にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-22

 だが、黒服の集団は一向に動きだす気配がない。
「ちょっと! 何やってる――」
 怒りが頂点を通り越していたのだろう。地団駄を踏みながら叫んだ幸子だったが、その声が途切れる。
「…………あれ?」
 彼女も気付いたのだ。現れた黒服の集団が、フェイク・ラヴァーズの構成員ではないことに。
 先頭に立っているのは、閉じた右目に大きな刀傷がある強面の男。
「ご無事で何よりです。若」
「一郎! みんな!」
 レイジ・フェロウ・ヒビキの実質的リーダーであり、響矢が犬子と同じように信頼を置く片腕――四十万一郎その人だった。
 そして、後ろに控えているのは、どれも見知った顔ばかり。全員がレイジ・フェロウ・ヒビキの社員だった。口々に「若だ」「外に出てるの珍しいな」「遊びに来たのか?」などと失礼なことを言っている。あとで説教をする必要がありそうだ。
「げっ、四十万さんじゃないですか。せっかくアタシの見せ場だったのに……」
「一郎、どうしてここに?」
 がっくりと肩を落とす犬子をスルーして、響矢は一郎に問う。
「鴻上グループのほうに匿名でタレコミがありましてね。最近裏界隈で出回っている偽造カードの製造には、フェイク・ラヴァーズという組織が関わっていると。連中は自分らの領分に踏み込もうとしている城蘭金融を目の敵にし、パーティに乗じて潰すつもりだともね。裏付けのない曖昧な情報でしたが……どうやら真実だったようです」
 言いながら、一郎はちらりと長髪の男に視線を向ける。男は、フッと微かに口元を緩ませただけで、何かを言おうとはしなかった。
「城蘭金融のパーティで事が起こっているとすれば、若が巻き込まれていると思いまして。急いで駆けつけたというわけです」
「そうか……ありがとな。助かった」
「いえ。それに、我々の助けは不要だったようですし」
 意味ありげな笑みを浮かべる一郎に対し、犬子はベーッと舌を出した。自分の出番を邪魔されたのがよほど気に食わなかったようだ。
「……さて。お前が長附幸子だな」
「…………」
 一郎に睨まれて、幸子は無言のまま後ずさりする。一般人なら小便を漏らしてもおかしくないほどの威圧感なので、それに耐えた幸子はやはり裏社会の人間なのだろう。
「表の連中は全員片付けた。じきに鴻上グループの増援も到着するだろう。ついでに言えば、治安維持局も騒ぎを聞きつけたらしい。まだやるか?」
「くっ……!」
 残されたカードがあるなら、出し惜しみをしている状況ではない。これでフェイク・ラヴァーズの持ち札は尽きた。

「ふざけんな! どいつもこいつも俺のパーティを台無しにしやがってよォ!」

 ステージ近くに設置されたスピーカーから、男の怒声が響き渡った。
「この声……城里蘭か!?」
 すっかり存在を忘れていたが、混乱に乗じて脱出していたらしい。ステージ上に姿が見えないことから、どこか別室から放送を流しているようだ。
「人が下手に出てればいい気になりやがって! 俺を潰そうとしたやつも、利用しようとしたやつも、裏切ったやつも! どいつもこいつも皆殺しだ!」
 城里の言葉を合図に、床の隙間から灰色の煙が吹き出す。
「これは……!?」
「パーティに参加してくれたクソ野郎どもに贈る、俺からのプレゼントだ! 毒ガスをたっぷり吸いこんでこの世からおさらばしてくれよなぁ!」
「毒ガスですって!?」
 幸子が慌てて口を塞ぐ。天井に穴が空いているおかげでガスが充満してしまうことはなかったが、ここに留まれば絶えず噴き出てくる煙を大量に吸い込んでしまう。
「……この屈辱は必ず晴らすわ。倍返しじゃ済まないわよ。首を洗って待っていることね」
 悔しさを滲ませながら吐き捨てた幸子は、部下に指示を与え出口に向かっていく。元城蘭金融の社員やメイドたちは、彼女の指示を待たずにとっくに逃げ出していた。
「追いかけますか? 若様」
「やめとけ。てか、俺たちもさっさと逃げないとやばいんじゃないのか?」
「この煙のことはご心配なく。毒ガスっていうのは嘘ですから。テレビとかコンサートでよく使われている、演出用のスモークです」
 くん、と鼻をひくつかせながら、犬子が言う。一郎もそれに気付いていたようで、2人は口を押さえもせず平然と立っていた。
「ただの煙だって大量に吸い込みゃ肺に悪いだろ。あとは鴻上グループに任せて、とっとと帰ろうぜ。証人は山ほど用意したんだ。ウチの手柄としては充分だろ」
 言いながら、響矢は広間に倒れている人の山を見渡す。彼らが城蘭金融とフェイク・ラヴァーズのどちらに所属しているのかは曖昧だが、今回の件に関する証言は十分すぎるほど取れるだろう。
「そうですね。城蘭金融側もこの煙で時間稼ぎをしているうちに撤収しているでしょうし、何より治安維持局が来れば厄介なことになります。賢明な判断です、若。今回は依頼を達成するために自ら率先して動かれたようですし、ようやくレイジ・フェロウ・ヒビキ代表としての自覚がでてきたのかと思うと、私はうれしいです」
「いや……」
 ただ単に疲れたから帰りたかっただけなのだが……感動に打ち震えている一郎を前にしては、本当のことを言うのははばかられた。
「治安維持局って言えば……」
「どうした? 犬子」
「いえ……もういなくなっちゃったみたいなんで、また後で話します」
 きょろきょろと辺りを見回した犬子に釣られて見てみると、いつの間にか長髪の男――術式使いの姿が見えなくなっていた。登場したときも全く気配を感じなかったし、彼は忍者の末裔なのだろうか。
「じゃ、退散しましょう、若様。今日は深夜0時からラメイソンエリアのボスのドロップ率2倍のイベントが始まりますよ」
「元気だなお前は……俺はゲームやる気力なんて残ってねえよ……」
 そうぼやきながら、響矢たちレイジ・フェロウ・ヒビキの面々は、城蘭金融主催のパーティ会場を後にした。