にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-1

 分厚い雲が、夜空に輝くはずの星を覆い隠してしまった夜。
 薄ら寒い風が肌を撫で、若草色の着物を身にまとったポニーテールの少女、友永切は身震いした。ふと空を見上げれば、タイミングを見計らったように落ちてきた雨粒が頬を濡らし、切は顔をしかめた。
「うぬぬ。今日は降らないと思っていたんじゃがな」
 朝の天気予報では、雨模様になるのは翌日で、今日いっぱいは傘がなくても大丈夫だろうと、若い女性の気象予報士が言っていた。それを信じたわけなのだが、どうやら失敗だったらしい。瞬く間に雨足は強くなり、切は自然と駆け足になった。
 隣に見える海には次々と雨の波紋が広がり、気のせいか波も荒れてきている。視線を前方に移せばネオ童実野シティと旧サテライト地区を繋ぐネオダイダロスブリッジが見えるが、切の行き先はそこではない。輸出用の物品が詰まっているであろう倉庫群を通り抜けながら、今夜の宿である病院――詠円院を目指す。
 弱者に救いの手を差しのべながら、各地を回っている旅人と言えば聞こえはいいが、実際のところは無職である。切の懐事情というのは、あまり芳しいとはいえない。人助けの合間をぬって日雇いのバイトなどをこなし、それなりの金額は稼いでいるのだが、定住する家がないので、その日の宿探しには一苦労だ。無駄遣いを避けるために格安の宿を探し、いい場所が見つからないときは野宿もやむを得ない。その話を輝王にしたら「お前は自分が年頃の女だということを自覚するべきだ」と言われてしまった。なので、近くに知り合いの家があるときはそこに厄介になることにしている。
 以前、切が所属していたデュエルギャング、レボリューションのアジトは手つかずのまま放置されている(はず)ので、そこを利用することも考えたのだが、あまり夢見がいいとは言えなそうだったのでやめた。
 詠円院の院長である矢心詠凛は、泊めてくれと頼むと渋い顔をしながら「ウチは民宿じゃないんだけど」と言いつつも、最終的には部屋を空けてくれる優しい人だ。今夜もそのご厚意に甘えるとしよう。
 そんな都合のいいことを考えていたせいか、ますます雨は強くなり、5メートル先が分からないほどの激しいものになっていた。すでに着物どころか下着までびしょ濡れで、こうなってしまっては急ぐ意味もないだろうと、切は歩調を緩める。
 だからこそ、気付いた。
「――誰じゃ!」
 雨音にかき消されないよう、声を張り上げて叫ぶ。
 それに応じるように、倉庫の陰で蠢く人影があった。
 激しい雨のせいで視界が悪く、街灯の光が届かない場所に居るため、黒ずくめのレインコートを被っていることくらいしか分からない。背丈も性別も不明だ。
 目的は何か。
 かつて正義の味方を気取り、今は何でも屋という名の探偵業を営んでいる神楽屋輝彦同様、切を恨んでいる者は少なくないだろう。復讐と称して命を狙われるのは初めてではない。
 切は腰に下げていた刀の柄に手をかける。そして、左腕に装着していたデュエルディスクを展開させた。サイコデュエリストである彼女にとって、デュエルディスクは盾でもあり剣でもある。
 相手がもしも助けを乞いに来た一般人だった場合、切が敵意を顕わにした時点で慌てふためいて弁明するだろう。だが、レインコートの人影にその気配はない。
「…………」
 集中力を高める。地面を叩く雨音が、徐々に消えていく。
 わずかな静寂の後、人影の腕がわずかに動いた――気がした。
「――――っ!」
 瞬間、切は刀を抜き放った。
 これ以上相手の行動を窺っている場合ではない。そう思うだけの明確な敵意が、人影から感じられたからだ。
 刀を斜め下に構えながら柄を強く握りしめ、切は先手を打つために強く地面を蹴る。

 はずだった。

「え……」
 自らの意思に反して、力の抜けた足がもつれ、ガクリと膝をつく。
 カシャン、と甲高い金属音が聞こえた。見れば、刀が手から滑り落ち、地面を転がっていた。
 そこでようやく、切は胸のあたりに強烈な熱さを感じていることに気付いた。
 刀を落とした手で、胸を押さえる。手の平は、瞬く間に真っ赤に染まった。
 血だ。
 何かで、胸を貫かれた。
 それを認識した途端、切は地面に向かっていく体を止めることができなかった。
 うつぶせに倒れる。水たまりに鮮血が流れていく。
(一体……何が……)
 切はやっとの思いで視線を人影がいた倉庫の方に向ける。すると、人影は近づきも消えることもせず、最初の場所で立ち尽くしたままだった。
(拳銃で撃たれた……? いや、そんな動きはなかったはずじゃ……だとしたら、もっと別の力……)
 思考が正常に働かない。意識が薄れ、体から急速に熱が失われていくのが分かる。不思議と痛みは感じなかった。
(輝王……)
 彼女が最後に見たものは、去っていく人影と――
 それにまとわりつく、黒い炎。