にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-8

「時間は……3時15分前か。十分だな」
 右手首に巻いた安物の腕時計で時刻を確認した響矢は、改めてカフェ・カナコに向かって歩き始める。
「……すっごい今さらですけど、依頼者と会うのにその服装でよかったんですか?」
 すると、響矢の頭から足先までを胡散臭そうな目つきで眺めた犬子が、唐突にダメ出しをしてくる。
 無駄に高い身長を除けば、響矢の容姿はごくごく平凡だ。指摘された服装は無地のシャツにチェック柄の上着、色落ちしたジーンズと、ファッションに疎そうな若者のスタイルである。
「スーツを着ろとはいいませんけど、もうちょいマシな服があったんじゃ……」
「お前に服のことを突っ込む資格があんのかと言い返したいが……いいんだよ。これはわざとやってんだから」
「あえてダサい恰好をする理由はなんです?」
「はっきり言い切るほどダサくないだろうが。シンプルって言え」
 響矢は一度言葉を切り、依頼者が待っているであろうカフェに視線を向けてから、続ける。
「一郎曰く、裏社会に足突っ込んでる人間は、同業者が感覚的に分かるらしい。いわゆる『同じ臭いがする』ってやつだな」
「裏は臭い……っと」
「変なところだけ抜粋してメモ取ってんじゃねえ」
「まあ言いたいことは分かりますよ。でも、それと若様がダサいのとはどんな関係が?」
「……いちいち突っ込んでるとキリがないから流すぞ。つまり、裏の人間は相手の容姿に囚われずに本質を見極めることができる。たぶん、俺がわざとこういう恰好をしてるんだっていうことまで見抜くやつだっているだろう。対し、普通の人は、会社の代表として平凡な大学生みたいなナリのやつが出てきたら、誰だって疑う。この会社に任せて大丈夫なんだろうか、ってな」
「一理ありますね」
「ただ、藁にもすがる思いでウチに依頼してきたって可能性もある。そう言う場合は、こっちの容姿なんて気にする余裕がないほど切羽詰まってるはずだ。その辺を見極めるための服装だよ。分かったか?」
「分かったことにしておきます」
「それで頼む」
 そうこうしているうちに、待ち合わせの時刻まで10分を切ってしまった。響矢は犬子に細かな指示を与えてから1人でカフェ・カナコに入っていった。


「いらっしゃいませ!」
 元気の良い女性店員の声で出迎えられた店内は、白や薄桃色を中心としたかわいらしい色合いで統一されており、男が1人で入るにはかなり抵抗のある内装だった。店内はほぼ全てが女性客によって埋められており、数少ない男性客は皆カップルのようだ。おまけに店員も全員女性なので、居心地が悪いことこの上ない。
 待ち合わせであることを伝え、依頼人――高宮幸子に指定された窓際の一番奥の席に向かう。すると、そこにはすでに待ち人の姿があった。
 物鬱げに窓の外を眺めている黒髪の女性。クリーム色のカーディガンを羽織り、黒のタイトスカートといった出で立ちは落ち着いた――というよりもやや寂れた印象を受ける。黒の長髪からは艶やかさが失せ、肌も心なしか青白い。一目見ただけで疲弊しているのが分かった。
(彼女が、高宮幸子……)
 謎が多い依頼人とはいえ、今後上客になってもらえる可能性はゼロではない。服装に関してはわざとだが、必要以上に悪印象を与える必要もない。響矢は襟を正し、依頼人の元へと向かった。
「どうも。人材派遣会社レイジ・フェロウ・ヒビキの者です。高宮幸子さんでお間違いないですか?」
 前に立った響矢が尋ねると、気付いた女性が振り向く。
 すると、答えが帰ってくる前に見る見るうちに女性の顔が明るくなり、
「響矢君! よかった、来てくれたのね!」
 いきなり抱きつかれた。
「な!? え、ちょっと!?」
 予想外の反応に頭の中で組み立てていた会話のシミュレートが崩れ、響矢は困惑する。胸のあたりに押しつけられた柔らかな感触を意識した途端、顔が熱くなった。
 どうすればいいか混乱する中、ふと窓の外に視線を向けると、電柱の陰からこちらを監視している犬子と目があった。殺意に満ちた視線が容赦なく向けられていたので、見なかったことにする。
 やがて、店内からの視線が痛々しくなってきた頃、ようやく女性が響矢から離れ、
「ご、ごめんなさい! 響矢君なら来てくれるって信じてたけど、実際に姿を見たらついうれしくなっちゃって……」
 恥ずかしさを誤魔化すように両手を振った女性――高宮幸子は、「とりあえず座って」と促してくる。未だ思考が回復しない響矢は、言われるがまま対面に座る。
 幸子はコホンと咳払いをして場を仕切り直してから、切り出す。
「こうしてここに来てくれたってことは、わたしの依頼を引き受けてくれるってことでいいのかな?」
「それは詳細を確認してからになるんですが……その前にひとつ訊きたいんですけど」
「何?」
「俺、あなたと面識ありましたっけ?」
 相当に失礼な質問だとは自覚していたが、心当たりがないのだからしょうがない。幸子はどうやら自分のことを知っているようだが、いくら過去を掘り返してみても幸子のような女性と会った記憶はない。
 響矢の問いを受け、幸子は驚いたような表情を見せたが、
「そっか。随分昔のことだし、わたしもあの頃とは変わっちゃったから忘れててもしょうがないのかな。けど、ちょっとショックかも」
「す、すいません」
「ふふ。冗談だよ」
 本気で頭を下げる響矢に、幸子は悪戯っぽく笑ってみせる。
「長附(ながつき)財閥って覚えてる?」
「はい。確か、数年前に経営する銀行が大量の不良債権を抱えて倒産し、そのまま没落したと……」
 上凪財閥とはほとんど親交がなかったが、財閥間のパーティで何度か姿を見かけた記憶がある――
「――ってまさか。あなた、もしかして……」
「当たり。わたしは元長附財閥の長女、長附幸子。今は両親が離婚して母方の姓になっちゃったけどね」
 覚えている。響矢が財閥間のパーティに出席した回数は多くないが、その中で長附財閥の令嬢と言葉を交わしたことがあった。短いやり取りだったため鮮明には思い出せないが、響矢には確かにその記憶がある。
「だから俺の本名を知ってたんですか……けど、よく分かりましたね。俺がレイジ・フェロウ・ヒビキの代表だってこと」
「まだ長附財閥が健在だった頃、風の噂で聞いたのを思い出して。名前も顔も知らない人に頼むくらいなら、響矢君にお願いした方が絶対いいと思ったの」
「そう、ですか……」
 どうやら幸子のほうは響矢に絶大な信頼を寄せているようだが、たった一度会っただけでここまで懇意になるだろうか。響矢が他に思い出せるのは長附財閥の令嬢が年上であったことくらいで、黒髪だったかどうかも判然としない。
(それとも、俺が忘れてるだけで、何か重大なイベントがあったのか……?)
 犬子に言ったら「ギャルゲーじゃあるまいし!」と一蹴されそうな可能性だ。