔。本当にそう思っているかは定かではないが、薬師寺にはそう見えた。

「どーも、藍子サン。こんな夜遅くまでお疲れさまっす」

「…………っ!?」
 背後から響いた声に、薬師寺は絶句する。周囲への警戒は怠っていなかったはずなのに……人の気配など微塵も感じなかったはずなのに。
 それなのに、白髪の青年は、呑気な様子でそこに立っていた。
「いくら藍子サンといえど、瀧上サンを抱えて歩くのはしんどいっしょ。手伝いますよ」
「奏儀……白斗……」
「ああ、遠慮はいらないっすよ。断っても強制的に手伝うんで」
 今までどこをほっつき歩いていた、この役立たずの童貞クソ虫野郎――薬師寺はそう罵ろうとした。
 だが、言葉が出ない。
 薬師寺の知る奏儀白斗とは、まるで別人。白髪の青年が纏うプレッシャーは、それほどまでに重く強烈だった。
 それでも、薬師寺愛する人を守るために、自らの体で瀧上を覆い隠す。
 それを見た白斗は、やれやれといった感じで肩をすくめると、
「俺、藍子サンみたいな女性結構タイプだから、あんま手荒な真似したくないんすけどね」
 軽い調子で言いながら、見知った場所を散歩するような足取りでこちらに近づいてくる。
「来るな!」
「聞けないっすね。俺にもやらなきゃならないことがあるんで」
 薬師寺の叫びも空しく、白斗は目の前まで迫り――
 ポン、と優しく薬師寺の肩を叩いた。
 その行為の不可解さに疑問を覚えた瞬間、薬師寺の体は宙に投げ出され、気付けばコンクリートの壁に叩きつけられていた。
「がっ……!?」
 疑問と痛みがない交ぜになり、思考が混乱する。
 薬師寺の支えを失い倒れた瀧上に、白斗の手が伸びる。
「や……めろ! 轟様に触れるな!!」
 薬師寺は必死に手を伸ばそうとするが、壁面に体がめり込んでしまい、思うように動けない。
 白斗は瀧上の頭を乱暴に掴むと、
「さ、契約終了のお時間っす。術式は返してもらいますよ」
 呪文の詠唱のような言葉を呟く。すると、瀧上の体が白と黒の光に包まれた。
 光は線を形成し、頭を掴んだ腕を通じて白斗の体に流れていく。
「う、ぐ、があああああああああっ!」
 途端に瀧上の表情が苦悶に染まる。薬師寺はもがくが、状況が改善することはない。思わず唇を強く噛み、血の味が口の中に広がった。
「瀧上サンには期待してたんすけどね。ひよっこの輝王正義に遅れを取るようじゃ、この力を預けてはおけないっす。やっぱり、こいつは――<ドラゴニック・レギオン>は俺が使うのが一番みたいだ」
 白斗の顔に、笑みが広がる。今までのような軽々しいものではなく、内に黒い感情を詰め込んだような、狂喜の笑みが。
 このままでは、瀧上は殺されてしまう。体よりも心を鋭い爪で掻きむしられているような痛みを感じる薬師寺の前に、新たな人影が現れる。
 しかし、それは彼女が望んだものではない。
「おーおー、もったいつけた言い方しちゃって。本当はそいつから命力を吸い上げることが目的なんだろ? 失った<ドラゴニック・レギオン>の片割れ……不完全な術式の力を補うために」
「……東吾のオッサンか」
(あいつは――!)
 現れたのは、背中を丸めて煙草の煙を吐き出す、無精ひげの男。瀧上の力を一時的に封じた張本人。
「こんなところまで来て大丈夫なのかよ。輝王に勘付かれてるんじゃねえの?」
「ミナちゃんの記憶は入念に消しといたから大丈夫っしょ。伊達に何年も治安維持局の捜査官やってないっての。俺の正体に繋がるような痕跡は、残らず消しておくさ」
「なら……最後には俺も消すってことか?」
「今さら何言ってんの。わざわざ俺が手を下さなくても、お前は勝手に死ぬでしょ」
 そこで瀧上を覆っていた光が完全に消え、白斗はパッと手を離す。
 力の抜けた瀧上の体が、空しく道路に転がった。
 瀧上や薬師寺には目もくれずに、東吾は言葉を続ける。
「それがお前の目的なんだろ? 奏儀白斗」
「……その通りだよ」
 白斗は東吾を一瞥すると、未だ壁にめり込んだままの薬師寺の前にやってくる。
「気分はどうだい? 藍子サン」
「…………ッ!!」
 薬師寺は憎悪を剥き出しにする。今すぐ噛み殺してやりたい衝動を前面に押し出す。
 すると、白斗は満足気に頷き、
「いいね。いい顔だ。これなら期待できそうかな」
 薬事師から一歩離れると、右手を真横に上げる。
「術式解放。<ドラゴニック・レギオン>」
 そして、呟く。
「――コード<ライトパルサー>」
 力を引き出すための呪文を。
 白斗の足元から閃光が沸き上がり、伸ばした手の平に収束していく。
 それは、瀧上のものとは全く別の、コード<ライトパルサー>が示す形。
 純白の刀。
 一切の汚れを許さない白が、刃となって白斗の右手に握られていた。
「――コード<ダークフレア>」
 続いて沸き上がった闇は、垂れ下がった左手に収束。
 漆黒の刀。
 夜の闇をも塗りつぶす黒が、刃となって白斗の左手に現れる。

「悔しいだろ? 俺を殺したいだろ? なら、もっと強くなって俺を殺しに来てくれよ」

 二刀を構えた白髪の青年は、狂喜の笑みを浮かべたまま告げる。

「俺を殺せるくらい、強くなってくれよ」