にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-6

「……2人とも、よくもまあ朝っぱらからそんなもの食べられますね」
 食卓についた犬子が、げんなりとしながら言う。こんがりと焼かれたトーストをぼそぼそとかじっているが、食べるペースは明らかに遅い。
「若の仕事は頭脳労働が多いからな。糖分はしっかり補給しなければならない」
「そういうこと」
 一郎の言葉に頷きながら、響矢は皿に盛りつけられたショートケーキをフォークで切り分け、口に運ぶ。濃厚な生クリームの甘さが口いっぱいに広がり、残っていた眠気が吹き飛んでいくのを感じる。スポンジのあいだに挟まったイチゴのソースはやや酸味が強いが、それはしつこく感じてしまうクリームの甘さを中和するためだ。やはり、ケーキショップ「キューキュー」のショートケーキは絶品だ。朝食にはもってこいである。
「…………」
 一旦口の中をリセットするために牛乳を流し込む響矢をジト目で眺めてから、犬子は一郎の前に広がった食事に視線を移し、気持ち悪そうに口を押さえた。
 炊きたての白米が盛られた茶碗に、鮭の切り身の塩焼き、豆腐とわかめの味噌汁、ほうれんそうのおひたしと、シンプルながらも健康的な和のメニューだ。ご飯やみそ汁から漂ってくる温かな香りや、鮭の切り身の焼き目を見ているだけで食欲がそそられそうなものだが……
「ふむ。もう少しかけるか」
 一郎は傍らに置いてあった卵と油によって生成された調味料がたっぷり詰まった容器を手に取ると、迷うことなくご飯の上にマヨネーズを投下する。すでに全ての料理にたっぷりとマヨネーズがかかっており、和のテイストをことごとく破壊し尽くしていた。この朝食を喜んで食べるのは、生粋のマヨラー以外はいないだろう。
「……いつも思うんですけど、四十万さんアタシがマヨネーズ嫌いなの知っててわざとやってません? このマヨネーズキチガイ略してマヨキチ野郎が」
「若と同じく、俺にとってこの食事が一日の原動力になっているんだ。文句があるならエセメイドから卒業して、全員分の朝食を用意してみせろ」
「……アタシが作ったって結局マヨネーズぶちまけるんでしょうが。ま、作りませんけど」
 響矢たちの食事は、基本的に一郎が作ることになっている。栄養バランスよりも各自の好みを優先してくれるため、響矢は朝から美味なショートケーキに酔いしれることができるのだ。
 ちなみに、響矢の世話役を自称している犬子の料理は一度も食べたことがない。というか、まともなものが作れるかどうかも怪しいところだ。
 結局犬子は男2人の食事が終わるまでぐちぐちと文句を垂れていたが、全く取り合ってもらえず最後のほうは半分くらい拗ねていた。
「若。こちらが今日分の案件になります。確認をお願いできますか」
 一息ついたところで、食器の片付けを終えた一郎が書類の束を持ってくる。束、といっても大した量はなく、せいぜい4、5枚といったところだろう。
「サンキュ。何か変わったことは?」
「新規の依頼が一件。これについては後ほど」
 目立ったトラブルがなかったことにホッとしつつ、響矢は書類の確認を始める。
 響矢が「若」と呼ばれているのは、彼がヤクザの跡取り――だからではなく、会社の社長だからだ。
 人材派遣会社「レイジ・フェロウ・ヒビキ」。3年前――響矢が16歳のときに一から立ち上げた会社だ。きっかけは、面倒くさがりだった彼が「自分が動かなくても金が稼げるようなシステムを作りたい」と常々思っていたことだ。有名財閥の三男として生まれた響矢は家庭教師による英才教育を受けており、マネージメントに関する知識も一通りは持っていた。必ず実績を残すことを約束に父親から経営に必要な資金を借り、専属の家庭教師――その筋ではやり手として有名だったらしい――からアドバイスを受けつつ、すでに護衛役として行動を共にしていた犬子や一郎、他数名のスタッフと共に「レイジ・フェロウ・ヒビキ」は誕生した。
 当初は幅広い依頼を受け付ける、いわゆる何でも屋と変わりなかったが、一郎や犬子経緯で届く依頼を引き受けているうちに、いつの間にか裏の世界における有用な人材を派遣する立ち位置に落ち着いてしまった。また、裏社会で切り捨てられた人や行き場をなくした人たちを積極的に雇用していることも、立ち位置を決める大きな要因となっていた。
 まっとうな人材派遣会社を営むよりは遥かに危険な橋を渡ることになってしまったが、競争相手の少なさもあり経営は上向きに。父親から借りた資金の返済も終え、実績を残したことで、響矢は相応の発言力と自由を勝ち取った。裏社会との結びつきを公にしないことを前提に、だが。
 ある時、元いた組織を追われレイジ・フェロウ・ヒビキに入社することになった男に「どうして危険を冒してまで自分のような人間を拾うのか」と訊かれたことがある。

「だって、才能ある人間がそれを生かせないまま潰れるのは勿体ないだろ?」

 それぞれが持つ才能を一番生かせる場所に配置する――それが響矢のやり方だった。
 犬子や一郎を護衛役に勧誘したときもそうだった。任務に失敗して響矢を人質に取り逃げようとした殺し屋、犬童犬子。人情を重んじ過ぎたせいで罠にはめられ、組を追われたヤクザ、四十万一郎。どちらも「人を守る」才能に長けていると感じた。だから勧誘したのだ。その判断は、今でも間違っていなかったと思っている。