にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-5

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 響矢は、夢の中でPCのディスプレイを眺めていた。
 夢だと分かるのは、自分が着たこともないアジアンテイスト漂う民族衣装を纏っており、純金で作られた豪奢な椅子に腰かけ、美女たちを侍らせているからだ。大きな葉っぱを団扇代わりにして仰がせ、琴のような楽器からは幻想的な音楽が奏でられている。
 まさに異国の王といった様相だが、自分がやっているのは現代的なデザインのPC画面を見つめているだけ。だが、その点に関しては何の違和感も覚えなかった。
 画面には、自分の銀行口座の残高が表示されている。その数字は、1秒ごとに着実に増えていっている。それを見て、響矢は満足気な笑みを浮かべた。他人が自分のために金を稼いだ結果が表示されているからだ。
 自分が動かずとも、遊んで暮らせるだけの金が生まれていく。それは、まさに響矢の理想だった。全ての面倒事から解放された、理想の世界――

「若! 起床の時間です!」

「……んあ?」
 厳格な雰囲気を纏わせる男の声によって、夢の世界は一瞬にして崩れ去った。
 うっすらと目を開けると、すぐ近くにヤクザの顔面があった。起きるどころかこのまま永眠することになってしまいそうな状況だが、響矢にとってヤクザ丸出しの人間に起こされるのは日常茶飯事だ。響矢は呑気によだれの跡をこすって消したあと、のろのろと体を起こす。
「おはようございます。若」
「……おはよう、一郎。今何時だ?」
「午前7時ちょうどになります」
「マジかよ。すごい早起きじゃんか……せめて9時までは寝かせてくれてもいいのに」
「常日頃から申し上げておりますが、私としては若にもっと規則正しい生活を送っていただきたいのです。いくら時間に自由の効く仕事をしていようと、不規則な生活を続けていれば心身ともに乱れが生じます。その乱れから生まれた小さなミスが、やがて自身を滅ぼすことになる大きな凶事に繋がるのです」
「……んな、大袈裟な」
 響矢は笑って流そうとするが、ベッドの傍に立ったヤクザ――四十万一郎は、真面目な表情を崩さない。冗談で言ったわけではなさそうだ。
 冷や汗を流しながら、響矢は伸びをして凝り固まった筋肉をほぐす。昨夜……正確には今日の明け方までだがデスクワークという名のオンラインゲームに熱中し、長時間同じ姿勢でいたせいで腰や腕、背中が痛い。
「朝食の準備ができております。支度が整いましたら、リビングまでお越しくださいませ」
 軽く頭を下げた一郎は、背を向けて扉のドアノブを掴む。
「それと……」
 ドアノブをひねる前に、ちらりと視線をベッドの脇に向けた。
「気が向いたらで構いませんので、そこで熟睡している駄メイドを起こしておいてください」
 「少し甘やかすとすぐこれだ……」と嘆きながら、一郎は部屋を出ていった。
 ベッドの脇を覗きこんでみる。そこには、薄いタオルケットにくるまり、布団の上で寝ているメイドの姿があった。
 響矢はベッドから降りると、屈みこんでメイドの体を揺すってみる。
「おい、犬子。朝だぞ起きろ」
「……う~んう~ん、アタシのHPMPはまだ全快してませんよ~ぅ……こんな状態じゃボスは倒せません~」
「起きてるんだか寝てるんだか判断に困る寝言だな」
 もぞもぞと身じろぎするメイド――犬童犬子を、今度はもっと激しく揺すってみる。
「起きろ犬子。朝飯食いっぱぐれるぞ」
「……ありゃ、若様。もしかして寝込みを襲いに来てくれたんですか? アタシ的にはいつでもウェルカムですからオールオッケーですよん。若様もようやくスレンダー美人の魅力に目覚めてくれたんですね。わざわざ同じ部屋で寝た甲斐がありました」
「んなわけあるかっ! とっとと起きろ!」
 バサァ! とタオルケットをはぎ取ると、犬子は「きゃん!」と妙な声を上げて布団の上を転がる。
「ちぇー、若様は下ネタへの耐性がなさすぎですよ」
「お前は下ネタ大歓迎な男が好みなのか?」
「まっさか。下品な男は嫌いです。初な反応をしてくれる男の子をからかうのがいいんじゃないですか」
「……それ聞くと、もうちょい大人のジョークを勉強するべきかと悩むな」
 と、会話を続けながら2人は起き上がる。犬子は敷かれた布団を片付け、響矢はクローゼットからシャツとスラックスを取り出す。
 部屋は十畳ほどの広さで、本棚やPCデスク、液晶テレビに各種ゲーム機と物が多いが、綺麗に整頓されており散らかった印象は受けない。犬子が畳んだ布団は、一時的に部屋の隅のスペースに積まれていた。あとで自分の部屋に持っていくのだろう。犬子は響矢と一緒になって明け方まで同じゲームをプレイしていたので、いつ寝落ちしてもいいようにこの部屋に布団を敷いていたのだ。
「片付け終わったか? 着替えるから出ていってくれ」
「あら。別にアタシのことはお気になさらず。どうぞアタシの前で生着替えを披露してくださいな」
「……一郎を呼ぶぞ」
「出て行きます! 出て行きますからちょっと待ってください!」
 一郎の名前を出されて急に慌て始める犬子。
「……すごい今さらだけど、お前っていつもメイド服だよな。他の服着たいとか思わないの?」
 犬童犬子という女性と一緒に暮らし始めてから結構経つが、メイド服以外の姿で出歩いているのを見たことがない。食事をするときもメイド服、寝るときもメイド服だ。
「違うコスチュームをご希望ですか? 若様のリクエストなら、どんな服でも着ますけど。寝るときは過激なランジェリーがお好みですか?」
「そういうことじゃなくてだな……」
 また話を逸らそうとする犬子に頭を抱えそうになっていると、不意に彼女の表情が真剣味を帯びた。
「アタシは若様の護衛役兼お世話係です。それを自分に言い聞かせるために、この制服は必須なのです」
「……主人に起こされるお世話係がどこにいるんだ」
 思わず突っ込んでしまうが、犬子の「過去」を思うと、少し感傷に浸ってしまう。
 「へへへ」とにやけた犬子は、先にリビングに行っていると言い残して出て行った。
「……俺もさっさと着替えて行くか」
 まだ眠気は残っているが、さすがにベッドに戻る気分ではなくなってしまった。
 気持ちを切り替えて、1日を始めるとしよう。