にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-9

「それでね、響矢君。依頼のことなんだけど……」
「あ、はい」
 とりあえず、過去をほじくり返すのは後回しにする。
「借金の形に持っていかれてしまったカードを取り戻してほしいとのことでしたね」
「そうなの」
 幸子は神妙な顔つきになり、俯きながらため息を吐いた。
「財閥が没落して、長附家は大量の借金を抱えることになったんだけど、家や財産を売り払ったことでほとんど返済が完了しているの。だから、今のわたしたちは以前とは比べ物にならないほど貧しいけれど、食べるには困らないくらいの生活を送れている。けど、銀行倒産のときに相当ごたついたせいで、借用書の一部を紛失してしまったの」
「それを、悪徳業者が手に入れて、ありもしない借金の返済を迫っているわけですか」
「理解が早くて助かるわ……お父さんとは離婚したあと連絡が取れなくなっちゃって、借用書が本物なのかどうか確かめようがないのよ。連中はそれを分かった上で、わたしたちのところへ来てるんでしょうけど」
「治安維持局に相談するわけにはいかないんですか?」
「……悪いけど、あいつらは信用できない。理由は言わなくても分かるでしょ?」
「……はい」
 長附財閥が没落したのは、まだシティとサテライトが分かれている頃だ。その頃の治安維持局の権力体質から考えるに、長附を良く思っていなかった財閥からの介入を見逃し、故意による銀行倒産を間接的に支持した疑いがある。動機としては、一介の財閥が必要以上の力を持つことを嫌ったため、と想像はつく。幸子は語る気がないようだが、きっと彼女にはその確証があるのだろう。
「カードを持って行ったのは、城蘭金融って会社。わたしはカードのことはさっぱりなんだけど、お母さんが趣味で集めてて。あ、対戦はしないんだけどね。それで、城蘭金融のやつら、こっちが下手に出てるのをいいことに勝手に家まで上がり込んで、カードを持って行っちゃったの。何でも、もう絶版になっちゃってるレアカードが入ってたんだって。それ自体はどうでもよかったんだけど、お母さんが大事にしていた思い出のカードも一緒に持って行かれちゃって……」
「それを取り返してほしいというということですか」
 一通り話し終えて、すっかり冷めてしまった紅茶を口に含んだ幸子は、大きく頷く。
「ね、大変だとは思うけど……力を貸してくれないかな?」
 そう言って、幸子はずずいと顔を近づけてくる。上目づかいに潤んだ瞳をこちらに向け、カーディガンを押し上げるほど膨らんだ胸の双丘がテーブルにどっかりと鎮座する。男なら反応せざるを得ない、文句なしのボリュームだ。
「わたしも、できる限り協力するから。これ以上お母さんを悲しませたくないの」
「…………」
 人情に訴えかける話ではあったが、不透明な部分は多い。そこを追及したところではぐらかされるのがオチだろうし、何より目の前にいる女性が本物の「長附幸子」である確証はない。こちらの本名を知られている以上、迂闊な返答はできないが……
「ダメ、かな?」
 テーブルに乗った双丘が腕で挟まれ、むにゅりと楕円形に変わる。犯罪だと分かっていても指を沈めたくなるほど、柔らかそうな物体だ。
「そうですね……」
 ここで、上凪響矢が下した結論は――


「おい、犬子」
「近づかないでくださいこのおっぱい星人
「…………」
 カフェ・カナコを後にしてからの帰り道。犬子は終始不機嫌だった。せっかくお持ち帰りでケーキを買ったのに、ちっとも受け取る気配がない。
 理由は明白。
「巨乳に釣られて依頼を引き受けちゃうようなスケベだとは思いませんでした。見損ないましたよ若様」
「だから違うって言ってるだろ!」
「胸のデカイ女は基本的に性格がねじ曲がってるんで、今回の依頼もきっと裏がありますよ。あーあ、アタシ知―らないっと」
「どこまで巨乳を敵視してるんだお前は……」
「巨乳とマヨネーズはこの世から消失すればいいと割と本気で思ってるくらいには」
 鼻を鳴らす犬子の胸は、ひいき目に見て、微かなふくらみがあるだけだった。完全にやっかみである。
「ま、裏があるってのは間違いなさそうだけどな」
「ですよね! あの無駄にデカイ胸の中には、どす黒い邪気が詰まってるんですよ!!」
「いやそういうことじゃなくて」
 力説する犬子を半分放置しつつ、響矢は長附幸子と名乗った女性の姿を思い出す。
 彼女は、「大量の借金を抱えたが、今は食べるには困らないくらいの生活を送れている」と言っていた。確かに服装は地味だったし、注文していたのも一番値段の安い紅茶を一杯だけ。母親を気にかけているせいか、大分やつれていた。
(けど、あの香りは間違いなく香水……新作の恋風だ)
 彼女の首元や手首から微かに香った柑橘系の香りは、入浴剤やボディーソープのものではないだろう。若い女性に人気のブランドからつい最近発売された、「恋風」という名の香水の香りによく似ていた。恋風の値段は従来品と比べるとやや高めで、とても生活に余裕のない人間が気軽に買えるようなものではなかったはず。誰かにプレゼントされた可能性もあるが、不確かな情報が多い以上、安易に見過ごすことはできない。
「胸の話はともかく、城蘭金融のことは前から気になっていたからな。潜入調査できるまたとないチャンスだ」
 長附幸子に疑問を感じつつも依頼を受けたのは、それが理由だった。
「城蘭金融……確かここ1年くらいで急激に業績を伸ばしている会社ですよね」
「ああ。新参にしては上がり方が明らかに異常だ。社長の城里は元デュエルギャングって噂だし、きな臭さを感じずにはいられないな」
 城蘭金融の台頭を快く思っていない組織は多い。仮に長附幸子がこちらを陥れるための罠を仕掛けていたとしても、それを上手く回避して城蘭金融の秘密を暴くことができれば、響矢たちの手腕を認められレイジ・フェロウ・ヒビキに回ってくる仕事も増えるだろう。加えて人員確保ができれば、響矢は今以上に楽ができるようになるはずだ。
「でも、どうやって城蘭金融に潜り込むんです? 一郎さんたちの帰りを待つ感じですか?」
「そうしたいのは山々なんだがな……」
 鴻上グループは今回の偽造カードの件を徹底的に調べるつもりらしく、一郎たちが仕事を終え解放されるのは当分先になるとのことだった。決定的な証拠が発見され調査が順調に進めば、その限りではないのだが。
 響矢はジーンズのポケットから携帯端末を取り出すと、スケジュールを確認する。ただし、確認するのは自分や会社の予定ではなく、上凪財閥のスケジュールだ。
「たまには、金持ち坊ちゃんの特権を生かさないとな」