にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-12

 貧しい家庭に生まれた犬子は、子供を育てる金銭的余裕がなかったせいで、すぐに孤児院へと預けられた。両親の顔は思い出そうとしても思い出せない。
 犬子が預けられた孤児院は、表面上はごく普通だったものの、目の届かない裏では職員が子供たちに暴力を働くことが日常茶飯事の、ひどい場所だった。所長は暴力団やデュエルギャングから賄賂を受け取り、見返りに子供たちを人員提供していた。幼くして暴力団等にこき使われ、犯罪の片棒を担がざるを得なかった子供たちの瞳は、一様にして曇っており――犬子もそのうちの1人だった。
 当時、世間はゼロリバースのショックで混乱しており、他人に目を向ける余裕などなかった。貧困層や犯罪者の住まうサテライト地区に孤児院があったこともあり、所長たちの悪行が明るみに出ることはなかった。
 そんな中で、犬子は雇い主である組織の人間から、デュエルモンスターズのデッキをプレゼントされた。雇い主からしてみれば偶然もらい受けたもので、さしたる興味もなかったので、おもちゃ代わりにと軽い気持ちでプレゼントしたものだったが、そのデッキは術式<ロード・オブ・マジシャン>を起動することができるマスターコードを有していた。それを手にした犬子は無意識のうちに使い方を理解し、気付けば魔力カウンターを作り出すコードを会得していた。
 術式使いとなった犬子はその腕を見込まれ、殺し屋としての道を歩むことになる。
 彼女の才能は確かなもので、数々の実力者を暗殺したのだが――恵まれ過ぎた才能が逆に危険視され、失敗を前提とした任務、「上凪財閥トップの殺害」を押しつけられてしまう。忍び込んだ上凪邸で警備員に発見され、窮地に陥った犬子は、半ば自暴自棄になりながらも、偶然居合わせた上凪家の三男、上凪響矢を人質に取り逃走を図る。その途中で響矢から護衛役にスカウトされ――今に至る。
 ――お前にそんな仏頂面は似合わねえよ。もっと笑え。
 ――笑えないなら、俺が笑えるようにしてやるから。
 今でもはっきりと思い出せる、響矢の言葉。それを心中で確かめたあと、犬子はようやく資料にあった不自然な空間の近くまで辿りつく。さすがにここまで来ると豪華絢爛な装飾は鳴りをひそめ、壁は落ち着いたベージュに塗装されていた。障害物が少ないため身を隠すには苦労するが、今のところ他の人間とすれ違うことはない。全員パーティ会場に駆り出されてしまったのだろうか。監視カメラの設置台数が少なかったのは、城蘭金融側が映像に残したくないことを行うためかもしれない。
 通路の先は、T字の分かれ道になっている。おそらくは、右でもなく左でもなく、壁をぶち破った向こう側に、城蘭金融が表に出せない何かが眠っている場所があるはずだ。
(さて、どこかに隠し扉の類があるはずなんですが……ってあら?)
 壁にわずかな切れ目等がないかどうか探していた犬子は、予想外のものを見つける。
 それは、開け放たれた隠し扉だった。犬子の目論見通り、壁の一部がスライドするようになっており、その先に続く空間への入り口をぽっかり開け放っている。隠し扉の近くには――こちらも蓋がスライドして丸見えになっている――壁に埋め込まれた網膜認証装置がある。本来ならあの認証装置を通過しなければ、扉が開かない仕組みになっているのだろう。カードキーによる認証程度のセキュリティなら無力化する手段があったが、さすがに網膜認証となると突破は不可能だったかもしれない。そう思うと、セキュリティが解除されている現状は幸運と思えるが――
(……間違いなく罠、ですよね)
 だからといって、ホイホイ扉の先に踏み込んでいいわけではない。社長の城里蘭は、響矢がレイジ・フェロウ・ヒビキの代表であることを知っていた。もし、こちらの狙いを完全に理解していたとしたら、罠を仕掛けた上であえて自由に泳がせ、獲物がかかるのを待っている可能性もある。
 犬子は慎重に隠し扉に近づくと、傍の壁に背中を張り付ける。意識を集中し、中の気配を探ってみる。
(どうやら中に人はいないみたいですね)
 意を決し、中を覗きこんでみる。照明はすでに点灯しており、視界に困ることはない。
(監視カメラの類も無し、ですか。余程網膜認証装置を信頼してるんでしょうか)
 網膜認証がある以上、悪意ある人間に侵入されることはないと割り切っているのだろうか。もしくは、パッと見では確認できない巧妙な位置にカメラやセンサーを設置しているのか。
「確かめてみますか。術式解放、<ロード・オブ・マジシャン>。コード<SC・ストーン>」
 術式を起動させた犬子は、作り出した緑色の球体を、中の空間に向けて放り投げてみる。
 ゴトン! と音を立てて球体が地面に落ちるが、それ以外の反応はない。
(……もしかして、単純な扉の閉め忘れですか?)
 そんなわけはないと思いつつも、犬子は扉の中へ足を踏み入れる。
 外から様子を窺ったときにおおよそは察していたが、改めて見るとその全容がよく分かる。
 まず目につくのは、業務用の大型プリンターだ。それが何台も等間隔に並べられ、簡易的な印刷所の様相を呈している。プリンターにはやや厚みがある用紙がセットされており、その内の1台には印刷を終えたものが残っていた。
「これは<スターダスト・ドラゴン>……こっちは<レッド・デーモンズ・ドラゴン>……<氷結界の龍 トリシューラ>まである」
 まるで新品の紙幣のように綺麗に印刷されていたのは、チーム5Dsの面々が使う、この世界に1枚ずつしか存在しないと言われる特別なドラゴン族シンクロモンスター。そして、高額で取引されているレアカード。
 間違いない。ここで行われているのは、デュエルモンスターズのカードの偽造だ。
 空間の奥には、プリンターよりも大型の機械が何台も並んでいる。おそらくは、カードの加工に必要な機械なのだろう。棚に積まれた無数のアタッシュケースには、偽造されたカードが詰まっていることが容易に想像できた。
(もしかして、この前の一件も城蘭金融の仕業……?)
 サイコデュエリスト、研里吾郎と戦う羽目になってしまった、偽造カードの取引妨害の一件。その黒幕を明らかにするために、一郎たちは鴻上グループに出向している。
 犬子は周囲を見回し、起動したままのPCを発見する。
(偽造カードの流通記録みたいなファイルがあれば、有力な証拠になります)
 指紋を残さないために、すでに薄手の手袋は着用済みだ。より精度の高い証拠を入手するために、犬子はPCに足を向けた。
 次の瞬間。
「そこで何をしている?」
 突如響いた男の声に、犬子の全身の肌がぞくりを粟立つ。
(しまった――)
 失敗したという悪寒が駆け巡り、体が強張る。
 だが、まだリカバリーできる。犬子は混乱する思考を強引にまとめ上げる。
 現在の犬子は、扉に対して背を向けている。顔が見えない以上、相手は犬子がこの屋敷に務めるメイドだと思っているはずだ。
(……けど、ただのメイドが隠し部屋にいるって状況がすでにまずいですね)
 犬子は首をわずかに傾け、視線で相手の姿を確認する。
 背の高い、長髪の男だ。黒いスーツの上に濃いブラウンのコートを着ている。さすがに表情までは見えないが、服装から見るにパーティの出席者ではないようだし、屋敷の警備員だろうか。
(選択肢は2つ。弁明を試みるか、それとも――)
 犬子は右手に握った球体の感触を確かめる。万が一に備えて、術式は起動したままにしておいたのだ。
(――やはり、ここは先手必勝!)
 選んだのは強硬策。犬子は無言を保ったまま、振り向きざまに緑色の球体――<SC・ストーン>を投擲する。狙うは、男の胸部から腹部にかけて。不意の一撃を食らって悶絶したところに、意識を奪うため後頭部への一撃を食らわせる。その隙に離脱し、響矢と連絡を取って城蘭金融本社を後にする。それが犬子の狙いだった。
 ただ石を投げつけただけとは違う、命力を込めた攻撃。例え反応が間に合ったとしても、常人には防げない。仮に相手がサイコデュエリストであろうとも、カードの効果を具現化する時間はないはずだ。
 放たれた球体が、男に直撃する――
 寸前。

「――アームズコード<ミスティル>」

 ガキィン! と鉄がぶつかり合う音が響き、球体の軌道が明後日の方向に逸れ、壁にぶつかる。
「――ッ!?」
 男の口から紡がれたのは、術式を発動させるためのコード。
 彼が手にした長刀を目にし、犬子は驚きを隠せなかった。
 そんな犬子の様子を注意深く観察しながら、

「……治安維持局特別捜査六課所属、輝王正義だ。事情を訊かせてもらえるか?」

 術式<ドラグニティ・ドライブ>を操る男は、落ち着いた声で名乗った。