にわかオタクの雑記帳

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魔王さんとライナちゃん 前編 【遊戯王OCG小説】

「貴方は不要なのですよ。魔王様」
 冷え切った声でそう言ったのは、果たして誰だっただろうか。

 彼が覇者の座に君臨していた時間は、あまりにも短かった。
 多様化した戦場は速さが主導権を握り、新たに現れた戦士たちは、これまでの戦いを嘲笑うかのような強い力を持っていた。
 それまでの強者は瞬くうちに弱者となり、容赦なく切り捨てられていく。
 彼も、その内の一人だった。
 彼が魔王を名乗れた時間は、あまりにも短かったのだ。




 ――許さぬ。
 暗く深い地の底で、彼は怨嗟の言葉を心中で呟く。
 どれほどの時が過ぎようとも、憎しみは消えることはない。最早誰に向けたものなのかも定かではないが、それでも彼はずっと憎しみを抱えてきた。
 魔王の座を追われた彼は、新たなる王によって地の底へと封印された。反逆を防ぐために力を奪う六芒星が足元に刻まれ、四肢は封印術式が施された鎖に縛られている。幽閉された直後は魔術師が定期的に訪れ、封印の綻びを直していたものだが、時が流れた今となっては、彼の元を訪れる者はいない。六芒星の紋章も消えかかっているが、彼の自由を奪っている鎖だけは、どれほど力を込めようとも絶対に切れることがなかった。
 ――許さぬ。
 憎しみだけが、彼に生を実感させる。
 天井からわずかに差し込む日の光が、わずらわしくて仕方がない。彼が幽閉されてからかなりの時間が経ったはずだが、地上はどうなっているのだろうか。
 ――いや、どうなっていようと関係ない。我はこの憎しみをぶちまけるだけだ。
 ただ、己の心に従い蹂躙する。それはどんなに楽しいだろうか。
 叶わぬ願いに思いを馳せながら、天井を見上げたときだった。
 
「うわ? わわわわわー!?」

 バキバキバキッ! と。
 盛大な音を立てて、天井――外へつながる唯一の出入り口が崩落し、割れた木片と共に何かが落下してくる。彼は、瞬時に感覚を研ぎ澄ませ、視認するより早く、落下してきた物体が何であるかを判断した。

 それは、少女だった。

「いたたたた……お尻打っちゃったよ……まさかこんなところに落とし穴があるなんて。今どき無いよ。奈落に通じてない落とし穴なんて」
 ぶつくさ文句を言いながら立ち上がる、小柄な少女。銀の髪についた埃を払い、落とした杖を拾い上げる。丈の短いローブを着ていることから、おそらくは魔術師……いや、魔術師見習いだろう。
 少女はキョロキョロと辺りを見回し、すぐに彼の存在に気付いた。天井に穴が空いたせいで日の光が十分に入ってきているので、発見は容易だっただろう。
 銀髪の少女は、自分の何倍もある大きさの彼を見て、

「わー! 何かすごいモンスターがいるー!」

 開口一番歓声を上げた。
 瞳をキラキラと輝かせ、何の警戒心もなく近づいてくる。彼のことを銅像か何かと勘違いしているのではないかと疑いたくなるほど、少女の動きは隙だらけだった。封印の再処置を施しに来たわけではなさそうだ。
「……貴様。我を愚弄しているのか?」
 その気になれば、有無を言わさずくびり殺すこともできた。
 だが、そんなことをしても意味が無い。そう考えた彼は、少女をここから追い返そうと低い声を出した。言葉を発するのは久しぶりだったが、まだ声帯は生きていたようだ。
「しゃべった!? ってことは、生きてる!?」
 突如響いた重苦しい声に少女は驚いたようだが、それだけだ。歩みを止めようとはしない。
「即刻ここから去れ、小娘。ここは人間が立ち入っていい場所ではない」
 だから、彼は明確に拒絶の意を示した。従わなければ命はないぞ、という脅迫を視線に込め、小柄な少女を睨みつける。
 しかし、彼の視線に臆することなく――というか単に気付いていないだけなのか、
「わたしはライナ! あなたの名前は?」
 少女は笑顔を浮かべながら自らの名を名乗り、彼に名を尋ねてきた。
 ……何だ? コイツは。
 彼が魔王だった頃、人間という種族は、弱いくせに小賢しく、常に群れたがるうざったい存在だった。一人では何もできない、貧弱な存在だったはずだ。
 にも関わらず、目の前の少女は自分に対して一切の恐れも抱かず、無遠慮に踏み込んでこようとしている。
「人の話を聞け! 貴様の名など知りたくないわ!」
「えー? でもわたしは知りたいな。あなたの名前」
 どれほど睨みをきかせようとも、ライナと名乗った銀髪の少女は立ち去ろうとしない。よもや、長く封印されてきたことによって、力が衰えてしまったのだろうか。
 ――そんなはずはない。
 彼の心中には、未来永劫消えることのない憎しみの炎が燃え盛っている。仮に六芒星の紋章や鎖による封印が万全だったとしても、小娘一人震え上がらせることなど呼吸をするより容易い。
 だとしたら、無意識のうちに情けをかけてしまっていたのかもしれない。彼は息を整えたあと、過去の自分――魔王として大軍を率いていた頃の自分をイメージしながら、告げる。
「……我はかつて魔王だったモノ。貴様を殺すことなど、首から上が動けば造作もないのだぞ? 小娘」
 視線に明確な殺意を込め、彼はライナを真正面から睨む。
 彼女の銀色の瞳に、恐怖を映しこむために、ギシギシと鎖を揺らす。
 すると、さすがに自分が置かれた状況を把握したようで、ライナは笑顔を消すと、思案顔になってうつむく。
 ――そうだ。そのまま立ち去れ。
 でなければ、彼は本当に少女のことを殺してしまうかもしれない。
 だが、そんな彼の思いも空しく、
「……魔王だった。ってことは、すごく強いんだよね?」
 ライナは顎に手を当ててむむむと唸りながら、顔を上げる。
 その瞳に、恐怖の色は微塵もない。

「だったら、わたしの仲間になってよ!」