にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-20

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「……気に食わないわね」
 屋敷中の人間を味方につけ、圧倒的な優位に立ちながらも、本性を現した長附幸子は不服そうだった。
「……何が?」
「あなたのその涼しい顔よ。場慣れしてるとでも言いたいわけ? 生きるか死ぬかの瀬戸際なんだから、もっと切羽詰まった……いいえ。もっと絶望してくれないと面白くないじゃない。じゃないと、わざわざ手間をかけてあなたを表舞台に引っ張り出した意味がないわ」
「……さいですか。こう見えても、小便ちびりそうなくらいビビってるんですがね」
 本当のことだ。次の瞬間には引き金が引かれ死ぬかもしれないといった極限状態に置かれ、すでに精神が麻痺しかけている。傍に誰もいないことが、これほど心細いとは思ってもいなかった。
 同じように囚われの身となってしまった城里蘭は、観念したのか俯いて黙ったままだ。
 思えば、上凪響矢は今まで自分1人の力だけで何かを為したことはなかった。それは自分でも分かっており、だからこそこの状況を覆す方法を探す気にもなれない。
 それでも、響矢の中には、助かる可能性を信じる気持ちも少なからずあった。
「もしかして、あのちんちくりんなメイドが助けに来てくれることを期待してるの? だとしたら残念だったわね。あの子も、今頃はウチの連中に捕まってるはずよ。一部の変態嗜好のオッサン共にはウケそうな体してたから、生け捕りにできたらそっちに売るつもり。でもしつこく抵抗する場合は殺してもいいって言ってあるから、一足先にあの世に行ってるかもね」
「…………」
「信じられない? なら、連絡してみましょうか」
 嘲るように言った幸子は、傍にいた部下に無線機のようなものを持ってこさせると、相手――犬子を捕えに行った部隊だろう――に応答を促す。
「もしもし? わたしよ。状況を報告しなさい」
 返事はすぐに来たらしい。響矢の位置からでは、相手の声が女性のものということくらいしか分からなかった。
「敵対者を撃退し、こちらに向かっています、ね。ご苦労。結局あの子は殺しちゃったの? ……そう。一応生きてるのね。なら、こっちに連れてきなさい。ご主人様の前で辱めてやるから」
 幸子の口角が、ニヤリといやらしく釣り上がる。それ見たことかと言わんばかりだ。
「気が変わったわ。まだ生かしておいてあげる。これから響矢君の部下を使って面白いショーをやろうと思うの。自殺したくなるくらい絶望するやつを、ね」
 無線機を片手に、幸子は心底楽しみで仕方がないといったように笑う。
 それを見ても、響矢は何とも思わなかった。
「響矢君が助かる可能性は万に一つもない。散々苦しい思いをして、最後には死ぬの。果たして、どこまでそんな風に平静を保っていられるかしら?」
「……たぶん、『本当に』そんな状況になったら、俺は1秒も持たずに発狂すると思います。けど、今日この場ではそれはありえない」
「……何ですって?」
 笑顔を消した幸子が、苛立ちを顕わにする。それを無視して、響矢は続けた。
「俺は特別な力なんて何も持ってない。金持ちの家に生まれた、幸せなガキんちょだ。だから暴力には弱いし、銃を突きつけられたら、大人しく降参するしかない」
 自分は、物語の主人公にはなれない。そんなもの面倒くさいだけだし、なりたいとも思わない。
「だけど、俺の仲間は違う」
 だから、響矢は主人公をふさわしい舞台に引っ張り上げる役を選んだ。持てる力を、正しく、気持ちよく振るえるようにするために。
「例え絶体絶命のピンチに陥ろうと、俺以外の誰かが何とかしてくれる。俺はそう信じてる」
「……カッコつけてるとこ悪いけど、要は他力本願ってことでしょ? ダサ。男として恥ずかしくないのかしら? 昔の響矢君は、もう少し見所があったと思うのだけれど」
「他力本願上等! 俺の夢は、何もせずにだらだら生きることだからな! 財閥の跡取りも、上凪財閥の息子として働くのも面倒くさくてやってられねえ! だから俺は家を出たんだ!」
 半ばヤケクソ気味に叫んだが、嘘は言っていない。今日この場に来たのも、将来楽をするための先行投資だ。誰かが自分の代わりに苦労を引き受けてくれるなら、喜んでそれに乗っかる。自分の面倒を肩代わりしてくれる人材を集めるために、レイジ・フェロウ・ヒビキ――怠け者の響きは誕生したのだから。
 呆れて肩を落とした幸子が、再び銃口を響矢に向ける――

「――それ、四十万さんが聞いたら大いに嘆きますよ!」

 女性の叫び声と共に、ドゴォン! とコンクリートが粉砕される轟音が響き渡る。何事かと思い広間にいたほぼ全員が天井を見上げると、吊るされていた豪奢なシャンデリアが、天井を形成していたはずのコンクリートの塊と共に落下してくるところだった。
「落ちてくるぞ! 逃げろ!」
 誰かがそう叫んだ瞬間、広間にいた人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
「なっ……! ちょっとあんたたち! 待ちなさい!」
 驚きながらも周囲に制止を促した幸子だったが、パニックに陥った烏合の衆には届くはずもない。
(チャンスだ! この混乱に乗じて逃げ出すとするぜ!)
 誰かが発砲してくるかもしれないという恐怖は感じたが、千載一遇の好機を逃すわけにはいかない。響矢が震える脚に活を入れて、走り出そうとすると。
 ドガシャアアアアアアアン! と、目の前にシャンデリアが落ちてきた。
 あと数センチ前に出ていれば下敷きになっていた事実を確認し、響矢の体が固まる。
「……ま、アタシはそんな若様のスタイルが好きですけどね」
 壊れたシャンデリアの上には、見知った人影があった。
「……お、おま! おままままま! お前この野郎犬子! もうちょっとで死ぬことだったじゃねえか!」
「あれ? 信じて待ってるって言ってたから、その場から動かないと思ってたんですけどね。それよりも、せっかくアタシが助けに来てあげたんだから、もっと喜んでくれていいんですよ?」
「バカ野郎! お前はもう少しでご主人様をぺしゃんこにするとこだったんだぞ! もっと責任を感じろ!」
「えー? ピンチに駆けつけるヒーローは、やっぱド派手に登場しないとと思って工夫してみたんですけど、お気に召しませんでしたか?」
「お気に召すわけねえだろ! もっと普通に助けに来い!」
「ちぇー」
 不満そうに口を尖らせたメイド――犬童犬子は、ひらりと軽やかな動作でシャンデリアから降り、響矢の隣に立つ。それだけで、今まで張りつめていた緊張の糸が、ふっと緩むのが分かった。
「……方法はどうあれ、助けに来てくれたことには感謝してる。サンキュな」
 照れくさくなり、顔を背けながら響矢が言うと、
「……にへへ。そういう素直なところ、アタシは大好きですよ」
「なっ……!」
 いつもの冗談っぽい口調ではなく、甘い声で囁かれた告白に、響矢は頬が熱くなるのを感じた。