にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-19

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「おっ。藍子さんオカエリナサーイ――ってうおっ!?」
 出迎えた白斗に対する返答は、投げナイフだった。白斗の頬を掠めたナイフは、カツン! と小気味よい音を立てて壁に突き刺さる。
「イライラするわね。クソ虫の顔を見たら余計に」
「だからって八つ当たりで殺そうとしないでくださいよ! 俺じゃなかったら死んでましたよ!?」
「バカね。轟様だったら、ナイフを華麗にキャッチしてから私にキスしてる」
 ぶっきらぼうに言った薬師寺は、近くにあった椅子に乱暴に腰掛ける。
 ここは、薬師寺が用意した潜伏用の拠点のひとつ。ネオ童実野シティ中心街からは外れた場所にある、寂れたゲームセンターの事務所だった。メインとなるフロアには、撤去する費用を惜しんだのか型の古いビデオゲームが何台か放置されており、ちょうどいい塩梅に目隠しの役割を果たしてくれる。事務所はフロアの最奥にある六畳ほどのスペースで、ここだけは綺麗に整備されていた。
「そこまでイラついてるってことは、今日も邪魔が入ったんすか?」
「……そうよ」
「ありゃー。あの着物女、案外やり手っすね。裏工作が得意なタイプには見えなかったけど」
「間違いなく協力者がいる。私と同じくらい情報操作に長けたやつがね……というか、アンタも働け。轟様が変な中年に背後を取られたとき、微動だにしなかったこと……私はまだ許していない」
「あれは動かなかったんじゃなくて動けなかったんすよ。あのオッサン、完全に気配消してるんだもの。全然気付かなかったっすわ」
 白斗のわざとらしい言い訳に、薬師寺はますます苛立ちを募らせる。
 今回、薬師寺が狙ったのは秘密裏に営業している小規模なカジノだった。規模は小さいながら、金だけではなく様々な物品――果ては人間までもチップとして賭けられるため、酔狂な資産家が贔屓にしていた。そこを襲撃し、金品および人材を根こそぎ奪おうと計画していたのだが、薬師寺が偵察に向かったところ、カジノはもぬけの空になっていた。明らかにこちらの動きが露見した結果だ。
 輝王たちを仕留め損ねるどころか、奇妙な能力――コード<クリスティア>によって術式及びサイコパワーを封じられた瀧上は、すぐさまこの拠点へと移動した。その後、鬱憤を晴らすために近くの飲食店やキャバクラを襲撃しようとしたのだが、輝王の仲間である友永切によってことごとく邪魔されていた。薬師寺の調査では、友永切自身の能力はそれほど高くなく、さほど脅威にはならないと考えていたが、こうも計画を潰されると認識を改めざるを得ない。しかも、こちらは切に翻弄されるがままで、彼女の尻尾すらつかめていないのだ。切には、薬師寺の知らない協力者がいるのは明白。そいつを炙り出さなければ、やつらの手の平の上で踊っているだけだ。
「藍子よォ」
 不意に、奥にあるベッドに寝転んでいた瀧上が薬師寺の名を呼ぶ。
「俺は、ムショに入って我慢ってことを学んだんだ。これまではよ、腹がへったらすぐ美味いモン食ってたし、物が欲しくなったら即奪ってたし、女が抱きたくなったらすぐに襲ってた」
 それが、瀧上轟という人間の生き方であり、迷いも躊躇いもないその姿を見て薬師寺は彼に一生仕えようと決めたのだ。
「空腹は最高のスパイスっていうけどよ、あれって本当なんだぜ。同じ飯を食うんでも、我慢した時としてねえ時じゃ美味さが段違いだ」
 瀧上が逮捕され収容所に送られたあと、薬師寺はすぐにでも釈放されるよう工作を始めた。その過程で身分を偽装し瀧上と面会した時、彼は即時の釈放を望まなかった。
――しばらくはムショにいるぜ。こいつを熟成させるためにな。
 ガラス越しに言った瀧上が、自らの胸を叩いたことを覚えている。瀧上と離れることは辛かったが、他ならぬ彼自身の宣言だったため、仕方なく手回しの速度を緩めた。
 熟れたのは瀧上の復讐心だけではない。薬師寺の想いもまた――
「けどよ。我慢のしすぎは体に毒だと思うんだよ。他人から強制的に押し付けられたものならなおさらなァ」
 瀧上の言葉には、微かに怒気が含まれていた。それを察した薬師寺は、すぐさま椅子から立ち上がる。
「あの中年は輝王正義が所属する特別捜査六課の上司で、術式使いであることは間違ありません。ですが、能力の詳細は未だ不明で――」
「んなことはどうだっていいんだ」
 言いながら、瀧上は右拳を突き出す。
「……コード<ダーク・フレア>」
 起動コードを唱えると、彼の拳が黒い炎に包まれた。
「瀧上サン。そいつは……」

「俺の邪魔をするやつは誰であろうと潰す。そのために手に入れた力だ」



「礼は不要ですよ。彼女には個人的な因縁がありますから」
 電話越しに涼やかな声を発しているのは、セラ・ロイム。元はアルカディアムーブメントの職員で、崩壊後は個人で情報屋を営んでいる。レボリューション事件をきっかけにしてセラと知り合った切は、彼の情報網を頼りにすることが多かった。
「しかし、お主の予想がズバリと的中したな。カジノの近くで張り込みをしていて、本当に薬師寺が現れたときはさすがに驚いたのじゃ。何故彼女の狙いが分かったのじゃ?」
「それは企業秘密です。聞きたいなら、相応の金額を要求しますよ」
「うぬ……ならやめておくのじゃ」
 ただでさえ金が足りないのに、ふと沸いた疑問を解決するためだけに浪費していられない。薬師寺に関する情報を格安で売ってもらえたのは、セラが言った通り2人のあいだに浅からぬ因縁があった「らしい」からだ。
「それより、怪我の具合はどうですか?」
「む……知っておるのか」
「それぐらいでなければ情報屋はやっていけませんよ。情報というものは、新鮮さが売りですから」
「……矢心先生に処置してもらったおかげで、痛みは大分引いた。普通に動く分には問題ないのじゃ」
 この傷さえなければ、と切は胸の辺りを撫でる。
 東吾には「牽制に徹する」と言ったものの、隙あれば瀧上を倒すつもりでいた。
 しかし、彼らを一目見ただけで、底知れぬ実力を感じ取り、それを断念したのだ。
 切がここまで慎重に行動しているのは、後を託す人間――輝王がいるからだ。もし輝王がこの件に関わっていなければ、切は玉砕覚悟で突っ込んでいただろう。
 犯罪者やデュエルギャングたちに情報を提供していた薬師寺藍子……彼女を追ううちに、瀧上轟に辿りついた。2人とも、みすみす逃すわけにはいかない悪人ではあったが、簡単に捕えることができない実力者でもあった。切1人だけの力では、到底及ばない。
(輝王なら、きっと力をつけて戻ってきてくれる。わしはそれまで耐えねばならん)
 それは、イルミナ・ライラックとは異なる考え方。
 切にとって、輝王は肩を並べて戦う、戦友のような存在だった。
 背中は、支えるものではなく、互いに守るもの。
「くれぐれも無茶はしないでくださいよ。貴女に万が一のことがあれば、騒ぎそうな人が何人もいますからね。あの人たちに無茶を要求されるのはゴメンです」
「はは、了解じゃ」
 通話を終え、切はビルの最上階の一室から移動を開始する。ここは瀧上たちが潜伏しているゲームセンターを監視するには絶好のポイントだが、長く留まれば勘付かれる可能性が高まる。そろそろ別の監視ポイントに移動しなければならない。
 チクリ、と胸元の傷が疼いた。
 まるで、これから起こる危険を予知したかのように。