にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-28

 光によって奪われた視界が回復したとき、すでに豹里の姿はなかった。
(逃げられたか)
 素早くほたるの様子を確認すると、鎖が消失したせいで支えが失われ、今にも倒れそうなところだった。
「ほたる!」
 急いで駆け寄り、ギリギリのタイミングで抱きとめる。見た目通りに小さく、見た目以上に華奢な体だった。
「輝彦……」
「悪い。無理させちまったな」
「ううん。へいき。それより豹里は……」
「ここにはもういねえよ。単純に逃げたのか、仲間……いや、手下を呼びに行ったのかは分からないけどな」
 疲弊した様子で首を動かすほたるに対し、神楽屋は落ち着いた声で告げる。
「追わないの?」
「……追えない。今日の俺は、あいつを裁くために来たわけじゃないからな」
 豹里を打倒し、ほたるを救出するという目的は果たした。ここで豹里を追って捕えたとしても、彼の情報操作を持ってすれば罪を隠蔽することなどたやすいだろう。下手に刺激すれば、こちらの立場がさらに危ういものになる。
 それに、神楽屋は正義の味方としてここに来たわけではない。
「立てるか?」
「うん」
 神楽屋に支えられながら、ほたるは自分の足で立つ。多少ふらついたものの、歩行に支障がでるほどではないようだ。
(……最初の約束通り、豹里のライフがゼロになった瞬間、鎖の拘束力を強めてほたるに重傷を負わせる可能性もあった……いや、あいつならそうしたはずだ。それをしなかったのは、デュエルの最中に心変わりしたのか、それとも――)
 神楽屋はジャケットの内ポケットから<ジェムナイト・マディラ>のカードを取りだすと、デッキへと戻す。
 鉄骨の山に埋められたとき、<ジェムナイトマスター・ダイヤ>の実体化によってそれを防ぎつつ、神楽屋は密かに<ジェムナイト・マディラ>も実体化させ、豹里に気付かれないようにほたるの救出へと向かわせていた。豹里が強硬策に出た瞬間、鎖を断ち切ってほたるを助け出すつもりだったが、その展開は訪れなかった。
「とりあえず、他の連中と合流しよう。豹里が戻ってくるかもしれないしな」
「……みんなはどこにいるの?」
「イレギュラーが起こってなけりゃ、ゴースト・エンペラーのアジトだ。そこが集合地点になってる」
「……無事、なのかな」
「ちょっと待ってろ」
 懐から携帯電話を取り出した神楽屋は、天羽に電話をかける。コール音3回で天羽の落ち着いた声が返ってきた。
「こちらは滞りなく完了しているよ。創志君たちも、ゴースト・エンペラーのメンバーも無事だ。後者は怪我人だらけだが、命に別条はない」
「そうか。ありがとな」
「礼には及ばないよ。君と私の仲じゃないか」
 神楽屋が現状を尋ねると、どうやら全員無事のようだ。ホッと胸をなでおろしつつ、一旦通話を切る。そして、ほたるにそのことを伝えた。
「そっか……よかった……」
 少女は心から安堵しているような笑みを浮かべる。
「んじゃ、とっととここから離れるとするか」
 神楽屋は「行くぞ」とほたるを促し、早々に歩き始める。大丈夫だと言われはしたが、創志たちの様子が心配だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 焦ったほたるが神楽屋を呼び止める。神楽屋が振り向くと、ほたるは恥ずかしそうに顔を逸らしながら、
「……助けてくれて、ありがと」
 ぶっきらぼうにそう言った。
 それを聞いた神楽屋は、脱力しながら「ははっ」と笑う。
「な、何がおかしいのよ!」
「……いや、悪い。礼を言うのはこっちのほうだと思ってな」
「え? どういうこと?」
「何でもねーよ」
 「教えなさいよ!」と食い下がってくるほたるを流しつつ、神楽屋はデュエルディスクを格納する。
 もしも、ほたるを助けることを諦めていたら、どうなっていただろうか?
 神楽屋がもう一度歩き出すことができたのは、ほたるのおかげだ。彼女が、自分の奥底にしまいこんでいた気持ちに気付かせてくれた。
 きっとこれから先、何度も失敗し、何度も後悔することがあるだろう。
 けれど、もう全てを投げ出して逃げることはない。
 自分を信じてくれる、仲間たちのためにも。
 ほたるを連れて教会を出た神楽屋は、青空から降り注ぐ陽光の眩しさに目を細める。
「こっからだとアジトは遠いな。麗千に連絡して車を回してもらうか」
 Dホイールがあればよかったのだが、今回は事務所でお留守番だ。
 麗千に連絡を取ろうとすると、
「待って」
 それをほたるが制した。
「どうした?」
「え、えっと……その……」
 熟れたリンゴのように頬を真っ赤に染めたほたるが、せわしなく視線をさまよわせながら、もじもじと指を擦り合わせる。何か言いたいことがあるようだが、口にする踏ん切りがつかないらしい。
「…………」
 しびれを切らした神楽屋は、無言で麗千の番号をプッシュする。
「わーっ! だから待ってって言ってるでしょ!」
「だったらさっさと言え。こっちは時間が惜しいんだよ」
「う……そんなに急いでるなら、車呼んでもいいよ……あたしもゴースト・エンペラーのみんなのことが気になるし……」
 しゅんとうなだれるほたる。明らかにがっかりしている。
「別に急いでるわけじゃねえけど……車に乗りたくない理由でもあんのか? 車酔いがひどいとか」
「違うわよ! そうじゃなくて……」
 いい加減埒が明かないと思ったのか、意を決したように唇を真一文字に結んだほたるは、ギュッと拳を握りながら叫ぶ。

「――アジトまで歩いて帰りたいの! 輝彦と、2人っきりで!」

「…………」
 予想外の言葉が飛び出して、返答に詰まる。
 神楽屋が黙っていると、顔を真っ赤にしたほたるはプルプルと唇を震わせながら、目尻に涙を浮かべた。このままだと確実に泣く。
「わ、分かった! 分かったから泣くな!」
「泣いてないもん! あたし泣いてないもん!」
「本当だよく見たら泣いてねえや俺の目も曇ったもんだぜこの野郎! そんじゃさっさと行くぞ!」
 早口でまくしたてつつ、神楽屋はほたるに向かって手を差し出す。
「……どうしたの?」
 それを見たほたるは、不思議そうに首をかしげた。
「どうって手を繋ぎませんかって意思表示だよ! せっかくだからよ!」
「え。あ……うう……」
 これが漫画だったら頭から湯気が出ているだろうほたるは、逡巡しつつも、差し出された手を握った。
 少女の体温が、掌を通じて伝わってくる。
 それは、確かに自分が守り通した温かさだった。