にわかオタクの雑記帳

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デュエルモンスターズ CrossCode ep-8th プロローグ-4

 少年……いや、少女かもしれない。判別がつきにくい中性的な顔立ちと、腰まで届くほど伸びた黒髪が性別を曖昧にしている。ひと房だけ雪のように真っ白な髪があるのが印象的だった。
 身長は低い。おそらく150cmにも満たないのではないだろうか。白を基調とした服を着ているが、腕や腰など至る所に黒のベルトが巻かれている奇抜なデザインで、正直な感想を言うならあまり似合っていない。半そでのシャツに短パンといった子供っぽい服装のほうが似合うと思った。
「……ほぇ?」
 隣の多栄が間抜けな声を出す。突然現れた子供に、理解が追いついていないのだろう。混乱したのは真琴も同じだったが、多栄の反応を見ることでいくらか冷静になれた。
「……君、名前は?」
「クロガネといいます! 鉄と書いてクロガネです!」
「クロガネ君か。ここがどういう場所か分かっているかい?」
「学問を修めるための施設だと推測していましたが……もしや間違っていましたか!?」
「いや、それは正しい。正しいんだが、君はこの学校に通う生徒ではないよね?」
「はい」
「なら、君がこの場にいることは規律に違反している。ここは関係者以外立ち入り禁止だからね」
 真琴の指摘に、クロガネと名乗った子供はハッと目を見開く。どうやら事態を認識したらしい。
「では、ここの関係者になりたいのですが! どうすればいいのでしょうか?」
「…………」
 認識はしたが、事態を終息させる気はないらしい。クロガネの顔は至って真面目で、とても冗談を言っている雰囲気ではない。
「こ、この学校に入学したいならまず試験を受けないと……」
「試験ですか! 望むところです! これでもそれなりの修羅場はくぐり抜けていますから! いかように厳しい試験なれど、必ずや突破してみせます!」
「……多栄。その答えはちょっとずれてるよ。あとクロガネ君も真面目に答えないで」
 そうこうしているうちに、他の生徒たちもクロガネの存在に気付いたようだ。「先生呼んできたほうがよくない?」「警備の人のほうが……」などといった声がちらほら聞こえてくる。
 学区内唯一の女子校であり、お嬢様学校として有名な夢ノ司学園は、近隣の男子生徒からは秘密の花園として扱われているらしく、覗きや盗撮などよからぬことを目論んだ侵入者が後を絶たない。設立当初は開かれた校風を売りにしていたところもあったが、現在では学園の敷地は高い柵で覆われ、全ての出入り口と外部から侵入できそうなところに監視カメラが設置されている。生徒のプライバシーをできるだけ侵害しないようにと学内にカメラは設置されておらず、一度侵入してしまえば行動は容易――に思えるが、世界的な大企業とも契約している警備会社からガードマンを派遣してもらっているため、それも叶わない。
 そう考えると、クロガネはどうやってここに入ってきたのか疑問が残るわけだが――騒ぎを聞きつけた教員やガードマンがやってくるのは時間の問題だろう。相手は子供なので、なるべく穏便に事を済ませたかったが、ここは大人から厳重に注意してもらったほうがいいのかもしれない。
「そもそも、君は何をしにここに来たんだい? 私と多栄に用があったみたいだが」
 だが、ここで追い出されてハイさよならというのも後味が悪い。多栄の反応を見るに彼女の知り合いではないようだし、もちろん真琴にも見覚えはない。危険を承知――はしていなかっただろうが、わざわざ学内まで乗り込んできたクロガネの目的には興味があった。
「タエさん、ですか? ううん……いや、でも人違いってことはないはず」
 不思議そうに首をかしげたクロガネは、ブツブツと独り言をこぼす。そして、多栄のほうに向きなおってから、はっきりと宣言した。

「僕は、あなたにお願いがあって来ました! 竜王さん、僕を弟子にしてください!」

「…………は?」
 今度は真琴が間抜けな声を出す番だった。クロガネは真摯さを伝えるためか、口を真一文字に結び、ビシッと背筋を伸ばしてから腰を直角に折り曲げて、お手本のようなお辞儀をする。
「ちょ、ちょっと待ってくれクロガネ君。私の聞き間違いじゃなければ、君は今、彼女のことを『竜王』と呼ばなかったかい?」
 自ら口にすることで、「竜王」という単語の仰々しさを改めて認識する。こんな単語は、ゲームや漫画といったフィクションの世界か、将棋のタイトル戦でしか聞いたことがない。
「はい。この方が竜王さんで間違いありません!」
「……いやいや。完全に誰かと勘違いしているだろう。彼女の名前は生木院多栄。『竜王』なんて呼ばれる世界とは無縁の存在――」
 真琴がそこまで言いかけたときだった。
 ガシッ! と。
 突然、多栄がクロガネの両肩を鷲掴みにする。見れば、その体は震え、顔は熟れたリンゴのように真っ赤になっていた。
「真琴」
 多栄とは中学時代からの付き合いだが、こんなに鬼気迫る声色で名前を呼ばれたのは初めてだった。
「あたし、急にお腹が痛くなってきた。今日は早退するから、先生に上手く言い訳しておいてもらえる?」
「あ、ああ……」
「それじゃ、クロガネとか言ったわね。ちょっとこっち来なさい」
「了解しましたお師匠様!」
「勝手に師匠にすんなっ!」
 多栄はクロガネ少年の頭に手を回してがっちりホールドすると、そのまま校門に向かってずるずると引きずって行った。
 呆然とそれを見送ってしまった真琴に残されたのは、入れ違いで駆けつけた警備員を納得させるために、適当な言い訳を考えることだった。