にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-13

 輝王が知っている東吾という人物は、問題児だらけの特別捜査六課の課長であり、自身も過去に様々な問題を起こした男――それだけだ。術式に関しての知識を持ち合わせているなんておくびにも出さなかった。いつの間にか切とも接点を持っており、口ぶりからすると瀧上が術式使いであることも知っていたようだ。
 東吾は、一体何者なのか。まずはそれを知ることが最優先といえた。
「……女の体が大好きな、ただのエロジジイだよ。って誤魔化す場面でもないだろうな」
 そう言って遠い目をした東吾は、口寂しさが我慢できなくなったのかズボンのポケットからシガレットチョコを取り出すと、口にくわえた。
「そうだな。何て言えばいいか……元・術式使いってところか?」
「……何故過去形なんですか?」
「今は限られた力しか使えないからさ。俺の術式は<ロスト・サンクチュアリ>って天使族モンスターの効果をコード化したものなんだが……その力の大半は、別のやつに奪われちまった。ま、取り戻したいとも思わないけどな。力を持つってのは、面倒事を引き寄せるばかりだし」
 東吾の口調は滑らかで、本当に術式の力に対して執着がないようだった。それは、呑気にシガレットチョコを齧っている態度からも見てとれる。
「だから俺が術式使いだってことは隠してたんだが、せっちゃんはどっからかそれを聞きつけたみたいでな。彼女は、瀧上ではなくて薬師寺藍子を追っていたらしい。薬師寺には術式使いの協力者がいるって情報を事前に掴んだみたいで、俺に力を貸してほしいと頼んできたんだ」
「……課長はそれを了承したと」
「術式使いの協力者というのが、誰なのかが気になったからな。瀧上が術式使いになったことは知っていたし……あ、でも知っていたのはそれだけだぞ。<ロスト・サンクチュアリ>の力なのかは知らんが、俺は誰が術式使いかを感知することができる。範囲は……そうだな、ネオ童実野シティ一帯くらいか」
 つまり、東吾は瀧上が術式使いになったことは感知できたが、彼の行動までは把握できなかったということだろう。その情報を事前に伝えてもらえれば、輝王の行動もまた違ったものになっていたはずだが……それを責めても事態は解決しない。輝王は不満が漏れそうになるのをグッとこらえた。
「それに、お代はきっちり頂いたからな」
「お代……?」
「せっちゃんの尻、柔らかくてすべすべしてたぞ。若い子はいいねぇ」
「…………」
 輝王が睨みつけると、東吾は「冗談だ」と空笑いしながら視線を逸らした。そして、オホンとわざとらしく咳払いをすると、話題を切り替えた。
「それで? お前はこれからどうするんだ、輝王。言っておくが俺は戦わないぞ。面倒だし、瀧上に勝てるとも思えない。我が身大事だ」
「偉ぶって言うことではないと思いますが」
「だよなぁ。けど、死ぬのはゴメンだ。俺はまだこの世でやりたいことがたくさんあるのよ。それに、俺やお前が動かずとも、上層部の連中は何とかするだろうさ。術式使いに対抗できるだけのサイコデュエリストなんざ、何人も抱えてるだろうし」
 言いながら卑猥に指を動かしているのを見れば、やりたいことが何であるかおおよそ見当はつく。
(……これから、どうするか)
 それは決まっている。死地に向かっている切を助け、瀧上を倒し再び牢獄へ放り込む。
 しかし、今の輝王にはそれを達成できるだけの力がない。
 今の輝王、には。
「……課長は、術式についてどの程度の知識が?」
「少なくとも、お前さんよりは遥かに博識なはずだよ」
「なら――」
 サイコデュエリストではない輝王にとって、高良から受け継いだ力――術式だけが瀧上に対抗しうる唯一の可能性だ。
 力はある。知識を持つ人物もいる。なら、迷うことはない。
 東吾もそれを待っているかのように、不敵に笑ってみせる。
 輝王が続く言葉を発しようとしたとき。

 ガラリ、と病室のドアが開いた。

 風に乗って、清らかな香りが漂ってきた。
 金の髪がなびき、白い肌を撫でる。ベージュのロングスカートがふわりとはためいた。
「正義……さん……?」
 目の下には深いクマができており、心なしか少し痩せて見えたが、それは間違いなく輝王のよく知る人物だった。
「シスター……?」
 イルミナ・ライラックは、持っていた小さな紙袋を落とし、わなわなと身を震わせる。
 そして、弾かれるように輝王の胸に飛び込んできた。
 全身に無視できないほどの痛みが走るが、胸元から伝わるイルミナの温かさに、輝王はそれを表に出さないよう必死にこらえた。
「……よかった……本当に……」
 イルミナの声はか細く、震えていた。背中に回された両手は、輝王の存在を確かめるかのように、何度も撫でつけられる。
「せっかくまた会えたのに……火乃君に続いて、正義さんまでいなくなったら……私……」
 その言葉を聞いてハッとする。隠してはいるものの、イルミナが寂しがり屋であることを思い出す。教会から子供が巣立つとき、いつも陰で泣いていたことを思い出す。
 高良が殺されたとき、輝王は復讐に囚われ周りを見る余裕が全くなくなっていたが、イルミナも悲しんでいたのだ。
(それを気遣いもせずに、全部終わった気になって。俺は……)
 イルミナの体を優しく抱きとめる。それに気付いたイルミナは、わずかに顔を上げた。
「……すまなかった。心配をかけた」
「いいんです。私が勝手に心配しすぎちゃっただけですから」
 そう言って微笑むイルミナの目尻に、涙が浮かんでいるのを輝王は見逃さなかった。少しでも彼女の不安を取り除こうと、輝王はぎこちないながらも笑顔を浮かべる。
「私のお祈り、効かなくなっちゃいましたね。シスターを辞めたからでしょうか」
「そんなことはない。シスターが祈ってくれなかったら、俺は命を落としていたかもしれない」
「正義さん……ありがとうございます。お世辞でもうれしいです」
「世辞じゃない。それより、シスターがどうして――」
 どうしてここに、と言いかけたところで、瀧上の言葉を思い出す。
 最初はあの金髪シスターを狙ってたんだがな――
 東吾に視線を向けると、彼は意味ありげに目配せしてみせた。東吾がイルミナを保護したのは間違いないだろう。
「しっかし、お前さんも隅に置けないねえ。せっちゃんだけじゃなく、こんな美人シスターさんも虜にしてたなんて」
 わざとらしく大声を出した東吾の揶揄に、顔を赤くしたイルミナは慌てて輝王から離れる。恥ずかしさのあまり、輝王から顔を背けた。
「ほい、ミナちゃん。袋落としたぜ」
「あ、ありがとうございます、東吾さん」
 東吾は目の見えないイルミナを気遣い、拾った小袋をイルミナの手に直接握らせる。
「中身はなんだ? 食欲をそそられる匂いがするんだが」
「麗千さんに手伝ってもらって、クッキーを焼いてみたんです。お菓子作りなんて随分久しぶりだったので、上手く出来ているかどうか……」
「おお! ミナちゃんと麗千ちゃんの手作りってだけで俺はうれしいよ。じゃ、早速――」
「何言ってるんですか? これは正義さんのために焼いてきたんですよ。東吾さんの分はありません」
「なん……だと……?」
 本気でショックを受けている東吾をスルーして、イルミナは輝王に向き直る。
 イルミナは盲目ではあるが料理やお菓子作りが好きで、彼女なりに工夫した調理法や器具を考えていたものだ。高良も輝王も、彼女の作る料理を何度もご馳走になった。
「まだお菓子を食べられる状態じゃないでしょうし、あとで食べてください。私は矢心先生を呼んできますから」
 そう言ってベッドの脇にあるテーブルに小袋を置いたイルミナは、メイドのように丁寧に頭を下げたあと、病室から出ていく。頬から赤みが消えていなかったのは、輝王の見間違いだろう。
「……ミナちゃんの涙を見ても、決心は変わらないか?」
 閉じられた扉を見ながら、東吾が呟く。
「はい。東吾課長、俺に術式を教えてください」
 表情を引き締めた輝王は、白いシーツを固く握りしめながら告げた。