にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

デュエルモンスターズ CrossCode ep-8th プロローグ-15

「なんで<エネアード>を出さなかったの?」
 表彰式が終わり、準優勝者に送られたショップオリジナルのカードパックを手に戻ってきたクロガネに、多栄は開口一番にそう告げた。
「気付かなかったとは言わせないわよ。あの状況なら<エネアード>を出すことが最善だって<聖刻>を使ったことがある人間なら誰でも分かる。どうして?」
「…………」
「クロガネは、あたしみたいに強くなりたいから……デュエルに勝ちたいからあたしに弟子入りしたんだよね? なのに、どうしてあたしの教えたことを守らずに勝手なことをしたの?」
 問い詰めずにはいられなかった。クロガネが堅実な手よりもロマンを求めてしまう癖があるのは分かっていたがこういった負けたら終わりの大舞台では自重してくれると信じていた。事実、決勝戦までは多栄の教えた通りに<聖刻>を回し、苦もせず勝っていたのだ。
「デュエルは、勝つためにやるもの。それは正しいって言ってくれたじゃない」
 楽しさを優先することを否定するわけではない。けれど、このショップ大会では何よりも勝利が求められるはずだった。<聖刻神龍-エネアード>をエクシーズ召喚していれば、優勝の座を掴めたはずなのに。
「答えて。クロガネ」
 多栄の鋭利な言葉をクロガネは黙って聞いていたが、その視線は終始前を向いていた。
「……僕は、多栄さんのように――竜王のように強くなりたいです。竜王の強さは、僕が求めるそれだと思ったから弟子入りを志願しました」
「なら――」
「けど、竜王のコピーになりたいわけじゃないんです。失礼を承知で言います。僕は、僕だけの強さを手に入れたい。<ストロング・ウィンド・ドラゴン>を召喚したのは、そのためです」
 それが自分の信念だと言わんばかりに、クロガネは力強い声で宣言する。
「なに……それ……」
 要は、竜王の真似をすることが嫌だったから違うプレイングをしてみたということなのか? そんなことで勝ちを逃すとは、愚の骨頂だ。
 昨日から引きずっていた心のもやもやが苛立ちを助長し、生意気にも刃向ってきた弟子に多栄は叫んでしまう。
「それで負けてちゃ意味ないじゃない! クロガネはあたしの弟子でしょ!? なら、師匠であるあたしの言うことを素直に聞いていれば――」
「よすんだ。多栄」
 不意に肩が掴まれる。見れば、いつの間に傍に立っていたのか、辛そうに眉根を寄せた真琴の姿があった。
「真琴……」
「応援しに来たことは秘密にしたまま帰るつもりだったんだが、そうもいかなくなってね。またもや出過ぎた真似かもしれないが、仲裁に入らせてもらった。一時の感情に身を任せて、後悔したくはないだろう?」
 真琴が現れたことによって出鼻をくじかれた多栄は、吐き出しそうになっていた言葉を呑みこむ。
「……どうやら最後のターンのプレイングで揉めていたようだが、私が見る限りではクロガネ君の手は決して悪いものではなかったと思う」
「な……」
 何を言っているの? と怒鳴りたいのを懸命にこらえる。真琴はクロガネをかばうためだけにこんなことを言う人間ではない。
「伏せカードが<ミラーフォース>であることを知っていたのは、伏せた本人だけ。<天罰>のような効果の発動を防ぎ、破壊するカードである可能性もあったわけだ。伏せカードが読めないなら、<ストロング・ウィンド・ドラゴン>を出そうが<エネアード>を出そうが、相手のライフを削りきれるのに変わりはないよ。結果を見れば<エネアード>を出すことが正解だったかもしれないが、それはあの時点で判断できることじゃない。だから、クロガネ君を一方的に責めるのは止したほうがいい」

<天罰>
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

「それは……けど……」
 あの場面、相手は攻撃力が2倍になった<H-C エクスカリバー>が戦闘で突破されるとは思っておらず、効果で破壊されることを恐れていただろう。それを踏まえれば、攻撃反応型の<聖なるバリア―ミラーフォース―>ではなく、真琴の言った<天罰>のような効果無効系のカードが伏せられていた可能性が高かった。もし多栄がクロガネの立場だったら、そう考えたはずだ。
 ゆえに、真琴の正論に言い返すことができない。
「今回は失敗したが、師である君が想定しなかった勝ち筋を見出したということは、一種の成長と言えるんじゃないかな?」
 多栄の肩に置いた手の力を緩めながら、真琴はクロガネへと視線を向ける。小柄な少年は師匠を気遣うような表情を見せてから、それでも意を決したように背筋を伸ばす。
「……ここまで親切に付き合ってくれた多栄さんには申し訳ありませんが、僕は自分の信じる道を曲げるつもりはありません。竜王になるのではなく、竜王と互角に戦えるほどの強さを手に入れたい。そのためにも――」
「――ダメよ。そんなの認めない」
 クロガネの言葉を遮るように、多栄は腹の底から低い声を出した。
「<聖刻>を使うなら……デュエルに勝ちたいならあたしの言うことに従って。他のやり方なんて考えなくていい。だって、あたしは竜王なんだよ? あたしが一番<聖刻>を上手く使えるんだよ?」
「多栄……?」
「クロガネ、デッキを貸して。あたしが組み直すから」
「多栄! 落ち着くんだ!」
「あたしは落ち着いてる!!」
 周囲の人間が振り返るほどの声量で叫ぶ。真琴の手を振り払い、呆然としているクロガネに近づく。一刻も早く、あのデッキから<ストロング・ウィンド・ドラゴン>などという不純物を取り除かなければならない。
 裏切られた気分だった。クロガネも真琴も、多栄にデュエルを教わったくせに、ある程度デッキを回せるようになると、急に手の平を返して自分を批判する。恩を仇で返してくる。そう思うと、腹が立って仕方がなかった。
「ほら! 早く貸して!」
 周囲の視線を集めるのもお構いなしに、多栄はクロガネの腰に提げられたデッキホルダーに手を伸ばす。すると、クロガネは身を翻してそれを避けた。
「――それはできません。これはもう、僕のデッキですから。借りているカードもありますから、返せというなら返します。けど、勝手に組み替えられるのは承知できません」
「どうしてよ? あたしが組んだほうが、絶対強くなるのに!」
「多栄さんが組んでしまったら、それはもう僕のデッキじゃない。多栄さんのデッキです。それじゃ今はよくても、最後はダメなんです」
「意味が分からないよ。いいから貸して!」
「いい加減にしないか!」
 パシン、と。軽快な音が鳴り、頬にじんわりと痛みが走った。赤くなった頬をさすって、ようやく自分が叩かれたということを認識できた。
 叩いた張本人である真琴は、悲痛な面持ちのまま、平手打ちを繰り出した右手を左手で包み込むように押さえている。
「多栄。友人として言わせてもらうよ。君は他の人の強さを認めるべきだ。<聖刻>だって、人それぞれの戦術が存在する。君の強さが全てじゃないんだ」
 一言一言を吐き出す度に真琴は苦しそうに顔を歪めるが、度重なるショックのせいで呆然としていた多栄はそれに気付くことができない。
「……もう一度言う。君のデュエルは独りよがりすぎる。デュエルは、相手がいてこそ成立するものだ。相手の強さを認められないようでは……いくら勝ちを積み重ねても空しいだけだよ」
 理解できなかった。勝つためにデュエルをしているのに、空しさなんて感じるはずがない。いつでも冷静沈着で、的確な助言をくれた真琴の言葉なのに、ちっとも心に響かなかった。
「多栄さん……」
 瞳を潤ませたクロガネが、叩かれた頬をいたわるように手を差し伸べてくる。
 多栄は、それを払いのけた。
「……破門よ」
 驚いているクロガネに向けて、感情のままに吐き捨てる。
「師匠の言うことを聞けない弟子なんて、破門よ!」