にわかオタクの雑記帳

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デュエルモンスターズ CrossCode ep-8th プロローグ-26

「待って……待ってよ!」
 めまぐるしく展開する目の前の出来事に翻弄されていた多栄だったが、ここでようやく制止の声を上げることができた。
「帰るって……いくらなんでも急すぎるよ! そんなの……」
 クロガネは言っていた。まだ多栄に教わりたいことがあると。
 多栄も同じだ。クロガネには、訊きたいことがたくさんある。言いたいことがたくさんある。やりたいことがたくさんある。
 何よりも――
「あたしはまだ……クロガネにちゃんと謝ってないのに!」
 頼りにされることを望んでいたのに、自分の勝手な思い込みで突き放してしまった。それを謝って、もう一度師弟の関係を――いや、ちゃんと友達になりたいのに。
 多栄の悲痛な叫びを聞いた真琴が、意を決したように口を開く。
「多栄の言う通りだ。クロガネ君……せめてもう少しだけでもここにいることはできないのか?」
「それは……」
「不可能です。事態は一刻を争いますから。それに、彼の帰還はもう始まっています。今さら止めることはできません」
 言い淀んだクロガネの代わりに、白いローブの男が答えた。彼が語った内容はいまいちよく分からなかったが、クロガネは本当に別の世界の人間であり、ここで別れれば二度と会うことはできないであろうことは察した。
「……ごめんなさい。多栄さん」
 頭を下げるクロガネの体が、消えていく。
「――ダメ。許さない」
「え?」
「そんな顔したまま消えるなんて、許さない!」
 反射的に、多栄はデュエルディスクを抱きかかえたまま、クロガネの手を掴んでいた。
 想定外の行動だったのだろう。真琴も、白いローブの男もそれに反応できず、呆気に取られていた。
(だって――クロガネ、今にも泣きだしそうなんだもの)
 無理矢理飼い主から引き離される忠犬のようなクロガネの姿を見ては、このまま黙って見送るなんてことはできない。
 何とかしてこちらに引き止めようと、後先考えずにクロガネの手を掴んだ多栄だったが、
「多栄! すぐに手を離すんだ!」
「真琴!?」
「君まで消えているぞ!」
 見れば、真琴の言う通り、多栄の体もクロガネと同じように、足から消え始めている。しかも速度が速く、5秒もすれば完全に消えてしまいそうなペースだ。
(でも――)
 手を離せば、この現象は止まるのだろう。それは同時に、クロガネとの永遠の別れを意味する。
「多栄さん――!」
 驚きに目を見開くクロガネが、多栄の名前を呼ぶ。
 多栄は、クロガネの手を強く握りしめた。
 彼が手を離せと言わないのなら――
(クロガネはあたしを必要としてくれてる。だから、手は離さない!)
「多栄っ!!」
 真琴の叫び声を最後に、多栄の意識は再び闇の中に落ちた。

◆◆◆

「う、ううん……」
「多栄さん。気が付きましたか?」
「ここは……」
 多栄が目を覚ましたのは、またしてもベンチの上だった。先程と違うのは、傍らに座っていたクロガネが、膝枕をしてくれていたことだ。
 妙に気恥ずかしくなるが、視界に飛び込んできた光景に、膝枕の余韻に浸る間もなく体を起こす。
 空が遠い。広がるのは雲に覆われた曇天ではなく、澄みきった青空だ。塩気を含んだ海風が、多栄の肌を撫でた。
 どうやらここは港近くに設置された簡易休憩所のようだ。クロガネと多栄以外の人影は見えないが、少し離れたところで船から積み荷を下ろしているのだろうか、野太い男たちの喧騒が響いてくる。
「クロガネ……あの橋は……」
 まず目に入ったのが、海をまたぐように架けられた巨大な橋だ。似たような建造物は本やネットで見たことはあるが、現物を目にするのは初めてだったし、多栄の住む街にこんな大規模な橋はなかった。
「あの橋はネオダイダロスブリッジっていうんです。シティと旧サテライト地区を結ぶ、自由の象徴だと言われています」
「ねおだいだろすぶりっじ? シティ? サテライト?」
 クロガネの口から聞き慣れない単語がいくつも飛びだし、思わず困惑する。
 それを見たクロガネは、悲しさと後悔が混じったような複雑な表情を浮かべると、息を整えてから告げた。
「ここは、僕――奏儀クロガネの生まれた街……ネオ童実野シティです。多栄さんは、別の世界に来てしまったんです」

◆◆◆

「ぐうっ……奏儀ィ……! テメエだけはッ……!」
「俺への恨みは一流だが、肝心の実力が伴ってないんじゃな。つまんなかったよ、お前」
 胸に刺さった純白の刃が引き抜かれる。鮮血が飛び散り、白髪の少年の服を汚したが、刃に付着した赤は軽く振るっただけで綺麗に吹き飛んだ。
 男がアスファルトの地面に倒れる。胸の傷から溢れ出た血が、地面に流れた。
「チッ、退屈しのぎにもなりゃしねえ」
 苛立ちをぶつけるように白髪の少年は倒れた男を蹴飛ばすが、男はピクリとも動かない。すでに絶命した証拠だった。この程度の相手に時間を浪費したかと思うと、怒りを通り越して空しさがこみあげてくる。
 ふと三日月の浮かんだ夜空を見上げた瞬間、背後に気配を感じた。
「――――ッ!」
 即座に振り向くと、それに驚いた黒猫がびくりと毛を逆立て、一目散に逃げ出して行った。首輪はしていなかったので、おそらく野良猫だろう。
 白髪の少年は、手にしていた刀を夜空に向かって無造作に放り投げる。

「……早く俺を殺しに来いよ。クロ」

 少年――奏儀白斗の呟きは、誰の耳にも届くことはなく、虚空に消えた。