にわかオタクの雑記帳

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DM CrossCode ep-2nd プロローグ-18

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 ゲイボルグ
 ケルト神話に登場する英雄クー・フーリンが、影の国の女王スカアハから授けられた槍の名であり、その能力については諸説あるが、いずれも刺された相手が致命傷を負っている点では一致している。
 その刃で貫かれた者は、確実に命を落とす魔槍。
 見ることさえ叶わなかった神速の一撃を避けられたことは、奇跡といっていいだろう。
「――外したか」
 数秒前まで犬子の目の前にいた男の声が、背後から聞こえてきた。
 思い出したかのように、全身から嫌な汗が吹き出す。固まってしまった四肢に活を入れ、即座に振り向いて輝王の姿を視界に入れる。
 姿を見失うまでは確かに空だった右手には、シンプルなデザインの槍が握られていた。とても魔槍ゲイボルグの名を冠しているとは思えないほど素っ気ない意匠だった。
(けれど、あの一撃が当たっていれば――)
 胸を貫かれたくらいでは済まなかっただろう。突進の勢いと速度を考えれば、例え<SC・ディフェンダー>の発動が間に合ったとしても、全身がバラバラに引き千切れていたかもしれない。思わずその光景を想像してしまい、犬子は表情を曇らせる。
「……来ないなら、こちらから行かせてもらう」
 槍の柄を両手で握り、中段に構え直した輝王が、ナイトコード<ゲイボルグ>の発動によって再び開いてしまった犬子との距離を詰めにかかる。
(……っ! どこまで呆ければ気が済むんですかアタシは!)
 顔――いや、右肩を狙った突きを、半身をひねることで避けた犬子は、完全に相手のペースに呑まれてしまっている自分を叱咤する。単調ながらも洗練された動きで繰り出される突きを、後方に下がりつつ回避しながら、両手を背中に回す。指から伸びた魔力の糸を、地面にめり込んだ6つの魔力カウンター<SC・ストーン>に繋ぎ直し、
「――このっ!」
 両腕を前へ振り抜くことで、一斉に投擲する。
糸を短め調整し、犬子の眼前の空間を狙った一撃を、輝王はバックステップで難なく避けてみせた。一応突きが終わるタイミングを狙ったのだが、常に相手の攻撃を回避できるよう警戒していたのだろう。
 両者の距離が開く。ゆらりと揺らめいた輝王を見て、犬子に緊張が走った。
(まさか、また<ゲイボルグ>を!?)
 犬子は、ナイトコード<ゲイボルグ>を超高速による突進による一撃だと解釈していた。そして、近距離戦では槍ではなく剣を用いたところから、<ゲイボルグ>発動のためにはある程度の距離が必要なのだろう。中距離戦は犬子の能力と相性がいいのだが、相手に易々と必殺技を撃たせる状況は歓迎できない。
(<SC・ボム>が防がれた以上、<ギガンテック・ファイター>を倒したときのような自爆覚悟の特攻は使えませんし、そもそも今来てるメイド服はいつもの特注品じゃないから、下手をすれば本当にただの自爆で終わってしまう可能性があります。周囲の機材のことを考えないなら、<SC・ストーン>を四方に投げて、壁や柱に当てて跳弾させることで軌道を読みづらくする『スパイダー・ストーン』が使えるんですけど……)
 犬子がここに来た目的は、城蘭金融が抱える闇の部分を暴くためだ。その証拠を自ら破壊することは、限界ギリギリの場面が来るまで避けたい。
(まあ、機材を壊したくないっていうのは向こうも同じみたいですね――)
 見れば、輝王の足元の床には、何かで強くこすったように黒ずんでいる。壁や機材に激突しないために、ナイトコード<ゲイボルグ>の突進に対して急ブレーキをかけたせいだろう。車の運転に例えるなら、シートベルトを締めない状態でブレーキペダルを思いっきり踏んだようなもので、輝王の体には相当な負荷がかかったはずだ。にもかかわらず表情を変えないのは、肉体を保護しているアクティブ・コードが余程強靭なのか、痩せ我慢をしているかどちらかだ。
(……どうやら、避けたんじゃなくて避けさせてもらったみたいです)
 ようやく冷静に頭が回り始めたことで、気付く。輝王がナイトコード<ゲイボルグ>を発動したときに感じた殺気は、確かに本物だった。だが、彼が攻撃を当てるつもりは皆無だったように思える。槍の穂先を掠めさせて、こちらの戦意を奪うのが目的だったはずだ。何故なら、彼には周囲の機材を破壊しないよう気を配るほどの余裕があり、犬子はこの件に関しての重要参考人であるからだ。
(それなら)
 犬子は手元に6つの<SC・ストーン>を引き戻したあと、間髪いれずに輝王に向けて投げる。ただし、その軌道は直線的で、回避も防御も容易だ。
(牽制しつつ、移動を)
 軽やかなステップで魔力カウンターが避けられたのを確認しながら、犬子は視線で目標地点を確認。輝王から遠ざかるように走り出す。
 ヨーヨーのように引き戻した魔力カウンターを、今度はタイミングをずらしながら放つ。
(ジリ貧になってがむしゃらに攻撃してる……ってな感じで受け取ってくれてるといいんですけど)
 犬子の期待も空しく、輝王の動きには警戒の色が濃くなっている。迂闊に距離を詰めようとはしてこないが、かといって離されすぎることもない。一、二歩踏み込めば槍の攻撃範囲内に入れるような間隔を保っている。
「――うっ!?」
 互いに牽制し合う状況は、1分も続かなかった。犬子の背中にドン、と何かにぶつかる感触が伝わる。気付けば犬子はアタッシュケースが積まれた棚を背にしていた。綺麗に整頓されつつも、天井近くまで積み上げられたケースは、もし棚に大きな衝撃が伝われば途端に崩れて落ちてくるだろう。そうなれば、真下にいる犬子はひとたまりもない。ケースがぶつかることはシールド・コードや<SC・ディフェンダー>で防げるだろうが、アタッシュケースの山に埋もれてしまえば身動きが取れなくなってしまう。
 後ろへの退路がなくなったことで、犬子の動きが一瞬だけ止まる。距離を詰め過ぎるのも、離れすぎるのもまずい。ならどうすればいいのか――その迷いが、一瞬の硬直を生んだ。
 そして、生まれた隙を輝王正義は逃さない。
「――ナイトコード<ゲイボルグ>ッ!」
 それ以上の言葉はなかったが、ここで終わりにするという気迫が伝わってくる。
 犬子では視認できないほどの、神速の一撃。発動を許してしまった以上、もはや避けることは叶わない。