にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

DM CrossCode ep-2nd プロローグ-1

「くそっ……何なんだ……何なんだよアイツは!」
 愚痴りながらも、男は懸命に足を動かす。背後から迫る「敵」から逃げるために。
 抱きかかえた銀色のアタッシュケースには、今夜行われるはずだった取引の材料が収められていた。何百枚にも及ぶデュエルモンスターズのカード……その全てが、高額で取引されているレアカードだった。すでに生産が終了してしまった絶版品や、大会で優秀な成績を収めた者しか手にできないカードもあり、アタッシュケースは煌びやかな宝石を詰め込んだものと同等の価値を有していた。
 ただし、それはカードが全て「本物」の場合の話だ。
(相手にカードの偽造がバレたのか……? いや、そんなはずはない。今夜の取引相手は、カードが偽造品であることを分かっていてもそれを欲しがる連中……それくらい切羽詰まった連中だったはずだ。ウチに喧嘩を売るとどうなるかくらいは承知しているだろうし、何よりあんな『奥の手』を隠しているなら、わざわざ取引に応じる必要はねえ)
 偽造したレアカードが詰まったアタッシュケースを抱えながら、男は必死に考える。背後から迫る敵は、一体誰が――どの組織が送り込んだ刺客なのかを。
 そのせいで、男は足元に転がっていた空き缶に気付かなかった。
「あっ!」
 グシャッ! とアルミを踏みつぶした感触が足裏に伝わったときにはもう遅い。普段だったらそのまま走り続けていただろうが、極度の緊張が男の脚に思っていた以上の疲労を生んでおり、踏ん張りが効かずに体勢を崩してしまう。コンクリートの地面に倒れ込んだ男の腕から、アタッシュケースが転がり落ちた。
「し、しまった!」
 くるくると回転しながら地面を滑るアタッシュケース。急いで立ち上がった男は、それを回収しようと手を伸ばすがそれより先にアタッシュケースを上から押さえつけて動きを止める者が現れた。
「あ、ああ……」
 男が口をパクパクと動かす。アタッシュケースを押さえつけているのは、樫の木で作られた杖だ。表面を塗装していない、簡素な作りのものだった。
「……安心しな。俺は味方だ。アンタのボスに雇われて来た。ここは俺に任せて、とっととズラかれ」
 そう言って、杖の主はアタッシュケースを蹴り飛ばす。足元に転がってきたそれを拾い上げた男は、街灯の明かりの下に立つ「味方」の姿を見る。
 スキンヘッドの頭に、痩せこけた頬。ゆったりとしたコートを着ているが、その下にある体は病的なまでに細いだろう。左足が小刻みに震えており、それを引きずるようにして歩いている。杖は歩行のための補助用具のようだ。
 とても裏世界の荒事に首を突っ込むような人物には見えなかったが、深くくぼんだ眼窩の中で鋭く光る眼光は、生ぬるい表舞台にいては放てないものだった。
「あんた……研里吾郎、か?」
 そして、男には心当たりがあった。シティとサテライトが分かたれていた頃は、とある地区で悪名を轟かせていたサイコデュエリスト。しかし、シティとサテライトが統合されて間もなく、大怪我を負って一時は再起不能に。その怪我のおかげでより強いサイコパワーを手にし、裏社会にカムバックを果たした男――研里吾郎。昔はモヒカンと筋肉がトレードマークだったようだが、今はまるで別人のようになってしまっている。
「……俺の正体なんてどうでもいいことだろう。いいからさっさと行け」
「す、すまねえ」
 男は研里に向かって頭を下げると、脇を通り抜けて走り去ろうとする。

「あー……何か面倒くさいことになってるっぽいですねぇ……」

 その前に気の抜けた声が響き渡り、思わず足を止めてしまった。
「う~ん、ちょっと手を抜き過ぎましたか。偽造カードの回収なんて楽な仕事だと思ってたんですけど、まさか標的に逃げられちゃうとは。けど、これでチェックメイトです。ケースは渡してもらいますよ」
 現れたのは、またしても場にそぐわない奇妙な恰好をした人物だった。
 服装自体が奇抜なのではない。黒のワンピースにフリルがあしらわれた白のエプロンドレス。動きやすさを重視するためかスカートは短めで、すらりと伸びた脚は黒のストッキングに覆われている。言うならば、コスプレ感丸出しのメイドがそこに立っていた。
 カチューシャを着けた薄桃色の髪は肩のあたりで切り揃えられ、やや内向きに流れている。半目になっている三白眼は、今宵の獲物を見つけた蛇を連想させた。絶世の美女というわけではないが、どこか男を惹きつける妖しい魅力を持った女性。
 それが、男を追跡している「敵」だった。
「さ~て。じゃ、さっさと片付けちゃいますか。帰ってネトゲやりたいですしね。今日のうちにブレイダーのスキルレベルMAXまで上げたいな~」
 まるで友達と一緒に家に帰るような気軽さで、メイドは一歩を踏み出す。
 そして、「ふんふんふ~ん♪」と音程が外れた鼻歌を口ずさみ始めた。リズムを刻んでいた腕の動きは徐々に躍動感を増し、いつの間にかオーケストラを指揮するような振り方になっていく。
「あ……あれだ……」
 それを見て、男の足が震える。疲労ではなく、恐怖のせいで、だ。
「アイツがあんな感じにふざけた動きを始めた途端、仲間がバタバタと倒れていって……何なんだよアレは! 呪いの言葉でも唱えてんのかよ!」
 反撃する間もなく倒れていく仲間たちの姿が脳裏に蘇り、男は声を荒げる。
「――黙れ。黙って落ち着け。そんで、濁った目玉引ん剥いてよく見ろ」
 静かな苛立ちを顕わにした研里は、視線をメイドから外さないまま告げる。
 言われるがまま、男は街灯に照らされた道を歩くメイドを凝視する。しかし、ノリノリな様子で鼻歌を口ずさみながら腕を振っていること以上の情報が得られない。
「ダメだ。さっぱり――」
 分からない、と言い終える前に、研里が男の肩を強く引いた。両者の位置が入れ替わり、研里が背中に男をかばうような体勢になる。
「<ギガンテック・ファイター>ッ!」
 研里が叫ぶと同時、パワードスーツを纏った巨人が「具現化」する。
 戦士族のシンクロモンスターである<ギガンテック・ファイター>を、サイコデュエリストである研里が現実世界に干渉できるような状態で召喚したのだ。

ギガンテック・ファイター>
シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/戦士族/攻2800/守1000
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードの攻撃力は、
お互いの墓地の戦士族モンスターの数×100ポイントアップする。
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分または相手の墓地の戦士族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚できる。

「――見えてるんだよクソが!」
 研里が指差したのは、自分の真横――側頭部を狙う位置だった。<ギガンテック・ファイター>が、指差した空間を殴りつける。
 ビキィ! と、何かがひび割れる音が響く。
「な……」
 その時点で、男もようやく理解する。
 <ギガンテック・ファイター>の拳が捉えたのは、メイドが放った攻撃――直径15cmほどの球体だった。エメラルドのような透き通った緑をたたえた球体には、正三角形の紋章が刻まれている。戦士の拳によってひび割れた球体は、そのまま崩れ霧散する。
「ありゃりゃ気付かれちゃいましたか。ライン取りは慎重にやったつもりなんですけど」
 攻撃を防がれたメイドは、まるでこうなるのが分かっていたように軽い調子を崩さない。
「……鼻歌も指揮者の真似事も、視線を誘導するためのパフォーマンスに過ぎねえ。自分自身に注目を集めておいて、視界の外……意識の外から球体をぶち込む。それがあいつのやり方らしいな」
 メイドを睨む研里の眼光が鋭さを増す。
「じゃあ、あいつもサイコデュエリスト……」
「違うな。お前、さっきの緑色の球体に見覚えがあるか?」
「い、いや……」
「あれは<魔力カウンター>だ。デュエルモンスターズのカードの中には、<魔力カウンター>に関する効果を持つ連中がいる。ただし、アイツはその効果を具現化してるわけじゃない」
「それなら、どうやってあんな攻撃を……?」
「俺は知ってるぜ。お前、術式使いだろ?」
 研里から投げられた問いに、メイドはニヤリと口元を釣り上げる。

「……一応名乗っておきましょうか。アタシは犬童犬子(いんどういぬこ)。術式<ロード・オブ・マジシャン>の使い手ですよん」