にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドM エピローグ

「それじゃ、また見舞いに来る」
 そう言い残し、輝王は病室を後にして扉を閉めた。
 廊下に出ると、自然とため息が漏れる。
 サテライトにある医療施設「詠円院」――後輩のストラ・ロウマンを見舞うために、輝王は温泉施設のような建物にやってきていた。
「どうじゃった? ストラの容体は」
 問いかけてきたのは、艶やかな黒髪をポニーテールに結い、若草色の着物を着た少女だ。
「……気になるなら、お前も一緒に面会すればよかっただろう」
「なんじゃそれは。せっかくわしが気を使って2人きりにしてやったというのに」
 ぷうと頬を膨らませて怒りを顕わにする切だが、輝王には彼女が言っていることがさっぱり分からなかった。
「まあ、随分と元気そうだったよ。やることが無くて退屈だから、毎日――」
 輝王はそこで言葉を切り、黙りこくる。
「毎日……なんじゃ?」
「いや、なんでもない」
 本当は「毎日先輩のことばっかり考えてます!」と言われたのだが、それを教える気にはなれなかった。
「一週間後の精密検査で異常がなければ退院できるそうだ。現場復帰はまだ先になるがな」
「そうか。よかったのう」
 切は安堵に胸をなで下ろす。
「でも、珍しいのう。輝王が待ち合わせ時間に遅刻してくるとは。何かあったのかの?」
 本来なら、ストラの面会の前に、互いの近況報告を兼ねて例の食堂で切と落ち合うことになっていたのだが、輝王が面会時間に間に合いそうにないということで、直接詠円院に向かうことになってしまった。
「ちょっとした急用ができてな。それを片づけてから来た」
「急用?」
「上層部からの通達があった。何でも、後進の指導のために俺の<AOJ>デッキを使いたいんだそうだ。その受け渡しに時間がかかってしまった」
「受け渡しって……まさか、<AOJ>デッキを手放したのかの!?」
「ああ」
 輝王が頷くと、切は「信じられん……」と目を丸くしていた。
 今回の一件がなければ、いくら上層部からの頼みといえど断っていたかもしれない。
 輝王には、<AOJ>デッキの力を余すことなく引きだせるという自負がある。
 だが、創志、ストラ、ジェンス、光坂、レビン、そして火乃……数々のデュエルを通じて感じたのだ。
 「デッキに慣れ過ぎている」と。
 カードを熟知しているからこそ、戦術がパターン化され、安定したギミックを繰り返し使用してしまう。ある意味での完成形だと輝王は思っているが、ここを限界だと決めつけてしまえば、行きつく先は光坂と同じ「終焉」なのだろう。
 だから、一度デッキと距離を置き、違う視点を手に入れる必要がある。
 輝王は右胸に手を当てる。スーツの内ポケットには、火乃の残した<ドラグニティ>デッキが入っている。
 違う思考の持ち主が組んだデッキを回すことで、見えてくる景色があるはずだ――しばらくは、このデッキで戦うつもりだった。
「……進化の道筋が見えたら、返してもらうさ」
「――? まあ、輝王がいいのならわしは何も言えぬが……」
 輝王は窓の外へと視線を向ける。つられるように、切も視線を動かした。
 暖かな日差しの下、好き放題に伸びた雑草が、風に揺られて音を立てている。
 しばらく、無言の時が続いた。
「……そろそろ行くか」
「そうじゃの」
 視線を戻した輝王は、切と並んで歩きはじめる。
「まだ旅を続けるのか?」
「当たり前じゃ。レビンが戻って来たとき……革命など起こさずとも世界は変えられることを証明せねばならんからの。まだまだやることは山積みじゃ」
 事件の後、切はサテライト各地を回り、貧困や暴力におびえる人々を助けるための旅をしていた。レビンが本当に成し遂げたかったこと――それを実現するのだそうだ。
「お主は少しやつれたのではないか? やはり、シティの人間にはサテライトの環境はきついようじゃな」
「馬鹿を言うな。俺はやつれてなどいない。お前の目の錯覚だろう」
「な、なんじゃと!」
 輝王の方は、正式にサテライト支部に配属――いや、左遷され、マーカー付きの犯罪者相手に立ち回る日々が続いている。
 どんな手を使ったかは知らないが、支部の同僚には、赤髪のサイコデュエリスト……大原竜美の姿があった。彼女は輝王の姿を見つけるや否や「皆本信二に私が生きてる事を伝えろ。必ずリベンジに行くと」とまくし立ててきた。一応皆本創志を通じて連絡は行っているはずだが、リベンジの機会はまだ訪れていないようだ。
 そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角から院長である矢心詠凛が姿を現した。
「あら。もう帰るの? せっかく来たんだから、ゆっくりしていけばいいのに。麗千にお茶でも持って来させましょうか?」
「いや、大丈夫じゃ。時間も惜しいのでな」
「ストラのこと、よろしくお願いします」
 そう言って、輝王は頭を下げる。
「任せておきなさい。現場復帰までは完璧にケアしてあげるわ」
 矢心の声は落ち着いていたが、そこには絶対の自信が含まれていた。この女医に任せておけば、後輩のことは大丈夫だろう。
「……そうじゃ」
 ふと何かを思い出したかのように、切が口を開く。
「わしらは茶に付き合えぬが、話し相手には困らぬと思うぞ」
「えっ? それはどういう――」
 切の言葉の意味が分からず、矢心が聞き返したときだった。
 矢心の瞳が、一点に固定される。
 輝王と切の背後、ゆっくりと廊下を歩いてくる人影がある。
 その人影は、被っていた中折れ帽を脱ぐと、うやうやしく一礼した。