にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-11

 城里が会社名を口にした途端、傍らに立つ犬子が緊張感を高める。彼は、響矢が人材派遣会社を経営していることを知っている。
「……なるほど。こちらの情報はすでに筒抜けってことですか」
「全てではありませんがね。この業界でやっていく以上、直接の関係はなくても情報収集をするのは当然でしょう?」
 響矢は首肯する。かくいう彼も、城蘭金融の情報を集めるべくここにやってきたのだから。
 長附幸子が城蘭金融と繋がっているかどうかは不明だが、彼女の言うことが完全に信用できない時点で、ある程度の情報漏洩は想定していた。
「なら、単刀直入に窺います。そちらがお話したいこととは?」
 問題は、城蘭金融が何を狙っているかだ。
 レイジ・フェロウ・ヒビキを潰したいのか、それとも支配下に置きたいと思っているのか……現在、レイジ・フェロウ・ヒビキは鴻上グループを含め、城蘭金融を快く思っていない組織や企業からの依頼を引き受けることが多い。それを城里が知っていた場合、彼らへの牽制の意味を込めて何かを画策しているのかもしれない。
 会場には他にも招待客がいるので、安易に強硬策に走ることはないだろうが――ちらりと犬子に視線を送ると、彼女は「分かっています」と頷いた。
「そうですね……ここでは何なので、場所を移してお話したいところなのですが――」
 城里が言いかけたとき、会場内が万雷の拍手で包まれた。
 何事かと思い奥にあるステージに目を向けてみれば、丁寧に頭を下げた金髪の女性が、ゆっくりとした足取りで鎮座しているグランドピアノに向かっていた。どうやらステージで行われる催しの開始を告げるアナウンスがあったようなのだが、話に集中していたせいで聞き逃してしまった。
 女性の両目は深く閉じられたままだったが、整然とした動きで鍵盤の蓋を開けると、椅子に腰を下ろした。
「あれは……」
「ご存じありませんか? 盲目のピアニストとして名を上げている、イルミナ・ライラック嬢ですよ。私は彼女の大ファンでしてね。普段はこのような私用のパーティでの演奏はお断りしているそうなのですが、熱心に口説いたところ特別にOKを頂けたんですよ」
 熱っぽく語る城里の瞳は先程までとは打って変わって輝いており、イルミナのファンだという言葉に偽りはなさそうだった。
「彼女の演奏には心を浄化する力がある。私は本気でそう思っています。話は、演奏が終わってからでもよろしいかな?」
「……もちろんです」
「それはありがたい。では、ライラック嬢の演奏を心から堪能するとしましょう」
 盲目のピアニストの話は聞いたことがあったが、まさかこんな場所で生演奏を聞けることになるとは思わなかった。音楽に関してはそれほど興味がなく、たまに気に入ったゲームのサウンドトラックを聞く程度のことしかしない響矢だったが、壇上のピアニスト――イルミナが醸し出す荘厳な雰囲気には、不思議と引き込まれた。
 会場内の照明が徐々に落とされ、ステージ上が柔らかな光でライトアップされる。ざわついていたホール内が自然と静寂に包まれていく。
 そして、今まさに演奏が始まろうかといった時。
「……今、チャンスですよね」
 顔を近づけてきた犬子が、そっと耳打ちをしてくる。
 響矢が無言で頷き返すと、犬子はぱちりとウインクをしてみせる。近くにあったテーブルにグラスを置くと、そのままホールの出口に向かって歩き始めた。その途中で、メイドの1人に声をかけている。
「おや? お連れ様はどちらに?」
「トイレだそうです。場所が分からないらしいので、こちらのメイドさんに案内を頼むと言っていました」
「そうですか。まあ他のことに気を取られた状態では、集中して楽しめませんからね」
 城里は残念そうに唸ったあと、視線をステージ上に戻した。城里だけではなく、会場内の全員がイルミナ・ライラックの演奏に耳を傾けている。まさに、千載一遇のチャンスだった。
(この様子だと、演奏会にはかなりの時間を確保してそうだな……ますます好都合だ)
 静かなメロディーで始まった曲に耳を澄ませながら、響矢は思い出す。
 城蘭金融本社への潜入が決まった後、響矢は鴻上グループへ出向中の一郎たちにも協力を仰ぎ、レイジ・フェロウ・ヒビキが持つルートを最大限利用して情報を集めた。やると決めたからには下手は打てない……普段は面倒くさがりな響矢だが、仕事に対しては常に誠実で、こと自分が赴くものに関しては真剣味が格段に増す。これがレイジ・フェロウ・ヒビキが躍進を続ける理由のひとつでもあった。
 情報収集の結果、城蘭金融の本社が建てられた際の資料を発見した。その資料により、普段使用されている社屋スペースではなく、来賓を招くパーティ用のスペースに、不自然な空間が作られていることが発覚したのだ。空間の広さはかなりのもので、小規模な町工場がすっぽり収まってしまうほどだ。資料にはこの空間についての事項は明記されていなかったが、それは施工業者にも伏せておきたい「空間の活用法」があったからに違いない。響矢の見立てでは、債権者から違法に徴収した物品の保管室ではないかと睨んでいる。もし長附幸子の言葉が真実なら、彼女の母親が奪われたカードもここに収められているかもしれない。
 当初の予定では、響矢が城里の気を引き、その隙に犬子が隠し部屋に潜入するといった手はずだったが、思わぬ形で状況が好転した。
 とはいっても、館内のセキュリティが無力化されたわけではない。城蘭金融の秘密に関する決定的な証拠を押さえられるか否かは、犬子の手腕にかかっている。
(頼むぜ、犬子)
 城蘭金融が雇ったメイドと共に会場を後にする犬子の背中を見つめながら、響矢は成功を祈った。

◆◆◆

(……とりあえず、ここまでは首尾よく潜入できましたね)
 真新しい壁に背中を押しつけながら、犬子は息を整える。その姿はパーティに出席するためのカクテルドレスから、城蘭金融に務めるメイドが纏う服へと変化していた。
 トイレに案内してもらうフリをしてメイドを連れ出した犬子は、彼女を気絶させトイレの個室に連行。潜入が露見するリスクを少しでも減らすためにメイド服をはぎ取り、着替えてからパーティ用スペースの探索を開始したというわけだ。
 何も知らずに気絶させられた挙句、下着姿でトイレの個室に放置された女性がさすがに気の毒だったので、着ていたカクテルドレスを毛布のように掛けておいた。大して状況に変化はないだろうが、犬子の罪悪感が少し薄れたので良しとする。
(それにしても、ここのメイドさんはみんな胸の小さい人ばかりですね。サイズを気にすることなくメイド服を着れたのはラッキーだったんですが、雇い主は巨乳の女性に嫌な思い出でもあるんでしょうか? 変な親近感を覚えますね)
 どうでもいいことを考えつつも、犬子は周囲の気配に気を配り、通路の角から少しだけ頭を出して、先を確認する。ここにも、人はいないようだ。
(<ロード・オブ・マジシャン>に探索用のコードがあれば楽なんですけどね……例えば、魔力カウンターにカメラが付いてて、それを遠隔操作できるとか)
 ふよふよと浮遊しながら前進する魔力カウンターの図を想像するが、そのようなコードは習得していないし、存在するかどうかも定かではない。犬子が術式<ロード・オブ・マジシャン>を使えるようになってからかなりの年月が経過しているが、現在使えるもの以外にどのようなコードが存在するのかは分からなかった。何しろ、教えてくれる人も、術式のことを記した資料もないのだから調べようがない。
 静かにため息をついた犬子は、足音を立てないよう気を払いながら歩を進める。
 こんなとき、頼れるのは殺し屋時代に身に付けた嗅覚だけだ。
 最近は薄れつつある昔の感覚を思い出しながら、犬子は時に大胆に、時に慎重に進む。
 もしここで犬子が見つかるようなことがあれば、同伴していた響矢もただでは済まないだろう。殺し屋として生きるしかなかった犬子を救いだしてくれた恩人を、危険な目に合わせるわけにはいかない。
(若様は、必ず守る)