リミット・シェル・ブレイク-7【ヴァンガードオリジナル小説】
◆◆◆
それから一週間が過ぎた。白神高校が進学校だったため授業に関しては問題なくついていけるし、新しいクラスにも馴染んできた。一緒に行動する面子も大体固まってきた感じだし……別のクラスの娘だが、ちょっと可愛いなって思う女子もいた。
……けど、ホムラのほうが可愛かったかな。
アキラともよく話すが、あれからヴァンガードのことには一切触れていない。特別な決め事をしたわけではないのだが、何となく口に出すのが躊躇われる。それは、アキラも同じようだった。
「……よし」
その日の放課後、俺はカードショップ、サウザンド・ハンドに足を運んでいた。ホムラに負けてから、前を通り過ぎることさえ避けていたこの店に来たのは、彼女にリベンジをするため――ではない。
……けど、ホムラのほうが可愛かったかな。
アキラともよく話すが、あれからヴァンガードのことには一切触れていない。特別な決め事をしたわけではないのだが、何となく口に出すのが躊躇われる。それは、アキラも同じようだった。
「……よし」
その日の放課後、俺はカードショップ、サウザンド・ハンドに足を運んでいた。ホムラに負けてから、前を通り過ぎることさえ避けていたこの店に来たのは、彼女にリベンジをするため――ではない。
ヴァンガードを、やめるためだ。
自動ドアをくぐり、窮屈さを感じる店内へ。学校帰りの学生たちで賑わっていそうな時間帯だったが、店内は前回と同じく閑散としていた。とはいえ、全く同じというわけではなく、ショーケースの前に小学校高学年くらいの男の子2人組がしゃがみこみ、中のカードをじっと眺めている。
俺はレジへと視線を移すが、そこにいるはずの店員の姿は見えない。
……困ったな。店員がいないと、カードの買い取りがしてもらえない。
俺がこの店に来たのは、ヴァンガードをやめるため。そのためには、カードを手放すのが一番手っ取り早いと考えたのだ。別に売り払う必要はないのだが、押し入れの奥に封印しておくなんて未練が残りそうで嫌だし、カードを譲れるような親しいファイターはいない。もしアキラがヴァンガードを続けていたら、彼に譲っただろうが。
俺の『かげろう』デッキには、高額なレアカードも入っている。まとめて売れば、ある程度の金額にはなるだろう。その金を使って、新しい趣味を始めるのもいいかもしれない。
「店長ならいないわよ。娘さんが熱を出したとかで、慌てて出ていったわ」
とりあえず店員が現れるまで待とうと、サプライ品を物色するフリをしながら突っ立っていると、声をかけられた。
「……店長、結婚してたのか」
「奥さんすごい綺麗な人よ。あの店長には勿体ないくらい」
「ふふ」と笑いながら俺の傍らに立ったのは、ホムラだった。
「もう来ないと思ってたわ」
「……俺も来ないつもりだったんだけどな。ちょっと用事があって」
涼やかな微笑を浮かべるホムラは、相変わらず短いスカートに黒のニーソックスを穿いていた。どこぞの48人いるアイドルグループ御用達な派手な制服を着ているが、どこの高校に通っているのだろう? 俺が安名市に戻ってきてから、この制服を着ている人間はホムラ以外に見たことがない。
「店長ならしばらく戻ってこないと思うわよ。出直したら?」
「いや、駅前のカードショップに行ってみるよ。カードを売ろうと思っただけだからな」
「あらそう。新しいデッキを組むための軍資金作りかしら? それとも『かげろう』デッキの補強?」
「どっちも外れだ。ヴァンガード引退するから、持ってるレアカードをまとめて売っちまう。<ジエンド>とか<バリィ>とか、まだ買い取り高いだろ」
想像していたよりも簡単に、「引退」の二文字を口にできたことに、俺自身がびっくりしていた。
「……そう。やめちゃうんだ、ヴァンガード」
「ああ」
うつむき、悲しげに眼を伏せるホムラに対して、俺ははっきりと引退を肯定する。お前も――ホムラとのファイトも引退を決意させる大きな要因になったことは、さすがに言えなかった。
「そんじゃ、俺は行くぜ。じゃあな」
いたたまれない空気から逃げるように背を向け、俺はサウザンド・ハンドを後にしようとする。
俺はレジへと視線を移すが、そこにいるはずの店員の姿は見えない。
……困ったな。店員がいないと、カードの買い取りがしてもらえない。
俺がこの店に来たのは、ヴァンガードをやめるため。そのためには、カードを手放すのが一番手っ取り早いと考えたのだ。別に売り払う必要はないのだが、押し入れの奥に封印しておくなんて未練が残りそうで嫌だし、カードを譲れるような親しいファイターはいない。もしアキラがヴァンガードを続けていたら、彼に譲っただろうが。
俺の『かげろう』デッキには、高額なレアカードも入っている。まとめて売れば、ある程度の金額にはなるだろう。その金を使って、新しい趣味を始めるのもいいかもしれない。
「店長ならいないわよ。娘さんが熱を出したとかで、慌てて出ていったわ」
とりあえず店員が現れるまで待とうと、サプライ品を物色するフリをしながら突っ立っていると、声をかけられた。
「……店長、結婚してたのか」
「奥さんすごい綺麗な人よ。あの店長には勿体ないくらい」
「ふふ」と笑いながら俺の傍らに立ったのは、ホムラだった。
「もう来ないと思ってたわ」
「……俺も来ないつもりだったんだけどな。ちょっと用事があって」
涼やかな微笑を浮かべるホムラは、相変わらず短いスカートに黒のニーソックスを穿いていた。どこぞの48人いるアイドルグループ御用達な派手な制服を着ているが、どこの高校に通っているのだろう? 俺が安名市に戻ってきてから、この制服を着ている人間はホムラ以外に見たことがない。
「店長ならしばらく戻ってこないと思うわよ。出直したら?」
「いや、駅前のカードショップに行ってみるよ。カードを売ろうと思っただけだからな」
「あらそう。新しいデッキを組むための軍資金作りかしら? それとも『かげろう』デッキの補強?」
「どっちも外れだ。ヴァンガード引退するから、持ってるレアカードをまとめて売っちまう。<ジエンド>とか<バリィ>とか、まだ買い取り高いだろ」
想像していたよりも簡単に、「引退」の二文字を口にできたことに、俺自身がびっくりしていた。
「……そう。やめちゃうんだ、ヴァンガード」
「ああ」
うつむき、悲しげに眼を伏せるホムラに対して、俺ははっきりと引退を肯定する。お前も――ホムラとのファイトも引退を決意させる大きな要因になったことは、さすがに言えなかった。
「そんじゃ、俺は行くぜ。じゃあな」
いたたまれない空気から逃げるように背を向け、俺はサウザンド・ハンドを後にしようとする。
「――待って」
今度は、呼び止められた。
「あたしと、ファイトしてよ」
「……人の話聞いてたか? 俺はもうヴァンガード引退するんだよ」
「まだ、してないよね。だから、これが最後だと思って、ね?」
……そんなこと言って、また俺をボコボコにしたいだけなんだろう?
そう思ったが、以前のような余裕に満ち溢れた態度ではなく、まるで今生の別れを惜しむかのようなしおらしい態度で、上目づかいに俺を見上げてくるホムラ。
「お願い」
こういうとき、女は卑怯だと思う。
そんな風にお願いされると、断ろうとしている俺がすごい極悪人に見えちゃうじゃないか。
だが、ここでホイホイと相手のペースに乗っかるわけにはいかない。
「悪いけど、デッキ持ってきてないんだ。ファイトはできない」
断るための方便に聞こえるような台詞だが、本当のことだ。昨夜のうちに全てのデッキを解体し、今日は値が付きそうなカードしか持ってきていない。
「それなら、これ貸してあげるわ」
すると、いきなりレジの裏に回り込んだホムラは、後ろに置かれた棚から慣れた手つきで商品を取りだし、差し出してくる。
トライアルデッキ「銀狼の爪撃」。
アニメの主人公が新たに使っているクラン『ゴールドパラディン』のカードを収録したデッキだ。パッケージを飾るのは、<大いなる銀狼 ガルモール>。
「勝手に持ち出していいのかよ。犯罪だろ」
「あとでちゃんとお金払っておくから大丈夫。元々買おうと思ってたものだから。それに、店員いないときはあたしが店番やっていいってことになってるし」
「……なんだそりゃ」
「これでファイトするデッキはできたわね。さ、早く始めましょ」
「おい待て。トライアルデッキそのまま使えって言うのか?」
「うん」
あっさりと頷くホムラ。
「……もちろん、アンタもトライアルデッキ使うんだよな?」
「そんなわけないじゃない。あたしは<ブレイジングフレア>を使うわよ」
さすがに冗談だと思いたかったが、ホムラの真顔を見る限り、どうやら本当のようだ。
ヴァンガードは他のTCGと比べて、運の比重が大きい。構築済みとは言いつつも、必要なパーツが不足気味なトライアルデッキ。構成を全くいじらなくても、稀に勝てることはあるが……
いや、勝つ必要なんてないんだ。
ホムラの要求は、彼女とヴァンガードファイトすること。負けて何かを失うわけでも無し、使うデッキなんて別に何でもいいんじゃないか。
「……分かったよ。ファイトしよう」
それに、このまま断り続けても、延々食い下がられるだけな気がする。それなら、さっさとファイトして負けてしまったほうがいい。
「その言葉を待ってたわ!」
両手を叩いて顔を輝かせたホムラは、スキップでもしそうな勢いでファイトスペースへと移動する。対照的に、俺の足取りは重い。
こうして、俺のヴァンガード引退試合が幕を上げたのだった。
「あたしと、ファイトしてよ」
「……人の話聞いてたか? 俺はもうヴァンガード引退するんだよ」
「まだ、してないよね。だから、これが最後だと思って、ね?」
……そんなこと言って、また俺をボコボコにしたいだけなんだろう?
そう思ったが、以前のような余裕に満ち溢れた態度ではなく、まるで今生の別れを惜しむかのようなしおらしい態度で、上目づかいに俺を見上げてくるホムラ。
「お願い」
こういうとき、女は卑怯だと思う。
そんな風にお願いされると、断ろうとしている俺がすごい極悪人に見えちゃうじゃないか。
だが、ここでホイホイと相手のペースに乗っかるわけにはいかない。
「悪いけど、デッキ持ってきてないんだ。ファイトはできない」
断るための方便に聞こえるような台詞だが、本当のことだ。昨夜のうちに全てのデッキを解体し、今日は値が付きそうなカードしか持ってきていない。
「それなら、これ貸してあげるわ」
すると、いきなりレジの裏に回り込んだホムラは、後ろに置かれた棚から慣れた手つきで商品を取りだし、差し出してくる。
トライアルデッキ「銀狼の爪撃」。
アニメの主人公が新たに使っているクラン『ゴールドパラディン』のカードを収録したデッキだ。パッケージを飾るのは、<大いなる銀狼 ガルモール>。
「勝手に持ち出していいのかよ。犯罪だろ」
「あとでちゃんとお金払っておくから大丈夫。元々買おうと思ってたものだから。それに、店員いないときはあたしが店番やっていいってことになってるし」
「……なんだそりゃ」
「これでファイトするデッキはできたわね。さ、早く始めましょ」
「おい待て。トライアルデッキそのまま使えって言うのか?」
「うん」
あっさりと頷くホムラ。
「……もちろん、アンタもトライアルデッキ使うんだよな?」
「そんなわけないじゃない。あたしは<ブレイジングフレア>を使うわよ」
さすがに冗談だと思いたかったが、ホムラの真顔を見る限り、どうやら本当のようだ。
ヴァンガードは他のTCGと比べて、運の比重が大きい。構築済みとは言いつつも、必要なパーツが不足気味なトライアルデッキ。構成を全くいじらなくても、稀に勝てることはあるが……
いや、勝つ必要なんてないんだ。
ホムラの要求は、彼女とヴァンガードファイトすること。負けて何かを失うわけでも無し、使うデッキなんて別に何でもいいんじゃないか。
「……分かったよ。ファイトしよう」
それに、このまま断り続けても、延々食い下がられるだけな気がする。それなら、さっさとファイトして負けてしまったほうがいい。
「その言葉を待ってたわ!」
両手を叩いて顔を輝かせたホムラは、スキップでもしそうな勢いでファイトスペースへと移動する。対照的に、俺の足取りは重い。
こうして、俺のヴァンガード引退試合が幕を上げたのだった。