遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ－エピローグ
薬師寺と瀧上を裏路地に残し、白斗と東吾は表通りへと舞い戻る。
「お前さんの目的は、相変わらず理解はできても共感はできないね。ただ死にたいだけなら、とっととモーメントの中にでも飛びこみゃいいのに」
「それじゃつまんないだろ？ 俺を心の底から殺したいと思ってるヤツとの死合い……ゾクゾクするじゃないか。そのためなら、いくらでも道化を演じてやるさ」
「オッサンはそういうの分からんわ。酒呑んで女抱いてたほうが幸せだと思うけどね」
「……アンタなら、瀧上サンと馬があったかもしんねえな」
何気ない調子で言葉を交わしながら、雑踏の中を歩く。
「ま、次のステージが本番ってところか」
星の見えない夜空を見上げて、東吾が呟く。
「輝王正義……果たしてお前のお眼鏡に適う男かね？」
問われて、白斗は笑みを濃くする。
その左手には、黒い炎が揺らめいていた。
「お前さんの目的は、相変わらず理解はできても共感はできないね。ただ死にたいだけなら、とっととモーメントの中にでも飛びこみゃいいのに」
「それじゃつまんないだろ？ 俺を心の底から殺したいと思ってるヤツとの死合い……ゾクゾクするじゃないか。そのためなら、いくらでも道化を演じてやるさ」
「オッサンはそういうの分からんわ。酒呑んで女抱いてたほうが幸せだと思うけどね」
「……アンタなら、瀧上サンと馬があったかもしんねえな」
何気ない調子で言葉を交わしながら、雑踏の中を歩く。
「ま、次のステージが本番ってところか」
星の見えない夜空を見上げて、東吾が呟く。
「輝王正義……果たしてお前のお眼鏡に適う男かね？」
問われて、白斗は笑みを濃くする。
その左手には、黒い炎が揺らめいていた。
◆◆◆
瀧上との戦いが終わってから、すでに５日が経過していた。
輝王は詠円院に入院中だが、もう外出しても問題ない程度には回復していた。あの調子なら、コード＜アフェクション・ゴッデス＞で肩代わりしてもらった傷を元に戻しても、すぐにしかるべき措置をとれば、急死することはないだろう。輝王と同じく入院していた後輩も、目を覚ましたと報告を聞いた。
イルミナ・ライラックと和解――というか切が一方的にへこんだだけなのだが、とにかく色々話した結果、彼女とも友達になることができた。輝王が正式に退院したら、一緒にコンサートに行く予定になっている。
瀧上たちを取り逃がしたこともあり、輝王やイルミナには治安維持局の捜査官が護衛として付いているらしい。切にもその申し出があったのだが、辞退しておいた。切の目的は、治安維持局の手が届かないところにいる弱者を救うためだからだ。
まだ気がかりなことは残っているが、輝王の容体も安定し、矢心院長の神業的な処置のおかげで胸と足の傷の痛みはほぼ消えた。いつまでも足を止めているわけにはいかない。そう思った切は、早速行動を開始したわけなのだが――
輝王は詠円院に入院中だが、もう外出しても問題ない程度には回復していた。あの調子なら、コード＜アフェクション・ゴッデス＞で肩代わりしてもらった傷を元に戻しても、すぐにしかるべき措置をとれば、急死することはないだろう。輝王と同じく入院していた後輩も、目を覚ましたと報告を聞いた。
イルミナ・ライラックと和解――というか切が一方的にへこんだだけなのだが、とにかく色々話した結果、彼女とも友達になることができた。輝王が正式に退院したら、一緒にコンサートに行く予定になっている。
瀧上たちを取り逃がしたこともあり、輝王やイルミナには治安維持局の捜査官が護衛として付いているらしい。切にもその申し出があったのだが、辞退しておいた。切の目的は、治安維持局の手が届かないところにいる弱者を救うためだからだ。
まだ気がかりなことは残っているが、輝王の容体も安定し、矢心院長の神業的な処置のおかげで胸と足の傷の痛みはほぼ消えた。いつまでも足を止めているわけにはいかない。そう思った切は、早速行動を開始したわけなのだが――
分厚い雲が、夜空に輝くはずの星を覆い隠してしまった夜。
薄ら寒い風が肌を撫で、切は身震いした。ふと空を見上げれば、タイミングを見計らったように落ちてきた雨粒が頬を濡らし、切は顔をしかめた。
「うぬぬ。今日は降らないと思っていたんじゃがな」
朝の天気予報では、雨模様になるのは翌日で、今日いっぱいは傘がなくても大丈夫だろうと、若い女性の気象予報士が言っていた。それを信じたわけなのだが、どうやら失敗だったらしい。瞬く間に雨足は強くなり、切は自然と駆け足になった。
隣に見える海には次々と雨の波紋が広がり、気のせいか波も荒れてきている。視線を前方に移せばネオ童実野シティと旧サテライト地区を繋ぐネオダイダロスブリッジが見えるが、切の行き先はそこではない。輸出用の物品が詰まっているであろう倉庫群を通り抜けながら、今夜の宿である病院――詠円院を目指す。
詠円院の院長である矢心詠凛は、泊めてくれと頼むと渋い顔をしながら「ウチは民宿じゃないんだけど」と言いつつも、最終的には部屋を空けてくれる優しい人だ。今夜もそのご厚意に甘えるとしよう。
輝王に「わしはまた旅立つのじゃ！」と大見得をきった手前、早々に舞い戻るのはいささか気が引けたが、他に宿の候補地も思い当たらないので仕方ない。ついでに、今夜は輝王に自分の武勇伝を聞いてもらうことにする。
そんな都合のいいことを考えていたせいか、ますます雨は強くなり、５メートル先が分からないほどの激しいものになっていた。すでに着物どころか下着までびしょ濡れで、こうなってしまっては急ぐ意味もないだろうと、切は歩調を緩める。
だからこそ、気付いた。
「――誰じゃ！」
雨音にかき消されないよう、声を張り上げて叫ぶ。
それに応じるように、倉庫の陰で蠢く人影があった。
激しい雨のせいで視界が悪く、街灯の光が届かない場所に居るため、黒ずくめのレインコートを被っていることくらいしか分からない。背丈も性別も不明だ。
目的は何か。
かつて正義の味方を気取り、今は何でも屋という名の探偵業を営んでいる神楽屋輝彦同様、切を恨んでいる者は少なくないだろう。復讐と称して命を狙われるのは初めてではない。
切は腰に下げていた刀の柄に手をかける。そして、左腕に装着していたデュエルディスクを展開させた。サイコデュエリストである彼女にとって、デュエルディスクは盾でもあり剣でもある。薬師寺に破壊されたディスクはその日のうちに修理に出し、今装着しているのは店から貸し出された代替え品だ。従来機よりカードデータの読み取りが遅いのが難点だが、サイコパワーによるカード具現化の媒体として使う分には問題ないはずだ。
相手がもしも助けを乞いに来た一般人だった場合、切が敵意を顕わにした時点で慌てふためいて弁明するだろう。だが、レインコートの人影にその気配はない。
「…………」
集中力を高める。地面を叩く雨音が、徐々に消えていく。
わずかな静寂の後、人影の腕がわずかに動いた――気がした。
「――――っ！」
瞬間、切は刀を抜き放った。
これ以上相手の行動を窺っている場合ではない。そう思うだけの明確な敵意が、人影から感じられたからだ。
刀を斜め下に構えながら柄を強く握りしめ、切は先手を打つために強く地面を蹴る。
「うぬぬ。今日は降らないと思っていたんじゃがな」
朝の天気予報では、雨模様になるのは翌日で、今日いっぱいは傘がなくても大丈夫だろうと、若い女性の気象予報士が言っていた。それを信じたわけなのだが、どうやら失敗だったらしい。瞬く間に雨足は強くなり、切は自然と駆け足になった。
隣に見える海には次々と雨の波紋が広がり、気のせいか波も荒れてきている。視線を前方に移せばネオ童実野シティと旧サテライト地区を繋ぐネオダイダロスブリッジが見えるが、切の行き先はそこではない。輸出用の物品が詰まっているであろう倉庫群を通り抜けながら、今夜の宿である病院――詠円院を目指す。
詠円院の院長である矢心詠凛は、泊めてくれと頼むと渋い顔をしながら「ウチは民宿じゃないんだけど」と言いつつも、最終的には部屋を空けてくれる優しい人だ。今夜もそのご厚意に甘えるとしよう。
輝王に「わしはまた旅立つのじゃ！」と大見得をきった手前、早々に舞い戻るのはいささか気が引けたが、他に宿の候補地も思い当たらないので仕方ない。ついでに、今夜は輝王に自分の武勇伝を聞いてもらうことにする。
そんな都合のいいことを考えていたせいか、ますます雨は強くなり、５メートル先が分からないほどの激しいものになっていた。すでに着物どころか下着までびしょ濡れで、こうなってしまっては急ぐ意味もないだろうと、切は歩調を緩める。
だからこそ、気付いた。
「――誰じゃ！」
雨音にかき消されないよう、声を張り上げて叫ぶ。
それに応じるように、倉庫の陰で蠢く人影があった。
激しい雨のせいで視界が悪く、街灯の光が届かない場所に居るため、黒ずくめのレインコートを被っていることくらいしか分からない。背丈も性別も不明だ。
目的は何か。
かつて正義の味方を気取り、今は何でも屋という名の探偵業を営んでいる神楽屋輝彦同様、切を恨んでいる者は少なくないだろう。復讐と称して命を狙われるのは初めてではない。
切は腰に下げていた刀の柄に手をかける。そして、左腕に装着していたデュエルディスクを展開させた。サイコデュエリストである彼女にとって、デュエルディスクは盾でもあり剣でもある。薬師寺に破壊されたディスクはその日のうちに修理に出し、今装着しているのは店から貸し出された代替え品だ。従来機よりカードデータの読み取りが遅いのが難点だが、サイコパワーによるカード具現化の媒体として使う分には問題ないはずだ。
相手がもしも助けを乞いに来た一般人だった場合、切が敵意を顕わにした時点で慌てふためいて弁明するだろう。だが、レインコートの人影にその気配はない。
「…………」
集中力を高める。地面を叩く雨音が、徐々に消えていく。
わずかな静寂の後、人影の腕がわずかに動いた――気がした。
「――――っ！」
瞬間、切は刀を抜き放った。
これ以上相手の行動を窺っている場合ではない。そう思うだけの明確な敵意が、人影から感じられたからだ。
刀を斜め下に構えながら柄を強く握りしめ、切は先手を打つために強く地面を蹴る。
はずだった。
「え……」
自らの意思に反して、力の抜けた足がもつれ、ガクリと膝をつく。
カシャン、と甲高い金属音が聞こえた。見れば、刀が手から滑り落ち、地面を転がっていた。
そこでようやく、切は胸のあたりに強烈な熱さを感じていることに気付いた。
刀を落とした手で、胸を押さえる。手の平は、瞬く間に真っ赤に染まった。
血だ。
何かで、胸を貫かれた。
それを認識した途端、切は地面に向かっていく体を止めることができなかった。
うつぶせに倒れる。水たまりに鮮血が流れていく。
（一体……何が……）
切はやっとの思いで視線を人影がいた倉庫の方に向ける。すると、人影は近づきも消えることもせず、最初の場所で立ち尽くしたままだった。
（拳銃で撃たれた……？ いや、そんな動きはなかったはずじゃ……だとしたら、もっと別の力……）
思考が正常に働かない。意識が薄れ、体から急速に熱が失われていくのが分かる。不思議と痛みは感じなかった。
（輝王……）
彼女が最後に見たものは、去っていく人影と――
それにまとわりつく、黒い炎。
自らの意思に反して、力の抜けた足がもつれ、ガクリと膝をつく。
カシャン、と甲高い金属音が聞こえた。見れば、刀が手から滑り落ち、地面を転がっていた。
そこでようやく、切は胸のあたりに強烈な熱さを感じていることに気付いた。
刀を落とした手で、胸を押さえる。手の平は、瞬く間に真っ赤に染まった。
血だ。
何かで、胸を貫かれた。
それを認識した途端、切は地面に向かっていく体を止めることができなかった。
うつぶせに倒れる。水たまりに鮮血が流れていく。
（一体……何が……）
切はやっとの思いで視線を人影がいた倉庫の方に向ける。すると、人影は近づきも消えることもせず、最初の場所で立ち尽くしたままだった。
（拳銃で撃たれた……？ いや、そんな動きはなかったはずじゃ……だとしたら、もっと別の力……）
思考が正常に働かない。意識が薄れ、体から急速に熱が失われていくのが分かる。不思議と痛みは感じなかった。
（輝王……）
彼女が最後に見たものは、去っていく人影と――
それにまとわりつく、黒い炎。
