にわかオタクの雑記帳

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デュエルモンスターズ CrossCode ep-8th プロローグ-5

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 やってしまった。
 生木院多栄は、生涯最大級の後悔に襲われていた。
 冷静に考えれば、あの場はシラを切ればよかったのだ。そうすれば駆けつけたガードマンがクロガネを追い出したはずだし、真琴へは「何のことか分からない」と知らないふりを通せば、それ以上の追及はなかっただろう。もしクロガネが諦めずに学外で接触した時は、そこで改めて問いただせばいい。あの場から慌てて逃げ出すということは、「クロガネ君の言ったことは本当です!」と証明しているようなものだ。
 しかも、誰にも話を聞かれないようにとクロガネを連れてきた場所が――
「うわぁ~……ここがお師匠様のお家なんですね」
 よりにもよって自宅を選んでしまった。赤の他人に自宅の場所が割れるということが、夢ノ司学園に通う「本物の」お嬢様である生木院多栄にとってどれほど危険なことかは分かっているつもりだ。分かっているのに、気が動転してここに駆けこんでしまった。
 多栄の自宅は、夢ノ司学園からほど近い場所にある高層マンションの一室だ。キッチンがカウンターで仕切られたリビングダイニングのほかに、6畳の寝室がある。ユニットバスは足を伸ばしてもまだゆとりがあるほど大きく、トイレも広々としている。
 17歳の高校生が一人で暮らすにはいささか豪華すぎる部屋だが、彼女が江戸時代から続く由緒正しき家系「生木院家」の娘だと聞けば、納得する人間は多い。江戸屈指の大商人として知られた生木院家の力は、時が流れた現在ではやや衰えたものの、経営する銀行を通して多くの企業に融資を行うなど未だ根強い影響力を持つ。
 そんな名家の次女として生まれた多栄は、幼いころから家の庇護下で何の不安も抱かずに育った。長男である兄が跡取りになることはすでに規定事項であり、自分も将来は生木院家を存続させるための歯車になることは理解していたが――その前に、家から離れて色々な物事を自分の目で見てみたいと思った。これは中学時代に知り合った半場真琴の影響もある。
 両親からも「見識を広げ、深めるのはいいことだ」と承諾され、夢ノ司学園に通うことをきっかけに一人暮らしを始めた。学園には地方からの生徒を受け入れるために学生寮が用意されていたが、「セキュリティに不安が残る」という父親が近くの高層マンションに部屋を用意してしまった。学生寮での生活に憧れはあったが、一人暮らしを許してくれた両親にこれ以上わがままを言うわけにはいかないと、父が用意した部屋での生活を始めた。
 父の見立て通りセキュリティは頑丈なのだが、自分から不審者を招いていては本末転倒である。
 心中で父に謝りながら、多栄は靴を脱いで部屋に上がった。興味を抑えきれないと感じで瞳を輝かせながらも、律義に玄関で待っているクロガネを見て、元気のいい子犬を連想してしまった。そのイメージを頭の外へ追い出し部屋に上がるように促す。
「うわぁー! ドラゴンがいっぱいですね!」
 入学当初は週2回くらいのペースで本家のメイドが掃除をしてくれていたのだが、一人暮らしを続けるうちに一通りの家事はこなせるようになったため、断ってしまった。滅多に人を招くこともないので、リビングダイニングは多栄の趣味――デフォルメされたぬいぐるみから、細部にまでこだわったリアルな造形のフィギュアなど、ドラゴンのグッズで溢れていた。ぬいぐるみはともかく、ギョロリと目をむきながら草食獣と思われる獣の肉を食い千切っているフィギュアなどは、とてもお嬢様の部屋にあるものとは思えない。
 さすがに手を触れることはしないものの、至近距離で食い入るように見ているクロガネ。多栄は呆れながらため息を漏らし、愛用のソファに腰を下ろした。
 放っておくと何時間でもグッズ観賞を続けていそうなクロガネを、テーブルを挟んだ対面の椅子に座らせてから多栄は話を切り出した。
「……それで? あたしの弟子になりたいというのは、何かの間違いじゃないのかな?」
「いいえ。嘘偽りましてや間違いなどありえません。僕はあなたのデュエルを見て、この人の下で強くなりたいと思ったんです――竜王さん」
「……はぁ。なんであたしが竜王だって分かったの?」
 ここまで来てしらばっくれても仕方がない。多栄は、ずっと気になっていた問いを投げた。
 生木院多栄が仮面のデュエリスト竜王である事実は、ごく限られた人間しか知らないはずであり、親友である真琴にも秘密にしていることだ。軽々しく口を割るような人間には正体を明かしていない。
「尾行したからです」
「……本気で言ってる?」
 警察への通報を本気で考える。さりげなく座る位置をずらし、すぐに備えつけの電話に手が届くよう構えた。
「正確に言うならば、匂いを辿りました」
「へぁっ!? あたしってそんなに臭う!?」
 クロガネの発言に仰天した多栄は、急いで自分の体の匂いを嗅ぐ。これでも外見には結構気を使っている方なのだが、もしや今まではみんな臭うのを我慢して気付かないフリをしていてくれたのだろうか――
 多栄のリアクションにクロガネも慌てたようで、
「あ、違います! そういう意味じゃないんです!」
 両手を千切れるくらいブンブン振りまわし、必死に否定した。
「匂いって言っても、体臭とかじゃなくて……何て言えばいいのかな。僕にだけ分かる匂い……そう、言いかえるならその人特有の気配みたいなものですね。普通の尾行はすぐに撒かれてしまったので、会場に残っていた微かな気配を辿りました。時間はかかりましたけど」
「あ、そ、そうなの……」
 自分の体臭がきつい疑惑から解放されてとりあえずは一安心だが、「気配を辿る」なんて芸当ができるのも信じがたい話だ。漫画やアニメの話ならともかく、実際にそんなことができるのだろうか。
「それに、竜王さんはいい匂いがします」
「へっ? ……あっ、えっ!?」
 最初は何を言われたのか分からず惚けた声を出してしまったが、意味を理解した途端急激に顔が熱くなる。相手が相手なら「この変態!」と蹴り飛ばしてもおかしくないセリフだが、邪気のないクロガネの笑顔を前にすると毒気を抜かれてしまう。
(そういえば、この子いくつくらいなんだろう)
 背の低さと幼い顔立ちのせいで妙に子供っぽく見えるが、言葉遣いは丁寧でハキハキとしており、1人で夢ノ司学園に乗り込むだけの行動力もある。かと思えばドラゴンのグッズに目を輝かせているし、年齢が分かり辛い。年下なのは確実だろうが。
「そうだ。僕からも1つ訊いてもいいですか?」
 それを問う前に、クロガネからの質問が来た。コホンと咳払いをして仕切り直した多栄は、「いいよ」と頷く。
竜王さんの本当の名前は、ショウキインタエさん、っていうんですよね」
「そうよ。多いに栄えるで多栄って読むの」
「多栄さんは、どうして仮面を被って『竜王』って名乗ってデュエルをしてるんですか? やっぱりカッコいいからですか?」
「あー……」
 言い淀む多栄。竜王の正体を知れば当然抱く疑問であるが、事情を話すことには少し抵抗がある。こうして家に上げてしまったが、クロガネがどうして自分に弟子入りを志願してきたのかはまだ不明なのだ。
(……けど、理由を話すくらいはいいか)
 多栄が竜王としてデュエルをしているのは個人的な事情からで、知られてどうこうなるものではない。そう思ったので、かいつまんで事情を話すことにした。