にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

デュエルモンスターズ CrossCode ep-8th プロローグ-11

「ぐ~すぴ~……まもる……むにゃむにゃ」
 リビングのソファで熟睡しているクロガネを見ていると、不思議と心が安らいだ。
 眠気を我慢していたのか緊張の糸が切れたからか、夕食を食べている最中に舟を漕ぎ始めたクロガネは、風呂にも入らずにそのまま寝てしまった。多栄がかけたタオルケットにくるまりながら体を丸めて寝ているクロガネは、本当に子犬のようだった。
(……お風呂は明日の朝入るように言えばいいか)
 客であるクロガネを先に入らせてから自分が入るつもりだったのだが、こんなに気持ちよさそうに寝ているのにわざわざ起こすこともあるまい。
 風呂に入る準備をしようと多栄は首から提げていたペンダントを外そうとして、ふと思いとどまる。
(……一応つけておいたほうがいいかな)
 このペンダントは生木院家特製の一品であり、多栄の身を守るための「セーフティ」のひとつである。ペンダントの中には特殊なセンサーが仕込まれており、多栄が親指で触れることで本家のセキュリティに異常を知らせる警報が届き、護衛部隊が出動する手はずになっている。他にも、ネックレスを無理矢理引きちぎったり、ペンダントが破壊されるなど、警報が発信される手段は多々存在し、多栄の身に危険が及ぶ様々なパターンを想定してある。
 まさかクロガネが浴室に乗り込んでくるような不届き者だとは思わないが、万が一の場合は考えておくべきだ。
(そうだ。お風呂入る前に四十万(しじま)さんに電話しておこう)
 四十万とは、多栄が小学生の頃に護衛を務めてくれていた初老の男性だ。竜王の正体が多栄であることを知っており、正体を隠すために色々協力してもらっている。
 多栄はクロガネを起こさないよう慎重に携帯電話を手に取り、浴室に移動し扉を閉めてから、四十万に電話をかける。
「あ、もしもし四十万さん。忙しいところごめんなさい。ちょっと調べてもらいたいことがあるんだけど……」
 電話口から優しい声で承諾が返ってきて、多栄はホッと胸をなで下ろす。
「実は、今あたしのところに家出中の男の子が泊まってて。理由は後で説明する。名前はクロガネっていってね――」

◆◆◆

 クロガネが弟子入りしてから一週間が経った。
 多栄の指導のおかげか、はたまた元々センスがあったのか――プレイングだけでなくデッキ構築も大分まともになったクロガネは、竜王である多栄をもってして油断していると足元を掬われかねないほどにまで成長した。
 もっとも、大事な場面で「カッコよく決めたい」とロマンが溢れ過ぎて失敗してしまう癖は直っていないが。
 ともあれ、クロガネの成長度合いを計るために、多栄は日曜日に近所のカードショップで開かれる大会への参加を申し込ませていた。夢ノ司学園からも遠くない場所にあるので誰かに見られてはまずいと利用したことはなかったが、参加申し込みをしてきたクロガネ曰くいい雰囲気のお店だったらしい。あまり大きな店ではないので予選はテーブルでのデュエルになるが、決勝戦だけは店がデュエルディスクを貸し出してくれるそうだ。立体映像があるとないのではデュエルの内容が同じでも迫力が段違いのため、観客も盛り上がるしクロガネ自身のテンションも上がるだろう。
「いい? 出るからには優勝以外ありえないわ。全力で勝ちに行きなさい」
「はい!」
 気合の入った返事を聞いたのが今朝のこと。大会前日である土曜日の今日は午前中だけで授業が終わるため早く帰って最後の調整に付き合わないと――
「――随分焦って帰り支度をするんだね、多栄」
 そう言われて、初めて自分が焦っていることに気がついた。
「ま、真琴」
「最近はご帰宅が早いようだけど、何かあったのかい?」
「それは……」
 扉への進路を塞ぐように立つ真琴の声は静かだったが、明確な答えを聞くまでは帰すつもりはないという意志の強さが込められていた。多栄が物怖じしてしまうくらいに。
 クロガネの師匠になったこと、そして、現在進行形でクロガネと一緒に暮らしていることは、とてもじゃないが真琴には話せなかった。そのせいで今まで以上に真琴に対する態度が余所余所しくなってしまい、彼女はそれを不審がっていた。休日を挟んでしまうと有耶無耶にされてしまうと思ったのか、ここで問い詰めることにしたようだ。
「え、えーとね、実は最近再放送してるドラマが面白くて……レコーダーの調子が悪くて録画できないから、いつも早く帰って生で見てたんだ」
「へえ、それは興味深いな。なんてタイトルのドラマなんだい?」
「え?」
「私も見てみたいから、タイトルを教えてほしい」
「う、うーんと、確かね……『俺の弟がこんなにかわいくて無防備でたまらなくて本能のままに襲ってしまいたい』だったかな」
「……誤魔化すのなら、もう少しマシな嘘を吐いてくれよ」
 ため息を吐いた真琴は、机に寄りかかりながら両腕を組む。その姿は、高校生探偵なんて言葉を連想してしまうほど様になっていた。
「……一週間前、私と多栄の前に現れた少年。クロガネ君、だったかな。彼と一緒に近所のスーパーで買い物している君の姿が目撃されているんだが、これはどういうことだい?」
「……っ!」
 さすがに無警戒すぎた。クロガネには緊急の場合を除いて家から出ないよう厳命してあるが、自分が一緒なら大丈夫と安易に考えて外出してしまっていた。生木院家のほうには四十万が手を回してくれているので大丈夫だと思うが、まさかよりにもよって真琴に知られてしまうとは……
 一週間の生活の中で、クロガネとのあいだにやましいことがあったわけではない。ただデュエルを教えて、一緒にご飯を食べて――
(……一緒にお風呂に入ったんだっけ)
 クロガネは大の風呂嫌いで、1人で入らせるとカラスの行水のほうがマシなくらい短時間で出てきてしまうため、多栄が一緒に入って背中を流してあげたのだ。もちろん自分はタオルを巻いていたし、エッチなハプニングが起こったりはしていない。クロガネの白くて小さな背中を見ていて、悶々としたのは事実だが。
(クロガネがピアスいっぱい付けてるのを知ったのもその時だっけ。真面目な子だったから、まさか開けてるとは思わなくてびっくりしたな)
 普段は長い髪に隠れてしまっているため、両耳にピアスを付けているのに気付かなかったのだ。本人曰く、「兄の真似をしただけです」とのこと。ちなみに、今はお兄さんとは離れて暮らしているらしい。
「――なるほど。とても楽しい同棲生活を送ってるみたいだね」
「はっ! ち、ちがうの! これはその……」
「言わなくていい。君の表情が全てを物語っているよ」
 指摘され、緩み切った頬を慌てて押さえる。同時に、顔が火を噴きそうなほど熱くなった。真琴はそれを複雑な表情で眺めながら、再度口を開いた。
「水を差すようで悪いが、子供とはいえ見ず知らずの異性を家に泊めているというのは、あまり感心しないな。私が言えたことではないが……君は生木院家の娘だ。いらぬ誤解を招くような行動は控えた方がいい」
「それは分かってるけど……」
「……それと、ずっと気になっていたことがある。クロガネ君が言った『竜王』という言葉。私なりに調べてみたんだが、もしかして多栄は――」
「半場せんぱーい。先生が呼んでますけどー」
 場の空気を全く読まない呑気な声が響く。声がしたほうに振り向いてみれば、教室の後ろの扉から顔をのぞかせた後輩が、真琴を呼んでいる。
「ああ。ちょっと待ってくれ。今――」
「先生待たせると悪いから早く行ったほうがいいよ! あたしも帰るね!」
「あっ! 多栄!」
 真琴の意識が逸れたタイミングを見計らって、多栄は教室の前方のドアから脱出するべく、強引に駆け出した。真琴がその狙いに気付いた時にはすでに遅く、多栄はスカートがひらめくのもお構いなしに、下駄箱へ向かって走っていた。