にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-4

 苦痛を表に出さないようこらえながら、研里は低い声で第二幕への挑戦状を叩きつける。
 が、犬子はそれに取り合わなかった。
「残念ですけど、今度のチェックメイトは揺るぎません。積んでいますよ、アナタ」
「……なんだと?」
「これ、見えます?」
 そう言って、犬子は左手を掲げてみせる。先程、コード<パワーストーン>で<魔力カウンター>を補充したのは右手だ。何も握っていない左手を見せて、どうしようというのか。
「…………ッ!!」
 研里は一瞬で犬子の意図に気付く。確かに左手には何も握っていないが、指先から<魔力カウンター>を操るための糸が伸びている。それは、研里の頭上に向かっており――
「く、そ……ッ!」
「――コード<SC・ストーン>から<SC・ボム>に書き換え完了。取らせてもらいますよ、キングを!」
 犬子の左手から伸びた糸は、最初に<ギガンテック・ファイター>が弾き飛ばし、研里の傍にある街灯にめり込んだ球体へと繋がっていた。
 爆発。衝撃。
 破壊された街灯の破片が、研里に向かって落下してくる。中には鋭利な刃物のように尖ったガラス片もあり、ここに留まるのは危険だ。
「チッ……<ギガンテック・ファイター>!」
 言うことをきかない左足を、これほど恨めしく思ったことはない。サイコパワーの消費により疲弊していた研里は無理な回避を諦め、具現化した<ギガンテック・ファイター>に破片を防御してもらうという手段をとった。
「……回避するにしろ防御するにしろ、街灯の破片が降り注げばそこに隙が生まれます」
 頭上に気を取られた研里は、いつの間にか犬子の姿を見失っていた。
 そして、気付いたときには彼女の声がすぐ近くから聞こえてくる。
「言ったでしょう? チェックメイトだって」
 背後に回られた――研里が振り向くより先に、後頭部に衝撃が走る。
 <魔力カウンター>で殴られたのだ。そう思った瞬間、研里の意識は強制的に闇に引きずり込まれていく。

「なかなか手強かったですよ、アナタ。アタシたちと一緒に働いてみません? 興味があったら『レイジ・フェロウ・ヒビキ』で検索してみてください。あ、ここに名刺置いておきますね」

 研里が最後に聞いたのは、場違いな宣伝文句だった。

◆◆◆

「さて。ケースを持って逃げたヤツを追わないとですね」
 研里が意識を失ったことを確認したあと、犬子は仕切り直しと言わんばかりに手の平をパンパンと叩く。
 いざ、追跡を再開しようと男が逃げていった方向に視線を向けると、そこには別の男が立っていた。
 縦じまの入ったスーツに、真っ赤なネクタイ。黒の短髪に子供が見たら泣きそうなほど強面な顔。閉じられた右目には縦一文字に大きな刀傷が刻まれており、一目で「そっちの人間」だと分かる風貌の男だった。そして、男は犬子が回収を命じられたアタッシュケースを手に持っている。
「うえ、何でここにいるんですか。四十万さん」
 犬子が露骨に嫌そうな素振りを見せるのにも構わず、男――四十万一郎(しじまいちろう)は持っていたアタッシュケースを差し出してくる。
「逃げた男と組織の増援はこっちで抑えておいた。俺はまだ後始末が残ってるから、こいつを依頼人に届けておいてくれ」
「……えーと。四十万さん」
「何だ?」
「もしかして怒ってます?」
「どうしてそう思う?」
「だって、アタシがケースを回収し損ねたせいで、四十万さんたちに余計な手間をかけさせちゃったみたいだし……」
 両手の人差し指の先っぽをつんつんと突き合わせながら、視線を逸らす犬子。
 一郎は深いため息を吐くと、犬子にアタッシュケースを強引に押し付ける。
「元々、お前には陽動目的で暴れてもらう手筈になってたんだよ。連中が運んでいたケースが、本物だとは限らなかったわけだしな。苦労して回収したのに中身が空でした、では目も当てられない。お前が暴れまわれば、危険を察知した組織が取引を中止してブツをアジトに持ち帰ろうとするだろう。そこを俺たちで回収する予定だった。蓋を開けてみれば組織の行動が素直すぎて、お前1人でもケースを回収できそうな状況になってしまったがな。研里吾郎を雇っていたのは計算外だったが、場数を踏んでない経験不足の連中を相手にするのは容易い」
はえ~……そうだったんですか」
「……作戦前に該当書類にはきちんと目を通しておけ。口頭での説明は省略してしまったが、事前に渡した資料には全部書いてあることだぞ」
「すみません。長い文章を読んでると眠くなっちゃうもので」
「この前、辞書のような分厚い本を読んでたな。あれは何だ?」
「ゲームの攻略本です」
「…………」
 これ以上は付き合っていられないと言わんばかりに、一郎は首を振る。
 とりあえず、自分の不始末を叱りに来たわけではないようだ。犬子はホッと安堵の息を漏らす。
「……まあ、お前1人で任務をこなせていたならそれに越したことはなかったんだがな。責めるわけではないが、どうも最近のお前は手を抜き過ぎているところがある。任務に対する姿勢は、昔の自分を見習ったらどうだ?」
 言いながら、一郎はくるりと背を向ける。返事を聞くつもりはないようだった。
「昔の自分、ですか」
 押しつけられたアタッシュケースをギュッと抱きしめながら、犬子は誰に向けてでもなく呟く。

「改めて思いますよ。殺さないようにするのって、とても難しいことなんですね」