にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-17

「……は?」
 戸惑いの声は、響矢と城里どちらの口から漏れたものだったか。
 2人の困惑をよそに、はっきりと告げた幸子は、不敵な笑みを浮かべながら続ける。
「ま、城蘭側が持ちかけようとしてる取引の内容なんて、大方見当がついてるけどね。資金と人員を提供するから偽造カードの件の黒幕をレイジ・フェロウ・ヒビキのほうで処理してほしいってところでしょ? めでたく事件解決となったら、鴻上グループに『城蘭金融から多大な協力があった』って感じで名前を出してもらって、デカイ組織の後ろ盾を得るのが最終的な目的かしら。ここ最近の台頭は、ちょっと敵を多く作り過ぎたものね」
「何を……」
「偽造カード製造のライバルを潰しつつ、組織の庇護下に入る。まさに一石二鳥の作戦よね? もっとも、裏でこそこそ偽造カードなんて作ってたら、鴻上グループはすぐに勘付くと思うけど」
(おいおい……ちょっと待て、何言ってるんだこの人は)
 急にぺらぺら喋り始めた幸子を前に、唖然として置いてけぼりになっていた響矢だったが、状況がまずい方向に傾いていることだけは理解していた。見れば、城里の表情が見る見るうちに険しくなっていく。さすがにこの顔は演技では出せない。
 やはり、長附幸子には裏があった。ただ、それは響矢が考えていた「城蘭金融との共謀」ではない。
「貴様……高宮とか言ったな。これ以上いいかげんなことを吹聴するのはやめてもらえるか。不快だ」
「そうやってすぐにボロを出しちゃうところとか、組織の浅さが見え見えよね。理解してる? あなたたちはレイジ・フェロウ・ヒビキを通して鴻上グループに取り入ろうとしてみたいだけど、逆にあなたたちを潰すことで得をする組織もたくさんあるのよ?」
 余所向けの仮面を外し、静かな怒りを顕わにした城里とは対照的に、幸子は笑みを崩さない。真っ赤な口紅で彩られた唇を人差し指でなぞり、蠱惑的な視線を響矢に向けてくる。
「あなたは……一体何者なんですか?」
 響矢の問いに、長附幸子と名乗った女性は一歩後ろに下がってから答える。
「響矢君にはきちんと本名を伝えたじゃない。わたしは長附幸子。今は潰れた、長附財閥の娘だって」
「……それが、あなたの全てですか?」
 その言葉を待っていましたと言わんばかりに、幸子は右手を掲げると、指を鳴らす。
「なっ――!?」
 それを合図に、メイドやガードマン……ついさっきまでワインを片手に談笑を楽しんでいた招待客までもが、一斉に銃を構えた。その銃口は、城里と響矢に向けられている。
「わたしはね、ずっと前から長附財閥は長くないって思ってたの。だから、自分だけの力で生きていけるようにがんばってたのよ。響矢君……あなたと同じようにね」
(俺と同じだって……? 冗談じゃねえよ……!)
 数え切れないほどの銃口が自分に向けられている異様な光景に、響矢の心中は焦りと恐怖でいっぱいだった。裏社会に足を突っ込みはしたが、今までは犬子や一郎など常に場慣れした実力者が一緒で、ここまで直接的な危機に直面したのは初めてだ。普段は何の危険もない自宅兼オフィスのマンションで指示を飛ばしているだけなので、表面上だけでも平静を保っていられる自分を褒めてやりたくなる。
「バカな! いつの間にこんな――」
「あなた……いや、あなたたちとは根回しの質が違うの。この会場は、すでにわたしの組織『フェイク・ラヴァーズ』の構成員で溢れてるわ。逃げられるとは思わないことね」
「猿水! 猿水はどこだ!」
「あのゴリラ男なら外の噴水で水浴びでもしてるんじゃないの? 大人しく寝返った方が痛い目見ないで済んだのに。でも、あの忠誠心だけは褒めてあげるわ」
「このクソアマが……!」
 本性を現した城里の体が怒りに震える。だが、傍に立っていたメイドが城里の背中に銃を押しつけているせいでそれ以上のことができない。
「……ね、響矢君。わたし、昔あなたに会ったことがあるって言ったでしょ? あれも本当のことなの。何か思い出せた?」
「…………」
 残念ながら、響矢に長附幸子と会っていた記憶は全くない。適当な思い出をでっち上げて話したところで、すぐに嘘だと見抜かれるのがオチだろう。
「……そう。残念ね」
 無言の返答に、幸子は胸元に指を突っ込むと、胸の谷間から小型のハンドガンを取り出す。淀みない動作で小さな凶器を握り、響矢に銃口を向ける。ただでさえ早かった心臓の鼓動が、破裂してしまうんじゃないかと思うくらい加速するのが分かった。
「あなたの罪は、わたしを忘れていたことと、わたしたちの仕事を邪魔したこと。わざわざ研里吾郎を雇ったっていうのに取引が失敗したから、後始末に相当苦労したわ」
「……そりゃ、申し訳ないことをしました」
 レイジ・フェロウ・ヒビキが鴻上グループから調査を依頼されている偽造カードの一件。その黒幕は城蘭金融ではなく、長附幸子率いる「フェイク・ラヴァーズ」だった。
 今すぐ一郎と連絡を取りたい衝動に駆られつつも、形だけの謝罪をしてみた響矢だったが、構えられた銃が下がることはない。
「謝って済むような業界じゃないってことは分かってるでしょ?」
「……そう、ですね」
「命乞いでもしてみる?」
「……すれば助けてくれるんですか?」
 幸子が頷いたのなら、盛大に命乞いをする覚悟があった響矢だったが――
「残念」
 その否定は、上凪響矢に告げられた死の宣告だった。