にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-16

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 会場内が万雷の拍手に包まれ、ステージ上のイルミナ・ライラックは恥ずかしそうに頭を下げた。恥じるような演奏ではなかったと思うのだが、あの謙虚さもまた人気の秘密なのかもしれないな、と響矢は思った。
「……素晴らしい演奏でした。土下座までして頼んだ甲斐があったというものだ!」
 隣に立つ城蘭金融の社長、城里蘭は感動のあまり涙を流している。金髪オールバックの強面な成人男性が、人目もはばからず号泣している絵面はなかなかシュールなものであった。
 城里の様子を他人事のように評価している響矢だったが、決して退屈だったわけではない。盲目のピアニスト、イルミナ・ライラックの演奏は、知識のない素人が聞いても心打つものがあったし、もっと他の曲も聞いてみたいという欲求まで出てきた。
 ただ、響矢は他のことに気を取られ、心の底から演奏を堪能できたわけではないのだ。
(犬子のやつ、遅いな……演奏会も終わっちゃったし、長いトイレで誤魔化すには無理がありすぎるぞ。そりゃもちろん決定的な証拠を押さえるのがベストではあるんだが、城蘭金融が裏でこそこそやってるっていうのはあくまで推測でしかないんだ。調査に時間がかかりそうなら、有力な手掛かりがなくてもいいからさっさと戻ってこいって言ってあるのに)
 ちらりと会場の出入り口である扉を見てみると、タイミング良く扉が開いて犬子が――なんてことはない。
「おや。お連れ様はまだお戻りではないのですか?」
 ハンカチで涙をぬぐい、ようやく平常に復帰した城里が、不思議そうに尋ねてくる。
「え、ええ。そうみたいです。さすがにまだトイレにこもってるなんてことはないでしょうから、屋敷の中で迷っているのかもしれません。何しろ、ここは広いですからね」
「案内のために我が家のメイドが同伴していますから、それはないと思いますが」
「……も、もしかしたら、メイドの方に無理を言って屋敷の中を案内してもらっている、とかですかね? 何しろ気まぐれなヤツなんで。ハハハ」
「そうですか」
 城里の目には、不信の色がありありと浮かんでいる。それはそうだろう。苦し紛れの言い訳にしか聞こえない答えだ。
「それより、演奏会も終わったことですから本題に入りましょう。城蘭金融の社長が、レイジ・フェロウ・ヒビキに話したいこととは何です?」
 なるべく平静を装って話題を切り替えたつもりだが、こちらが焦っているのはバレバレだろう。いつの間にか、両手がじっとりと汗で滲んでいる。
「……では、場所を移しましょうか」
 言いながら、城里はスッと手を上げ近くに待機していたガードマンの1人を呼ぶと、二、三言指示を伝える。さらに、メイドを呼んで白ワインを持ってこさせると、グラスに半分ほど注がれたそれをグイッと一気に飲み干す。悪趣味な呑み方だった。
 指示を受けたガードマンはすぐに戻ってきた。それを確認した城里は、
「こちらへ」
 響矢を先導し、ホールを出ようとする。
(犬子が戻ってこないのは不安だが、ここで俺だけトンズラかますわけにもいかねえ)
 腹をくくるなどと表現すると大袈裟だが、覚悟を決めた響矢は、上着の胸ポケットに入れた携帯端末の感触を確かめながら後に続く。
 イルミナの演奏の余韻に包まれている会場を横切っていると、
「きょーうーやーくん!」
「うわっ!?」
 甘い声と共に、いきなり後ろから抱きつかれた。背中にむにゅっと柔らかな感触が伝わり、心臓が跳ね上がりそうになる。
 誰だ一体と思いながら見れば、響矢の肩に顎を載せている女性の顔には見覚えがあった。
「なが……高宮さん!? どうしてここに……」
 カフェ・カナコで会ったときはやつれていた姿が見事にドレスアップされているが、それは間違いなく高宮――長附幸子だった。黒の長髪は滑らかになびき、化粧はばっちりで寂れた雰囲気を払拭している。花嫁衣装のような白いレースのドレスは胸元が大きく開いたデザインで、男性なら嫌が応でも視線を向けてしまう立派な双丘を余すことなく見せつけていた。会場内の視線が彼女に集中しているのは、きっと気のせいではないだろう。
「どうしてって……言ったでしょ? できる限りの協力をするって」
「言いましたけど……高宮さんに何かをお願いした記憶はありません」
「あ、今の言い方、ちょっと冷たーい」
「す、すいません。ってそうじゃなくて! そもそもどうやってここに入ったんです?」
「昔の知り合いに頼んで融通してもらったの。だって、わたしだけお留守番なんてありえないじゃない。わたしが頼んだ依頼なのに……だから、少しでも響矢君の力になれたらって思って」
「その気持ちはありがたいんですが……とにかく、一旦離れてください」
 名残惜しそうに背中から降りる、黒髪の女性。
 ここで長附幸子が出てくるなんて、全くの予想外だ。犬子が戻る気配もないし、ますます追い詰められていることを実感しながら、響矢は混乱する思考を何とか立て直そうとする。
「お知り合いですか?」
「え、ええ……」
 城里は幸子を、正確にはその胸を見て一瞬だけ顔をしかめるが、すぐに取り直してごく自然な感じで問いかけてくる。
(この反応は、演技かそうでないか判断に困るところだな……くそ)
 城里と幸子が裏で繋がっており、共謀してレイジ・フェロウ・ヒビキを陥れようとしている可能性は無きにしも非ずだ。本当は知り合いなのに、わざと初対面を装っているのかもしれない。
 響矢が判断に困っていると、城里がにこやかに、かつ薄っぺらな笑顔を浮かべながら、
「それなら、まずはお知り合いとのご歓談を楽しまれては? こちらの話は後回しで結構ですから。せっかく開いたパーティです。ライラック嬢の演奏会以外にも、ゆっくり堪能していただきたい料理や酒がありますから」
 そう提案してきた。こちらを気遣うほど余裕綽々の態度を見せられるのは癇に障ったが、とにかく今は落ち着いて状況を整理する時間が欲しい。ありがたくその提案に乗らせてもらうことにする。それに、城里との会談までの時間を引き延ばせば、犬子が戻ってくるかもしれない。
「……申し訳ない。では、お言葉に甘えて少しだけ――」
「いいえ、結構よ。私は、あなたと響矢君の『会談』に混ぜてもらうためにここに来たんだから。城蘭金融社長、城里蘭」