にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-17

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 意識を集中する。黒一色だった世界に、徐々に色合いが浮かび上がっていく。
 鮮やかな橙は、食材が新鮮であることを意味する。レストランの厨房にありそうな大型の冷蔵庫には肉や魚介類、野菜がぎっしり詰めこまれており、何を作ろうか迷うほどの充実っぷりだった。
 調理に使う器具は、自宅から運び込んでいる。こういった無機物の色は普段は見えないのだが、長年使いこんだ愛用品となれば別だ。長く使いこまれた物には魂が宿るといったように、今のイルミナの視界には、落ち着いたベージュに彩られた調理器具が映っている。テーブルの上に広がった食材たちも、意識を集中することで「見える」ようになるのだ。疲れるのが難点だが、それ以上を望むのは贅沢だと分かっている。
 輪郭があやふやな色とりどりの世界を見る度に、つくづく自分は恵まれていると思う。世間からは「盲目のピアニスト」などともてはやされているが、本当に視力を失ってしまったわけではないのだから。何故自分にこんな能力が宿ったのかは分からないが、神様からの慈悲だと思うようにしている。
「さて。せっかくだから、正義さんの好きなものを作ってあげたいですね」
 輝王には何度か料理を振る舞ったことがあるが、どの料理も「美味しい」と言って食べてくれたので、具体的にどんな料理が好きなのかは知らない。輝王はあまり自分のことを喋りたがらないし、そもそも彼がアカデミアを卒業したころから交流も少なくなり、高良が亡くなったことでそれは完全に断たれてしまった。
 何度か連絡を取ろうとしたことはある。けれど、高良の葬式のときに見た輝王の「色」――復讐に塗りつぶされた鈍色を思い出し、躊躇してしまった。あの時輝王を止められなかった自分が、今さらどんな顔をして会えばいいのかと。
 だから、輝王と偶然再会した時、彼の色が優しくなっていたことに安堵した。これなら、また昔みたいに話せるのではないか……虫のよすぎる考えだとは思ったが、せっかく舞い込んだ偶然をみすみす手放すほど、浅い関係でもなかった。
(……私は、正義さんとどうなりたいんでしょうか)
 輝王は、他人に求めることをしない人間だと思う。
 何でも1人で抱え込むきらいがあり、そのくせ苦しむ他人を放っておけない。いつでも自分は二の次だ。
 高良が生きていた頃は、彼が強引に協力を申し出ることで、1人で抱え込ませなかった。そんな高良のことを輝王も信頼しており、彼に対しては何かを頼むことを躊躇わなかった。
(火乃君の代わりになりたいんでしょうか。それとも……)
 輝王の色が優しくなっていたのは、復讐のケリがついたからだけではない。きっと信頼できる仲間に巡り合えたのだろう。なら、自分がわざわざ出張る必要はない。
(そんな風に割り切れたらよかったんですけどね)
 自分は、輝王から信頼される「仲間」になりたいわけではない。
 せめて、自分の前では肩の力を抜けるような――輝王にとっての「特別」になりたいのだ。
 イルミナは、シスターとして様々な人間の懺悔を聞いてきた。ただ話を聞いてもらっただけでも、救われた人間は数多くいる。そんな風に、何らかの形で輝王に安らぎを与えてあげたい。それが、復讐にかられた青年を止めることができなかった自分の、贖罪だと思う。
(……訓練で疲れているでしょうし、疲労回復にいいものを選びましょうか。それなら豚肉とにんにくを――)
 イルミナは、現在の状況を正確に知っているわけではない。自分と輝王が凶悪犯に狙われており、治安維持局に保護を求められる状況ではないため、彼らの追跡から逃れるためにこの隠れ家にやってきた。加えて、凶悪犯に対抗する力を付けるために、輝王は東吾から特殊な訓練を受けている――イルミナが把握しているのはそこまでだ。輝王と瀧上の因縁や、術式に関しては説明されていない。
 それでも――
「対抗する、力」
 ポツリと呟くと、脳裏に高良火乃の姿が浮かんだ。
 素直で、友達思いのいい子だった。もうちょっと年上を敬う姿勢を学んだほうがいいとは思ったが。
 高良の色は、いつも明るくて温かくて――
 だからこそ、時折覗く氷のように冷たい藍色が、瞼の裏に焼きついて離れない。
 イルミナが初めてその色を見たとき、高良は自分が持つ力のことをほのめかしていた。きっと彼には、イルミナの知らない一面があったのだろう。
 力を手にすることで、その人の色が変わることはよくあることだ。
 より一層輝き、力強い色を放つ人もいれば、淀み、くすみ、汚れていく人もいる。そして、後者は前者に比べて圧倒的に数が多い。これは、シスターとして人々の懺悔を聞いてきたイルミナの経験による結果だ。
 輝王は――ようやく優しい色を取り戻した青年が、新たな力を手にしたとき、その色はどうなるだろうか。
 すぐには変わらないだろうと信じている。だが、これから先、力を振るい続けたとしたら。
 気付くと、手が止まっていた。物思いにふけり過ぎたらしい。視界に浮かび上がっていた食材や調理器具の色も見えなくなっていた。
(いけない。料理に集中しないと)
 色がぼんやり浮かび上がってきたところで、イルミナは愛用している包丁を手に取ると、にんにくをみじん切りにする。
 が、まだ意識が逸れていたのか、
「いたっ!」
 指先に痛みが走る。すぐに包丁を引っ込めたので大事には至らなかったが、刃先が指を掠めてしまったらしい。包丁を置いて傷ついた箇所を触ると、ぬるりとした感触が伝わってきたので、おそらく出血している。
「どうした? シスター」
「ふえっ?」
 思わず間抜けな声が出てしまった。見れば、キッチンの入り口に輝王が立っている。全く気付かなかった。
「ま、正義さん!? どうして――」
「少し水分補給をな。それよりどうしたんだ? 短い悲鳴が聞こえたような――」
 イルミナが答える前に事態を把握したのか、輝王が急いでこちらに近づいてくる。
「包丁で切ったのか」
「へ、平気です。ちょっと当たっちゃっただけですから」
 そう言って、イルミナは蛇口をひねって水を出そうとする。
 それよりも早く、指先が温かな感触に包まれた。
「ひゃわっ!?」
 驚いたせいで、乱れていた視界の色が余計にぼやける。
 だが、これは、たぶん。
 輝王が、自分の指先を咥えているのだ。
「…………」
「はわわわわ……」
 突然の事態に、イルミナは身動きが取れず、黙って身をゆだねてしまう。
 点字を読み取るときなど、指先の感覚に頼ることが多いイルミナは、普通の人間よりも神経が敏感になっている。そのせいで少し切っただけでも大袈裟にリアクションを取ってしまったのだが――指先から感じる未知の温かさに、心臓の鼓動が跳ねあがる。
 実際に咥えていた時間はほんの数秒だろう。しかし、イルミナにとっては永遠といっても過言ではないほどの長い時間に感じられた。
「――すまない。確か向こうの部屋に救急箱があったはずだ。少し待っていてくれ」
 指を離した輝王は、すぐさま踵を返し、駆け足でキッチンから出ていく。
 顔どころか全身が火照ってしまったイルミナは、「来たばかりなのに救急箱の場所を把握してるなんて、さすが正義さん」などとよく分からないことを考えていた。