にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-10

◆◆◆

 夜がもたらす暗闇の中で燦然と輝く白亜の宮殿は、ここが科学の発展した近代都市、ネオ童実野シティであることを忘れさせるほどの存在感を放っていた。
 シティの郊外に建てられた宮殿――城蘭金融本社は、社屋というよりも社長本人の豪邸といった趣が強く、事実社長である城里の自宅もこの中にあるそうだ。
 正門をくぐれば静かに水を吹き出す噴水があり、その奥にはとある国の大統領の官邸を真似て作られた白亜の建物がある。標準的な学校の体育館3つほどの広さを持つ社屋には、仕事で使われるオフィスの他にも、来賓を招いてパーティを行うためのホールや、社員なら自由に使用できる屋内プール、果ては大規模な大会を行えるほどのデュエルスペースも完備されている。
(ま、金持ちに憧れてた一般人が、本当に金持ちになって建てたようなところだな)
 通路に飾られた統一性のない絵画や美術品を見て、響矢はそう思った。施設は充実しているし、地価の安い郊外とはいえ、これだけの広さの社屋を建てたのは大したものだ。だが、内装は無駄に煌びやかで落ち着きがなく、無駄に広いせいでトイレひとつ探すことにも一苦労だ。本来なら客人を案内しなければならないメイドたちも錬度が低く、細かいところまで手が回っていない印象を受けた。
(派手さと便利さの両立は難しい。場所によってどっちを優先させるかをきっちり考えなきゃいけねえ)
 現在、響矢がいるのは1階のロビー近くにある通路だ。ロビーには見覚えのある企業家や財閥の人間がちらほらと見える。
 業績好調の城蘭金融が、大手企業や財閥に向けて、懇親会という名のパーティの招待状を出していたことは知っていた。当然ながら響矢の実家である上凪財閥の元にも届いていたわけだが、誰も興味を示さず捨てられる直前だったところを、響矢がもらい受けた。
 よって、今日の響矢は正装であり、普段のずぼらな態度からは打って変わって気品ある立ち振る舞いを心がけている。この辺りは、幼少時に叩きこまれたパーティでの礼儀作法が自然と出ているのだろう。
 すでにパーティ出席の受付は済ませた。あとは――
「あ! おーい、若様!」
 響矢の姿を見つけるや否や、うれしそうに駆け寄ってくるのは、護衛役である犬子だ。
「遅いぞ。どんだけ着替えに時間かかってんだ」
「ぶー! 若様ひどい! 普段着たことない服だったから、ちょっと手間取っちゃったんです!」
 そう言って頬を膨らませる犬子もまた、いつものメイド服姿ではない。
「それで、どうです? 似合ってますか? 惚れちゃいますか?」
 スカートの裾を掴み、くるくると回って見せる犬子の体は、髪と同じ薄桃色のカクテルドレスに包まれていた。メイド服ではあまり露出することがない肩や胸元の肌は、走ってきたせいかほんのり上気しており、漂う色香に響矢は慌てて逸らす。
「――ま、まあいいんじゃないか? もう少し胸があれば、もっと見栄えがよかったろうけどな」
「もう! 胸なんて飾りです! 素直に褒めてくださいよ」
「い、いいからさっさと行くぞ。早いとこ仕事終わらせて家でごろごろしたいんだから」
「そこはアタシも同意しておきます」
 普段見慣れない犬子のドレス姿に思わず見とれてしまったなど、口が裂けても言えない。
(言ったらそのネタで一カ月はからかわれそうだからな……)
 裏社会で仕事を続けていくにあたって、もう少し女性に対する免疫をつけたほうがいいかもしれない。パーティ出席者たちを見渡しながら、響矢は隣を歩く「異性」を意識しすぎている自分に情けなさを感じた。
 それを犬子に感づかれる前に、2人は会場であるダンスホールに足を踏み入れる。
 透き通った氷の結晶をモチーフにした紋章が描かれた床は一点の曇りがないほど磨きあげられ、高い天井には豪奢なシャンデリアが並ぶ。広い空間に点在する円形のテーブルには和洋中様々な料理が盛りつけられ、皿に取り分けられるようになっている。城蘭金融の社員なのか、社長本人が個人的に雇ったのか、壁際には姿勢を正したメイドたちが並んでいる。ロビーにいた受付担当のメイドたちとは、明らかに風格が違った。……何故か全員胸が薄いのが気になったが。
 すでにパーティは始まっているらしく、テーブルの傍にはワイングラスを片手に談笑している人々の姿がある。会場の規模に対して人数が少なく感じるのは、やはり城蘭金融を危険視している組織が多いからか。
「じゃ、打ち合わせ通りにな。トラブルになりそうならすぐに連絡しろよ。お前らと違って俺はごく普通の一般人なんだから、何か起こってからじゃ対処できないんだぞ」
「任せてください若様! アタシが四十万さんよりも有能だって証明してみせますよ!」
「……無駄に一郎と張り合おうとすんな。あいつとお前じゃ、求めてるものが違うんだから」
「欲しいのはアタシの体ですか?」
「……今日の下ネタはそれで最後にしとけよ」
「はーい」
 犬子の気の抜けた返事を聞きながら、響矢は近くにいたメイドからシャンパンの入ったグラスを受け取る。同じように犬子も受け取ったところで、
「これはこれは。上凪財閥の方にお越しいただけるとは思ってもいませんでした」
 白いスーツを纏い、短い金髪をオールバックにした男が話しかけてくる。眉尻を下げ、柔和な笑みを浮かべているが、その奥には狩人――いや、獣のようなギラギラとした眼差しが隠れているように思えた。
「はじめまして。上凪の三男、上凪響矢です。貴方が城蘭金融の……」
「社長の城里蘭(しろさとらん)です。今日は我が社が企画した懇親会にわざわざ足を運んでいただき、誠にありがとうございます」
「いえいえ。わずかな期間で会社をここまでの規模に成長させた社長さんと、個人的にお話がしたいと思っていましたから。本来なら父や長兄が窺うべきなのですが、生憎とスケジュールの都合が合わず……若輩者が出しゃばる形になってしまいましたが、今日見聞きしたものはしっかりと伝えさせていただきますので」
「そんな、大袈裟ですよ。私たちはこの業界に入って日が浅い。そんなどこの馬の骨とも分からぬ者が主催したパーティなど、わざわざ予定を調整してまで出席するものではないでしょう。こちらこそ、上凪財閥の方とこうして言葉を交わせる機会を持てたことを光栄に思いますよ」
 城里の言葉は丁寧だったが、どこか作り物めいた印象を受けた。もっとも、財閥間のパーティなど基本的に腹の探り合いなので、余所行きの仮面を被るのは当たり前なのだが。
「――それに、私も貴方とは個人的に話をしたいと思っていたのですよ。レイジ・フェロウ・ヒビキの代表さんとね」